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おくぶたえ  作者: 水上栞
第三章
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8◆ 親友

 


 翌々日、お約束どおりの研修旅行はお約束どおりに終わり、我々は何事もなく学校に帰り着いた。あとはいよいよ夏休みまで期末試験を残すのみだ。バスから下りて解散のため校庭に並んだ時、体育館の窓から圭吾が手を振っているのが見えた。


 部活の最中なのだろう、Tシャツの首にタオルをかけている。彼ら3年生はあと1ヶ月足らずで部を引退するが、私は正直それが残念でならなかった。圭吾はバスケをしている時がいちばんカッコいい。あの弾ける様なジャンプやシュートを見ていると、惚れ直してやってもいいかなと思う。


 そんな事を思いつつ私は重いバッグを担いで家路についた。圭吾から「荷物持ってやるから部活が終わるの待っとけ」と言われていたのだが、とにかく早く自分の部屋のベッドに飛び込みたかったので、断って一人で帰った。




 久しぶりの我が家は相変わらずの無人状態で、私はさっとシャワーを浴びると小一時間ほど仮眠をした。お陰でかなり身体が楽になったので、億劫にならないうちに荷物を解いて射手矢家にお土産を持って行く事にした。


 どうせ光太郎も似たようなものを買ってきてはいるだろうが、二人の姉軍団が私を待ち構えているはずだ。ウケを狙った「納豆チョコ」に彼女たちはどういう反応を示すだろう。しかしリビングで待機していた紗江さん&由佳里ちゃんシスターズは、お土産に喜んではくれたものの、何だか物言いたげな複雑な表情をきれいな顔×2に浮かべている。



「どしたの、二人とも」



 気になって仕方ないのでたまらず私が聞くと、二人は目で頷き合って由佳里ちゃんが私に切り出した。



「あのさ、あゆみちゃん元気?」


「え、あゆみ?元気だよ、何で」


「ここんとこ、全く家に来なくなっちゃったから、もしかして別れたんじゃないか、なんて思ってたんだよね」


「はぁ、ありえないって!」



 私はきっぱり否定したが、びっくりしたと同時に何かが頭の中で点滅し始めた。旅行の間のあゆみの態度を考えれば、あるいは考えられないことではない。しかし、別れたのなら私にそう報告があるはずだ。


 もしや何らかの行き違いで溝ができているだけではないだろうか。それならどんなカップルにもよくある話だし、そもそも彼女たちは姉であるのだから、私より光太郎に聞くのが先であるような気がする。そう言うと由佳里ちゃんは諦めたような表情で、気だるく首を横に振った。



「あいつ、あゆみちゃんの話になるとノーコメントだから」



 光太郎はこの一年弱、姉たちに殆どあゆみの話をした事がないらしい。ぶっきらぼうで照れ屋な光太郎の性格を考えれば無理もないが、いったい彼らの間で何が起こっているのだろう。家に帰って食事の支度をしながらも、その事が頭をぐるぐる回って仕方がなかった。


 そのせいだろうか、えらく胡瓜を刻みすぎた。今日のメニューは中華風サラダ冷麺で、胡瓜とセロリの千切り、貝割れやトマトなどの野菜と、蒸し鶏の裂いたものを冷たい麺の上にトッピングし、黒酢と芝麻醤のタレでいただく夏向きのメニューだ。最後に温泉卵を乗せて完成。これは母の好物なのでしょっちゅう作る。


 両親がいつ帰ってきてもいいように下ごしらえした具材を冷蔵庫にしまおうとしたその時、玄関チャイムが来客を知らせた。




「ごめん千夏子、突然来ちゃって」



 玄関ポーチに立っていたのはチヨだった。いつもとは全く色彩の違う彼女の姿を見た時に、ずっとこのところ胸を塞いでいた予感が現実になった事を悟った。それが何であるかなど皆目わからないが、チヨの身に何かが起こったのは確実だ。しかもその何かは彼女にとってかなりヘビーなものだと思う。


 私は弟に勝手に夕食を取るように言いつけると、チヨを促し二階の自室に上がった。ベッドに置きっぱなしだったスマホに4回チヨからの着信が残っている。よほど切羽詰っていたのだろう。割り切りの早い彼女が何度も電話をしてくるなんて、今まで一度もなかった事だ。



「ごめんね、電話に出られなくて」


「いや、私のほうこそいきなりごめん、今日帰って来るって言ってたから」


「全然大丈夫、何か飲み物でも持ってこようか」


「私、来月引越しするんだ」



 中腰になったまま、動けなくなってしまった。チヨが何と言ったのか、もう一度聞きなおすのが恐ろしい。ただの引越しならそこまで深刻になる必要はないはずで、冷静なチヨを追い詰めているのは、それにまつわる諸事情が尋常ではないという事だ。私は静かに腰を下ろした。半端に聞いて済むような話題ではなさそうだ。



「親が離婚するの。千夏子も薄々知ってたでしょ」



 ここ一年くらいは、いつチヨの家に言っても両親がいなかった。それを離婚と結びつけて考えられるほど私は大人でなかったが、何らかの異変が瀬川家に起こっている気配だけは、私なりに感じ取ってはいた。



「最初は母さんが家を出て、そのうち父さんにも彼女ができて、半同棲状態になっちゃって。うちら、ほとんど姉妹だけで過ごしてたんだ、ここんとこ」



 そんな家族の暮らしを案じた親戚が話し合いをし、きちんと離婚手続きを進めるとともに姉妹の処遇を考えたらしい。その結果、両親にはそれぞれ現在の同居相手がいるため、チヨたちは妹の高校卒業まで父親の兄の家で暮らす事になったのだという。場所は電車で1時間少々の隣県だが、チヨが小牧台からいなくなるなんて、私には耐えられないほどのショックだった。



「チヨ、何で言ってくんなかったの、一人で辛かったでしょ」


「ごめんね、でも私自身も色々あって」


「もしかして、チヨ」


「うん、あのね、言えなくてごめん、実は好きな人がいるの。理由があって今は紹介できないんだけど、ずっと私のこと支えてくれてる。彼がいないとたぶん死んでた、私」



 チヨが泣くのを久しぶりに見た。中学時代、クラスで飼っていたインコが死んだ時以来だ。私は俯いたチヨの長い髪を何度も撫でた。彼女は私にサヨナラを言いに来たのだ。誰よりも大切な友人が苦しんでいる事に気付く事もできず、さらには助けてやれる事もできない自分にむちゃくちゃ腹が立つ。


 あとはチヨを支えているという謎の彼氏さんに、どうか彼女がこれ以上傷つきませんようにとお願いするしかない。私は俯いたままのチヨに抱きついて一緒にぼろぼろ泣きながら、「ずっと友達だからね」と呪文のように繰り返し呟き続けた。



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