19◆ 2回目のクリスマス
そんな中、圭吾が去年、うちに抱えてきてくれたクリスマスローズが今年もきれいな花を咲かせた。乾燥しないように学校に行っている間も加湿器をかけ、大事に育てた甲斐があった。
それを伝えると圭吾はとても喜んで、花が終わったら直植えにしようと言ってくれた。そうすれば毎年、冬のたびに白い花びらが我が家のささやかな庭を飾る事になる。その話を久しぶりに我が家に遊びに来たチヨにすると、「別れた後はどーすんの」などと縁起でもない事を言う。そうなった所で花に罪はない。可愛がるさと言い返したら、
「でも、千夏子だってずっとこの家にいるとは限んないし」
少し寂しげな表情を浮かべて花びらを指でつついた。彼女が小牧台を離れて4ヶ月。電車で1時間強の距離は近いのか遠いのか。高校に入ってからは何週間も会わない時も珍しくなかったので、頻度で言えば今の方が密接な気もするが、いつでも会えるという物理的な近さが精神的な距離感にも大きな影響を与えていたような気がする。
そのせいか、こうして昔どおりに部屋でまったりしていても、どこかチヨが遠く感じられてならない。いや実際、チヨは雰囲気が変わったのだ。どことなく大人びたというか、甘さが抜けたというか。それが例の年上の彼氏さんの影響か環境の変化によるものか、私の知らないところで彼女にも色んな波が到来しているようだ。
「明日のこと考えると暗くなっちゃわない」
「何言ってんの、世間一般的に見れば私らの年代は、無限の可能性を秘めているって羨ましがられる年じゃない」
「そんな可能性とかどうでもいいから、私はこのままゆるっと生きていたいよ」
「千夏子、平和ボケで欲がなくなってんだよ。ま、取りあえず将来より彼氏とのクリスマスの事でも考えとけば」
もうすぐ付き合い始めて一年。二人で迎える初めてのクリスマスも、受験だの進路だの言われると、何だか手放しではしゃげる気分ではない。圭吾も大学に通い始めたら、別人みたいになってしまうのだろうか。
クリスマス前夜、私は一ヶ月かけて完成させた大作を、クリスマスカラーのリボンできれいにラッピングした。生まれて初めて手を出した洋裁にしては、なかなかの出来栄えだと自賛する手作りパジャマ。薄いスモークブルーのフランネルは、いわば私のお守り代わりでもある。
たとえ彼が遠くに行ってしまっても、眠っているうちは私の想いで縛り付けてやるのだ。鬱陶しい女だと自分でも思う。しかし敵の方が一枚上手だった。私は翌日、圭吾からのプレゼントを開けてそのまま絶句した。
「あれ、ノーリアクション?」
「……なにこれ」
「パンツ」
「わかってるよ、だから何このパンツ」
ギフトボックスの中から出てきたのは純白のショーツで、前に筆文字で「圭吾命」と書いてある。これを私に履けというのか。そのまま固まっていたら、圭吾が「冗談、冗談」と別の箱を私の掌にのせた。
「それはプリンターでアイロンシール作って貼っただけ。本当のプレゼントはこっち、はいどうぞ」
いかにも圭吾らしい冗談に、私は顔を真っ赤にして「もうっ」と言いつつ小さな箱のリボンを解いた。中身は深緑のベルベットでできたジュエリーボックスで、開けるとシルバーのピアスが現れた。それを見た瞬間、私は泣きそうになった。そのデザインにはハッキリと見覚えがあったのだ。
「ねえ、圭吾もしかしてこれスマホと同じ?」
「うん、友達の姉ちゃんが彫金してるから作ってもらった。片方が千夏子のC、もう片方が圭吾のKって事で」
そのピアスは、圭吾の誕生日に私が贈ったスマホケースの文字と同じデザインで、ふたつでひとつの私たちを象徴していた。圭吾は時にとんでもないロマンチストになる。そしてそんな彼のマジックに、いつも私はやられっぱなしだ。
私は左耳にK、右耳にCのピアスを付けた。物理的に言えば小さな金属片に過ぎないそれらが、二人を結びつける楔のように思える。きっと私がこのピアスを外す時は、圭吾が新しいものを買ってくれた時か、二人が一緒にいられなくなった時だ。
最近では二人の常宿となっている駅裏のホテルの一室で、私はフランネルの手作りパジャマを着てニコニコしている恋人の頬に、クリスマスケーキの甘さの残る小さなキスを落とした。




