18◆ 見えない将来
「自営だと、友達作りも大学が最後になるよね」
最近私たちのデートは、圭吾が予備校へ行く前のわずかな時間が多くなった。駅ビルのファーストフードでコーラを飲みながら、目の前の人物の未来予想図を思い描いてみる。酒屋の若大将姿がまだ想像しにくい。
「うん、本当は会社帰りに仲間とどっか行ったりしたいけどな」
「何年かだけでも勤めてみれば?」
「親父、腰が悪くてさ。早く楽させてやんねーと。酒屋の職業病みたいなもんよ、そのうち俺もなるかもな」
そういう事情もあって、圭吾は卒業と同時に家業に就く道を選んだ。仕事に関わる免許や資格も、在学中に取得するそうだ。何だかいつもは馬鹿ばっかりやっているような圭吾だが、その実すごくしっかりした人生設計を持っている。そしてそれを垣間見るたびに、私はまた彼の事が大好きになるのだ。
夢ばかり大きい男が多い中、小さな町の酒屋を継ぐ彼の責任感と家族への愛情を、私は誇りに思う。だからせめて大学のうちは遊ぶだけ遊んで欲しいと思うし、飲み会やマージャンも大目に見ようと決めている。
お調子者の圭吾のことだから合コンにもしょっちゅう誘われるだろう。それでもこの間みたいに羽目を外さない限りは、知らないふりをして見過すつもりだ。圭吾の大学生活は私がどこまで寛大になれるか、忍耐を試される4年間でもある。
「そうなったら、千夏子も東京の大学受ければ」
「無理だよ、うち弟が控えてるから仕送りできないよ」
圭吾の合格が危うい事をあゆみに言うと、あっけらかんとお嬢様的ご意見が返って来た。彼女は一人っ子なので、親が娘を手放したくないという理由で地元の大学に進路が限定されている。同じ地元組でもうちとは事情が違うのだ。
どちらにしても私たちは、それぞれ志望の大学も決まっているので後は勉強するだけだ。しかし不思議なのは「遊ぶ時間は長いほどいい」と言っていたあゆみが、短大を志望している事だ。宗旨替えでもしたのかと、私はその理由を聞いてみた。するとあゆみは、ちょっと頬を染めて「実は」と私を教室の外に連れ出した。
「私、好きな人ができちゃっんだ」
「えー本当に!誰、うちの学校?」
光太郎と自然消滅して以来、あゆみからその手の話を聞くのは久しぶりだ。もちろんその間も「彼氏欲しい」モードで精力的に活動はしていたが、表情から察するに今回は本命さんらしい。私は自分の事のように嬉しくなった。
「学生じゃないの、社会人なの」
「はあ、もしかしてすっごい年上?」
「6つ上、めちゃくちゃかっこいいの」
「ちょっと、そんなのどこで知り合ったのよ」
「ジムのトレーニングルームで」
あゆみの本命さんはジムのインストラクターで、最近ぽっちゃりが加速してきたあゆみが、減量目的で入会したのが馴れ初めらしい。はじめは普通に会員とインストラクターとして接していたのだが、話をするうち好きな格闘家が同じであることから意気投合。格闘イベントに一緒に出かけるようになったのだとか。
ちなみにあゆみは可愛い顔をしてガチガチの格闘技ファンだ。そういうマニアックな趣味が一致する人ならさぞや楽しい事だろう。しかしどうしてそれが短大を選ぶ理由になるのかと首をかしげていると、例のあゆみ節が炸裂した。
「だって私が4大に行ったら、卒業する頃には向こうは28歳だよ。そんなに待たせたら、他の女に取られちゃいそうじゃない」
「気が早すぎるよ、まだ付き合ってもないのに」
「告られたもん、今度会うとき返事するもん」
いやはや先走りもいいとこだと思ったが、当のあゆみは目をハート型にしてほわほわしている。まあ、本人が幸せならばそれもいいだろう。私は「健闘を祈る」と彼女の肩を叩くと、再び進学ガイド閲覧に戻った。
現実味のあるなしは別として、みんなそれぞれに未来のビジョンを描いているのだなと思うと、自分が曖昧な人間のように感じられてならない。高校を出たら大学に行く、それはみんながそうするから自分も倣うのであって特に目的があるわけでもない。そのうち、ふと高校入学当時の夢が呼び覚まされた。
「西洋画に日本画、版画、彫刻……か」
めくったページには、この近辺でたった一校きりの美術大学の案内が載っていた。高校に入学した頃は確か「美大に進学したい」と胸を膨らませていたはずだ。しかし実際にはうちの学校から美大を受ける人は殆どいないし、将来の職業選択において不利になるのは目に見えている。
そのうえ、受験のためには教室に通ってデッサンを習ったり、入学してからも道具がたくさん必要になるので、金銭面でも親に負担をかけてしまうことになる。そうやって現実の風に吹かれるたびに、幼い夢の風船がしぼんでいくのを感じた。
数年後の私はいったい何をして暮らしているのだろう。期待よりもはるかに不安の方が大きい。今がとても幸せなぶん、どうなるかわからない将来に向かう意義が見つからないのだ。私は出来ることなら永遠に高校2年のままで時を止めてしまいたい。




