17◆ いつかそうなったら
翌週、圭吾の18歳の誕生日に私はちょっとしたサプライズを用意した。まずはお昼の豪華手作り弁当。圭吾の大好物であるハンバーグや唐揚げが山盛りで、デザートに手製のケーキもついている。それだけでも圭吾は目がウルウルしていたが、放課後に圭吾の家に行ってプレゼントを手渡した時には、感極まって押し倒されてしまった。
ちなみにプレゼントはスマホの手描きカスタムケースで、クリアのケースをアクリル絵の具で塗装し、レジンを塗ってUVライトで固形化した。図柄は二人の名前が古代文字で描いてある。圭吾は早速それをスマホに装着して大喜びした。私の得意分野といえば料理と絵くらいで、それで圭吾を喜ばせる事ができたことが、私も何より嬉しかった。
「また今日から1歳お兄さんだね」
「おう、18禁の映画が見れる」
「やっぱそれか」
「結婚もできる」
ケッコンという言葉に鼓膜がぞくりと反応した。自分が誰かと所帯を持つ未来などまだ思い描いた事さえないものの、好きな男の口から出るとけっこうドキドキしてしまう。私が曖昧な笑みで流そうとしたら、急に圭吾がニヤけ顔を引き締めた。
「あのさ、何言ってんだって思うかもしれないけどさ」
「うん」
「俺らまだ学生だし、ずっと先の話だけどさ」
平静を装い、次の言葉を待つ。ドキドキがさらに早くなった。
「いつかそうなったらいいなと、思ってる」
胸の奥が、きゅっとして、甘い痺れが広がる。隣にいる圭吾を見たら、耳まで真っ赤になっていて、それが私にも伝染した。きっと顔がピンクになっているはずだ。うまいコメントが見つからずにもじもじしていたら、私のほほを、圭吾の長い指がつついた。
「おーい、戻ってこい」
「いや、なんかびっくりしちゃって」
「深く考えんな。それぐらいの気持ちがあるって言いたかっただけ」
こういう男を、重たいと嫌がる女の子も多いだろうが、私は素直に彼の気持が嬉しかった。プレゼントをあげたつもりが、逆にこっちがもらった気分だ。私は返事のかわりに圭吾の手をきゅっと握って、耳元で囁いた。
「いつかそうなったらいいね」
背中に腕が回り、思い切り抱き締められた。大人から見れば私たちの付き合いは幼いままごとなのかもしれない。それでも今、この一瞬の気持ちはまぎれもない本物だ。私は圭吾に負けじと首に回した腕に力をこめた。
コートが必要な季節になり、2年生の私たちにもそろそろ受験の風が吹いてきた。先日行われた志望校の調査では、私は現段階でなんとか希望の大学に合格できそうという事だ。幸いにも今の成績は平均より上なので、選択肢も比較的多い。
それに引きかえ、射手矢家の末息子は早々に「高卒宣言」をして親を困らせている。目的があって言っているのなら家族も納得のしようがあるが、あいつの場合は勉強するのが嫌なだけだ。
数日前、近所で見かけた光太郎は髪がアッシュブラウンになっていた。うちの高校はヘアダイ禁止なので、また職員室に呼び出されるだろう。バイトも相変わらず続けているらしい。いったいどうなってしまうのか、私の幼馴染は。
「千夏子の受ける大学、俺んとこから駅3つじゃん」
「俺んとこって、もう受かったつもりなわけ」
間もなく受験本番を迎えるわが彼氏様は、さすがに塾だの模擬試験だのお忙しい。ところがそれだけ勉強しても今まで遊んでいたツケは容易には払えず、彼がどうしても行きたいというバスケの強い大学の合格レベルには、まだ少し力が足りない。
私は自分の受験よりもまずはそっちの方が心配だった。もし不合格なら、圭吾はお父さんとの約束で東京の大学に進学することになる。そうなれば私たちは「遠恋」まっしぐらだ。ただでも精神的に不安定な受験前に、そんなストレスは勘弁して欲しい。神様、仏様、どうかこの男に学力をお与えください。
「大学のレベル落とした方がいいって、予備校で言われた」
「でも、そのつもりないんでしょ」
「うん、やっぱあの大学でバスケ思いっきりやりたい。俺、大学出たら酒屋だから、社会人リーグとかないし」
長男で一人息子の圭吾は、卒業後はお父さんの酒屋を継ぐ。だから大学の4年間がバスケのできる最後のチャンスなのだ。小学校、中学校、高校と来て、社会という海に泳ぎ出す前に、私たちはもうあと1ステップしか猶予が残されていない。その貴重なモラトリアムが圭吾にとって、思い切り充実したものになって欲しいと私は心から願っている。




