14◆ 茶髪の美脚女
15分くらい経った頃、ビルの前に由佳里ちゃんの運転するミニバンが到着した。私はクラクラする頭をどうにかごまかし、嫌がる光太郎と自転車を車に積み込むと、用事があるからと先に帰ってもらうことにした。
現在時刻は午後7時過ぎ。ここから圭吾の予備校までは歩いて5分もかからない。今日の授業は8時に終わるので、それまで待って本人に事の真偽を問いただしてみようと思った。このままでは帰ってもきっと何も手につかないし眠れない。圭吾だって無実であるなら、疑われたままでいるのは御免だろう。
私は熱い缶ココアを飲みながら、恐ろしく長く感じられる時間を、不安と戦いながら過ごした。
圭吾が出てきたのは8時15分。私は予備校から道路を挟んだ、ちょうど光太郎のバイト先の前あたりの歩道に立ち、スマホを握りしめていた。
姿が見えたらすぐにかけようと番号表示させていたのだが、思わず手が止まってしまった。圭吾の腕にスカートの短い茶髪の女の子が絡まっていたからだ。私はそのまま走って逃げたくなった。まんま光太郎の言った通りの光景だ。
彼らは他の生徒に混じって裏門の植え込みのブロックに腰を下ろした。どうやらそこが授業後の予備校生の溜まり場になっているらしい。圭吾がバッグからペットボトルを取り出し一口飲むと、女の子が当然のように隣にべったりとくっついて座った。
顔はのっぺりとしたひらめ系だが、さすがにミニをはくだけあって組んだ足が長くて細い。象足コンプレックスの私からすると、生きてるだけで迷惑な人種といえる。
圭吾は女の子が差し出したお菓子をさっくりと無視した。そこでようやく気づいたのだが、彼はどうも彼女の存在を歓迎していない雰囲気だ。さっきから話しかけているのは彼女ばかりで、圭吾は仲間の男の子と談笑するほうに集中している。
それを見て私は、光太郎が言っていた「ちゅー」がやはり何かの見間違いではと思った。圭吾にはその気がないのに、勝手に彼女が絡んでいるだけだ。もっとも、それはそれで腹の立つ事ではあるけれど。私はちょっと強気になってスマホの通話ボタンを押した、その時――。
何と彼女が圭吾のペットボトルを奪い取り、そのまま口をつけて飲んでしまった。圭吾はそれを取り返そうとしたが、鳴り出した電話に気づいてスマホを耳に当てた。
「もしもし」
道路を挟んだ圭吾の声が、耳元で聞こえるのがすごく不思議な感覚だ。彼の隣ではミニスカートの彼女が圭吾のボトルを持ってにやにやしている。私は何と言っていいのかわからずに、ただ呆然と彼らの姿を眺めて立ち尽くしていた。
「もしもし、千夏子?」
私が何も言わないので、圭吾が私の名を呼んだ。隣の彼女がサッと圭吾のほうを振り仰ぐ。女の名前が出たので反応したのだろう。
やがて彼女は圭吾の背後からおぶさるように腕を回し、自分の飲んでいたボトルを圭吾の口に突っ込んだ。最悪だ。いくら圭吾が振り払おうとしていても、その事実を目にしていること自体が拷問に近い。私は静かだが満身の怒りを込めて彼の名を呼んだ。
「圭吾」
「おお、どうした?」
「圭吾、前見て」
「前?」
「道の反対側、見て」
ゆっくりとこちらを向いた圭吾の目が、大きく見開かれた。私は圭吾と目が合ったことを確認すると、電話を切って駅のほうへ全力で駆け出した。
去り際にちらりと見えたミニスカ女が薄笑いを浮かべていたのが癪に障る。秋だというのにヌーディーなサンダルをはいたきれいな足と、圭吾の唇に返されたボトルが頭の中をぐるぐる回るうちに、もしかすると「ちゅー」は本当なのかもしれないと思えてきた。
涙がぼろぼろ出てくる。どうして私がこんな気持にさせられないといけないのか。もう一瞬だってあの場にいるのは耐えられなかったし、できれば今見たことを記憶の中から抹消してしまいたい。
鈍足の私がいくら全力疾走したところで、学校で一二を争う俊足の圭吾にかなうはずはないのだが、それでも私は走り続けた。
お子様だとか、心が狭いだとか、嫉妬する女は醜いだとか、非難したい奴はすればいい。とにかくさっきの出来事は私のキャパを超えている。あれを笑って見過ごせというなら、私は今すぐにでも圭吾と別れるべきだろう。お生憎様だが私は誰かと自分の彼氏を分け合う趣味は持ち合わせていない。




