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おくぶたえ  作者: 水上栞
第三章
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10◆ 久しぶりのデート

 


 翌日、久しぶりに圭吾とデートした。私が友達にかまけていたので拗ねていた甘えん坊は、待ち合わせの場所で顔を見るなり天下の往来で熱烈なハグをしてきやがった。本日の気温31度。大型犬にじゃれつかれる方がまだマシだ。躾のいい犬はハグのふりしてこっそり耳たぶに噛み付いたりはしない。



「暑いってば、くっつかないでよ」


「じゃあボクが涼しくて静かな所へご案内いたしましょう」


「いきなりかよ」


「いきなりで悪いかよ、俺もう2週間もいい子で我慢してるのに。溜めすぎて破裂したらどうしてくれんだ」


「面白いから破裂させてみてよ」


「ちーかーこー」



 あんまり意地悪してもかわいそうなので、後で絶対にショッピングモールに行く事を約束させて、私たちは真昼間からこそこそと駅裏のホテル街を目指した。


 初めて入った時にはビクビクしたが、家族の気配を気にしなくていいぶんホテルは気楽だ。それに私も実を言えば圭吾といちゃつきたい気分だった。数ヶ月前は何も知らないお子様だったのに、すっかり奴に開発されたらしい。近ごろでは、あれほど衝撃だった圭吾の全裸ウロウロ攻撃にも耐えられるようになった。


 ただし私は真似しない。女の子は恥じらいを忘れてはいけないのだ。そう言ったら圭吾に「そういうの、かえってそそる」と抱きつかれてしまった。全くこいつはわんこ体質だ。何をしても尻尾を振ってじゃれついてくる。




「千夏子、なんか欲しいものある?」



 思う存分じゃれついてご機嫌の圭吾が、約束どおりに立ち寄ったショッピングモールで、数日後に迫った私の誕生日プレゼントのリクエストを聞いてきた。しかし何が欲しいと言われても意外と思いつかないものだ。


 私は「そうだねー」と言いつつ、ふと先日読んだ雑誌の記事を思い出した。内容は、彼氏に香水を選ばせると相手が自分にどんなイメージを持っているかがわかるというもので、私はひとつ圭吾の深層心理を探ってやろうと思った。



「私、香水が欲しいな」


「えー香水、使ったらなくなるだろ、そんなの」


「だって圭吾の好きな香り、いつも身につけてられるでしょ」


「お前、たっまーに可愛いこと言うのな」



 圭吾が傷の入った眉尻をだらりと下げて私の腰に手をぎゅうぎゅう回してきた。さっき嫌というほど接触したのに、まだ足りないのかこの男は。それとも単なる性癖で、過去の女たちにも同じ事をしてきたのだろうか。こういう時は自分の妄想体質が恨めしい。



「圭吾もあと2ヶ月じゃない、誕生日」



 圭吾の誕生日は10月の11日。生まれた日まで「11番さん」だ。そういえば、あの11番のユニフォームが初めて見た圭吾の姿で、まさかピョンピョン跳ねていたもっさり頭の先輩と、こんなことになるとは思わなかった。



「おう、いよいよ18禁が解けるぜ」


「そっち方面にしか頭いかないわけ」


「健康な証拠だろ、プレゼントは千夏子自身でよろしく。素っ裸に赤いリボンで」



 周りのみんながぎょっとした顔でこちらを見るので、私はハンドバッグの角でセクハラトークを終了させた。



「そんなんで受験大丈夫なの」



 先日、華々しい引退試合でバスケ生活に幕を引いた圭吾だが、実は成績が志望大学のレベルに少しばかり足りないのだ。予備校をほっぽり出して遊んでいれば、そうなるのは当たり前である。いずれは実家の商売を継ぐつもりの彼だが、同時に大学でもバスケをやりたいという熱望がある。


 そのため、近隣で商学部がありバスケの強い大学を選んだのだが、ここがけっこう厳しいレベルらしい。素行がよろしくないので、推薦も叶わない。そしてもしその大学に落ちれば、圭吾の第二志望は父親の母校である東京の大学になってしまう。この近辺から東京の大学に行く人は珍しくはないが、圭吾はどうにかして地元に残りたがっている。



「頑張るって、千夏子のためにも。俺、絶対に遠距離なんて無理だから」


「約束だからね」


「信じろ、愛のチカラを」



 腰に回した圭吾の手が、さらに私を引き寄せる。私だって無理だ、圭吾と離れて暮らすなんて。人を恋愛体質にした責任を忘れるなよと、ペアリングをつけた彼の手に自分のそれを重ね合わせた。


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