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おくぶたえ  作者: 水上栞
第一章
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5◆ 初恋フラッシュバック



「姉ちゃんはデートする相手いないの」



 弟の攻撃が私に向かって飛んできた。


 再び私はティッシュを引き抜く。今度は鼻から何かが出そうだ。本人はついでのつもりで聞いたようだが、彼氏いない歴15年と10か月の身としてはけっこう痛い。


 とは言え決してモテないわけではなく、私だって中学時代には3回告白されている。


 1回目は相手がキモいナルシスト系だったこと、2回目は友だちにからかわれて呼び出しの場所にいかなかったこと、3回目は告白の手紙が差出人不明であったことから、戦歴ゼロの現在に至る。とは言え実際には中2から卒業間近まで、明らかに脈のない相手に不毛な片思いをしていたというのが一番の要因だ。



「いてもあんたに教えてやるもんか」



 精一杯の虚勢にふーんと気の抜けた返事をされ、私はやるせなく食器をシンクに運ぶ。弟はもうテレビに興味を移したらしい。今日はお笑いの特番が9時からあるので、きっとノルマの食器洗いは夜更けになるだろう。


 だったら先にお風呂に入ってしまおうと、自分の部屋に着替えを取りに行きながら、私の頭の中を占めるのは、つい数ヶ月前まで好きだった人物の面影だ。



「佐藤は話しやすいよな、気を使わなくていいから」



 私がおよそ2年間、片思いを続けた秋山俊くんは、残酷にもそうのたまった。


 彼とは中2で同じクラスになり、風紀委員を一緒にしたのをきっかけに好きになった。いわば初恋の人だ。何しろ異性を意識することさえ初めてという初心な私は、告白なんて大それた事をする度胸などあるわけもなく、ただ一緒に委員ができるだけで幸せだった。



 さっきの「気を使わなくていい」発言は中3の2学期、終業式の後の「お疲れさま」がわりに頂戴したもので、その時すでに秋山くんは違うクラスの女子と付き合い始めていて、ひとかけらの望みも絶たれたような気がした。式の後のHRが終わるまで泣かなかったのが不思議なくらい、私のハートには手痛いパンチだったのを覚えている。


 しかも馬鹿な私はその後も延々と秋山くんを思い続け、結局あきらめがついたのは卒業間近という笑えないオチがついている。



「あー、もう!」



 シャワーの水流をガンガン頭からかけながら、ぶり返す痛みを洗い流してしまいたい気分だった。桃の葉エキスが入っているらしいボディシャンプーの泡が、まだ発展途上の乳房の上を流れていく。


 いつかは私も大人の恋をして、この体をお披露目する日が来るのだろうか。今どきの女子高生は、卒業までに半数以上がロストバージンすると何かのサイトで見たけれど、まるで余所の国の出来事みたいに思える自分がここにいる。



 曇った浴室の鏡を手のひらで擦り、濡れ髪の顔を映してみる。そこには十人並みを絵に描いたような、平凡きわまる女がこっちを見ていた。


 一重まぶたに近い奥二重と平面的な輪郭のせいで、地味な印象に見られる顔立ち。唯一ほめられるのは、東北出身の母からもらった真っ白くてきめの細かい肌くらいなものだ。子供の頃は高いほうだった身長も今では平均的な160センチ程度だし、肩につく長さの髪はストレートで何の変哲もないレイヤーだ。


 要するに際立った特徴がないのだ。強いて言えば足が太いことが特徴だが、そんな個性はいらない。足首がきゅっとしまったひざ下にあこがれて、お小遣いをはたいてお高い着圧ソックスを買ったことがあるが、内出血して母に取り上げられたことがある。



「崇史ー、お風呂あいたよー」



 リビングで笑い転げている弟に声をかけたが、テレビに夢中で気がついていないようだ。そして弟の隣にはいつ帰ってきたのか父が座っていて、私の作った夕食を食べている。面倒くさがりの父のことだ、きっとレンジにはかけていない。


「せっかく温めて出そうと思ったのに」


 私が文句を言うと「このままでいい」とそっけない返事が返ってきた。こういう所は本当にうちの男共は似ていると思う。二人とも必要なことしか喋らないし、自分からは積極的に事を起こさない。


 私は性格が母に似ているので、けっこう言いたい事はバンバン言う主義だ。しかしその一方で悲しいくらい私のルックスは父親に似ている。かの昔、母が誠実な人柄で選んだという父に。



 こうして初恋の苦いフラッシュバックに凹んだり、幼馴染と噂をたてられたりしながら、私は間もなく16歳になろうとしている。16歳といえば幼い頃「けっこんできる」とドキドキした大人の入り口だ。その時の相手が光太郎だったのが不本意と言えば不本意だが、14歳から15歳になったのとは圧倒的に違う、根拠のない期待感に包まれながら、私は吸水タオルでガシガシと頭を拭いた。




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