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おくぶたえ  作者: 水上栞
第一章
6/118

6◆ 気になる11番さん

 


 雨の日の体育館ほどカビくさいものはない。ましてや梅雨時で、そのうえ汗も脂も分泌盛りの男女高校生がひしめきあっているとなると、これはもう「罰ゲームですか」と嘆きたくなる鬱陶しさだ。


 しかし私の隣に座っているクラスメート、山城あゆみは至ってご満悦らしい。何故なら今から始まる男子バスケの対外試合に、彼女のお目当てのイケメン先輩がスタメン出場するからだ。



「やっぱカッコいいってば、ユキ先輩!」



 マスカラをがっつり塗り上げたまつ毛をパチパチさせて、乙女全開のあゆみが私の肘を揺さぶる。山城あゆみは私と同じ1年4組のクラスメートで、私が体育の時間に膝を怪我した時、保健委員である彼女が手当てしてくれたことから友達付き合いが始まった。



 あゆみは私と違って外向きな性格で、入学2ヶ月にしてすでに校内の情報通と化している。


 今日の試合も彼女のアンテナが拾った目玉情報なのだそうだが、強引に付き合されたこちらとしては、なにが悲しくてわざわざ土曜の午後に制服を着込んで、自分の高校の体育館で蒸されなければならないのか、想定の範囲外の理不尽に耐えつつ早く終われと祈り続けている。


 せっかく休日に学校に来るなら、美術室で絵を描いている方が100倍いい。しかし高校生活を円滑にするためには友情も大切だ。私は諦めて温いスポーツドリンクを飲みながら、ぼんやりと目の前のコートの様子を眺めた。



「あ」



 喉の奥から変な声が出て、あゆみが私に振り向いた。


 コートではハーフタイムの円陣が組まれていて、一年生がレギュラー選手にドリンクやタオルを配っている。その中に光太郎の姿を見つけた。ちょうど奴はユキ先輩にタオルを渡しているところだった。めちゃくちゃ小さいのでよく目立つ。身長を伸ばしたい一心で中学から始めたバスケも、彼には何の恩恵も与えないらしい。



「何、どした?」


「うん、ちょっと知り合いが」


「あー、射手矢くんだ。千夏子、友達だったよね」


「まあ、友達というか」


「いいなー、ユキ先輩にタオル渡してたよ」



 あゆみならずとも全学年の女子が狙っているユキ先輩こと安藤幸彦氏は、確かに王子様系イケメンだ。しかし私の好みで言えば、前半ちょっとだけ出て2ゴールを決めた11番の人のほうがいい感じだと思う。


 私はもともと美形好みではなく、全体的な雰囲気で何となく好きになる。初恋の秋山くんもそうだった。そう言えば11番さんはどことなく秋山くんに似ている気がする。背が高いところとか、ちょっと長めのもっさりした髪の毛とか。



「あ、試合終わった!」



 審判のホイッスルにスタンドがどよめく。どうやら我が校は辛勝をおさめたらしく、選手が拍手に手を振って応えている。私は勝った事よりやっとこの蒸し風呂から開放される方が嬉しかった。早く普通の空気が吸いたい。外は土砂降りだが、体育館のカビ汗脂攻撃に比べれば天国のように快適だろう。



「ねえねえ、出口で先輩が出てくんの待ちたい」



 内心うぇっと思ったが無碍に断るのも憚られ、買ったばかりのサップグリーンの傘を開いて渋々と人垣の外堀に加わった。


 深い森のような色が気に入って即購入した、今日がお初の傘の縁から落ちる水滴を眺めていると、やがて通用口からバスケの一団が出てきた。小柄なあゆみはぴょんぴょん跳ねて、人垣の向うのユキ先輩の姿を見ようと躍起になっている。その時、私のスマホがスカートのポケットの中で震えて着信を知らせた。



『体育館の裏にきて』



 メッセージは珍しく光太郎だった。何か用事があるのだろうが、自分で「話しかけるな」と言っておきながら呼び出すなんて横着な野郎だ。私は一気に不機嫌になりながら、それでもあゆみに「すぐ戻る」と言い置いて体育館の裏に回った。



「チカ!」



 体育館裏に回ると、限られた人間しか呼ばない愛称が耳に入った。


 光太郎は男子更衣室の窓から体を乗り出していて、手にはスーパーのビニール袋に入った「何か」を二つ持っている。それはどう見ても汗でグショグショのユニフォームや靴下が入っているとしか思えないシロモノで、思わず腰が引けたが姿を確認されてしまった以上は仕方ない。


 私は窓の所まで歩み寄り、取りあえず用事は何かと聞いてみた。



「あのさ、悪いけどこれ俺んちまで持って帰って」


「はぁ、パシり?」


「だから悪いけどって言ってるだろ、俺これから打ち上げあるから」


「ぜんぜん悪いけどって感じじゃないんだけど、っつーかコレ汚いし」


「青春の汗だよ、爽やかだと思えよ」


「思わんわ」



 今日私が試合を見に来るのは光太郎に伝えていなかったから、観客席にいる私を発見してこれ幸いとばかりに汚れ物をまとめたのではなかろうか。昔から光太郎は私に頼み事が多い。末っ子の甘えん坊体質なのだ。頼めば何でもしてもらえると思っている。


 不快指数も手伝って、そんな態度にムカついた私はキッパリと頼みを断る事にした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ユキ先輩きたーー! ここで登場ですか! ニヤリとしてしまいますね!
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