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おくぶたえ  作者: 水上栞
第一章
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4◆ 弟氏、姉を質問攻めにする

 


「姉ちゃん、光太郎くんと喧嘩でもしてんの」



 最近めっきり小生意気になった弟が、ゲーム機を片付けながら私に聞いてきた。


 たった今まで我が家のリビングでは、3歳下の我が弟と光太郎による対決が行われており、結果は光太郎のボロ負けでゲームオーバーとなった。弟はその間、私たちが一切会話をしなかった事を不審に思ったらしく、光太郎が帰った途端、たちまち質問小僧に変身した。



「いや、別に。普通だよ」


「普通じゃないよ、二人とも喋んないじゃん」


「この年代になるとね、あんま喋んなくなるんだよ」


「嘘だー、こないだまでめっちゃ喋ってたし」



 弟の目から私と光太郎が、どう見えていたのかは定かではないが、やはり身近な人間からすれば、どことなくぎこちない雰囲気は否めないのだろう。例の「話しかけない」契約の後、どうにも互いに間合いがつかめきれずに、居心地の悪い空気が流れているのは紛れもない事実だ。



 それでも学校に行けば友達がいるし、放課後には部活だってある。そんなこんなで私の毎日は思いのほか忙しく、いちいち幼馴染の機嫌取りばかりはしていられない。それはあっちだって同じ事だろう。


 ちなみに私は中学から引き続き美術部で、今は夏の県展に出展する油絵を制作している。高校の美術部は中学とは予算も設備も格段の差で、今まではクロッキーか版画がせいぜいだったのが、油絵、エアブラシ、彫刻と何でもあり。しかも秋の文化祭に新作を出展する義務がある以外は、自分で出したい展覧会とジャンルを決めて自由制作できるという、最高の環境が与えられていた。


 まあ、そのせいで幽霊部員が多いという難点もあるが、とにかく私は高校生活3年間、この部でやりたい事をやりたい放題やってやろうと決めている。運動も勉強もパッとしない私だが、絵は鑑賞するのも描くのも好きだ。将来は美大に進学して、画家とまではいかなくても美術関係の仕事に就きたいと思っている。



「姉ちゃん、今日の夕ご飯なに?」



 ゲームを片付けた弟が、今夜のメニューを聞いてくる。うちの母は弟の小学校入学と同時に結婚前の職業であった看護士に復帰し、最近では夜勤も週に2回ほどこなしている。よって、自動的にその日は私の炊事当番と決められている。ただし皿洗いは、喰うだけ星人の弟の役目だが。



「鰯のトマトソースと、じゃがいもとベーコンのスープ」


「そんだけ?」


「んー、昨日の残りのコールスローがあるけど」


「食う」



 私が料理を始めたのは母親の仕事復帰がきっかけではあったが、もともと性に合っていたのだと思う。料理は絵画に通じるクリエイティブな作業だ。味付けや盛り付けに、作り手のセンスやメッセージ、時にはそれ以上の何かが表現できる。



 今日のメインは私の得意の魚料理で、新鮮な小鰯を手開きにしてオリーブオイルで軽くソテー。市販のトマトソースに胡椒とにんにく、バジルを加えたソースをたっぷりのせて、粗挽きのパン粉と粉チーズを振り、オーブンでこんがり焼いた一品だ。


 お供のスープはサイの目に切ったじゃがいもとベーコン、玉ねぎのスライスをバターで炒め、低脂肪牛乳でコトコト煮れば出来上がり。具だくさんだから遅く帰ってくる父のビールの肴にもなる。



「姉ちゃん、さっきの話だけどさ」



 ゴールデンタイムのバラエティ番組を見ながら夕ご飯を食べていると、また弟が光太郎の話を蒸し返してきた。


 普段こいつはこんなしつこいキャラではない。むしろ私と違って体育会系のさっぱり少年で、口数も多くないし噂話も好まないはずだ。もしや思春期のホルモンバランス異常で、過剰な何かが分泌されているのかしらと訝っていると、何やら深刻な面持ちで箸を止める。



「光太郎くんとはさ、ぶっちゃけどうよ」


「はぁ、いきなりなに」



 身内から、しかも弟からそのテの話をふられるのは勘弁してくれ。私はトマトソースを口から零しそうになり、慌ててテーブルのティッシュを引き抜いた。



「あんた、私らただのご近所さんって知ってるでしょうが」


「そうかな、俺はそのうち付き合うと思ってたけど」


「ないない、私と光太郎に限ってそれはない」



 何を言い出すのか、この中坊は。しかもどうして今なのだ。さっきまで光太郎がこの家に来ていたからだろうか。しかしそれは珍しい事でもない。



「じゃあ、姉ちゃんは光太郎くんが他の子と付き合っても平気?」


「私には関係ない話でしょ、何でそんなこと聞くかな」


「光太郎くん、この間だれか知らない女の子と歩いてた」



 なるほど、そういうことか。弟の崇史はちっちゃい頃から私たちの後をついて回っていたせいか、光太郎大好きっ子だ。それは光太郎の身長をはるかに追い越した今でも変わらず、そのせいできっと彼は、私たちがくっつけば思うツボだと思っているのだろう。しかしそうは世の中うまくいかない。



「そりゃあ光太郎だって、デートくらいするさ」



 そのような光景は、何度か私も出くわしたことがある。この間も駅の改札前で、うちの学校の先輩と思しき女子につかまっていた。まあ、あれはデートとかそういう楽しげなムードではなかったが、取りあえず美人顔のお陰で奴の注目度は高いのだ。



 中学の頃は恰好つけて「女なんて」みたいなポーズを貫いていたものの、その実ひそかに合唱部のマドンナ狙いだったのを私は知っている。その時は、告白する前にマドンナに本命の彼氏ができて玉砕したが、高校生になって自分も周囲も恋愛スキルが向上すれば、きっと次なるチャンスが来るのは時間の問題だろう。




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