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おくぶたえ  作者: 水上栞
第二章
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20◆ ガトー・ショコラ

 


 羽根田さんとはその後も、冬休みの間にスケートや映画に出かけた。そのたびに「家まで迎えに行く」という彼と「現地集合でいい」という私の攻防があり、結局いつも小牧台の駅前集合に落ち着いていた。


 私からすると彼氏でもないのに家まで来させるのは申し訳ないし、小牧台の駅だって羽根田さんの家からは便利なアクセスではない。しかし彼は「なるべく長く会っていたいから」と主張を譲らなかった。そして毎回家の前まで送ってくれるのだ。こうなると当然だが家の者が気付く。最初に羽根田さんと遭遇したのは弟だった。



「姉ちゃん、あのひと彼氏?」


「違うよ、学校の先輩だよ」



 即否定したものの疑いの目は晴れず、そのうち母親にまで情報が流出して「連れてきなさいよ」などと言い出す始末だ。たぶん射手矢家の連中も噂を聞きつけているに違いない。「やめておけ」と注意を与えた人物と私が出かけている事を知ったら、光太郎がどんな顔をするのか考えただけでも憂鬱だった。



 そのうち月が変わり、デパートの地下に甘ったるい匂いが充満する季節がやってきた。バレンタインなんてお菓子屋の陰謀だと嘯きながらも、実は私の頭をいちばん悩ませているのはその事だ。


 羽根田さんにチョコをあげるべきか、あげないべきか。告白されて返事を保留している相手にあげるとなると義理では済まないだろうし、あげないのも今の私たちの関係からすると冷たいような気がする。



「あげちゃいなよ、チョコと言わず何もかも」


「なんか、すっごい事言われたような気がする」



 あげちゃいなよ発言の主はあゆみではない。チヨだ。彼女に相談を持ちかけたところ、意外にもアッサリとさきほどの意見が出てきたので驚いた。



「でもチヨ、羽根田さんのことヤバいって言ってなかったっけ」


「うん、今でもヤバい人だなとは思う」


「だったらどうして」


「だってチカはもうその人のこと、好きになってるじゃん」



 チヨのど真ん中ストレートが刺さる。私は確かに羽根田圭吾に傾いている。いや、包み隠さず言うと彼が好きだ。部活で会えない週末は寂しくてたまらないし、メールが1日来なかっただけで泣きそうな気分になる。


 告白を受け、すったもんだがあったとは言え、彼の気持ちを知ってからもうずいぶんと日数が経過している。いつまでズルズルと言い訳みたいな観察期間を続けるのか、正直悩んでいたところだ。


 この中途半端な関係を終わらせるには、どっちにしても私の気持ちを彼に伝える必要がある。そのタイミングが難しかったので、バレンタインに乗っかるのはいい方法だと思った。しかし、ただデパ地下のきれいにラッピングされたチョコをあげるのは芸がない。きっとそういうのは歴代の彼女たちから、山ほどもらっているはずだ、




 翌日、私は腕まくりをしてキッチンに立った。奮発して買ったベルギー産のカレボー・ダークショコラを湯せんにかけ、小麦粉を篩う。こうなれば腕によりをかけたチョコで、あの男を撃沈させてやる。今まで他の女からもらったチョコがかすんでしまうくらい、甘々のバレンタインとやらを味わうがいい。



 今までで最高に仕上がったガトーショコラを手渡した時、羽根田さんは予想以上のリアクションで私の期待に応えてくれた。場所は例の私がマジギレした学校近くの公園で、ついさっきまで雪が降っていたので指の先が痺れるほど寒い。



「これもしかして手作りってやつ?」


「そうです」


「やべえ」


「何がですか」


「泣きそうかも、俺」



 そう言いながら羽根田さんはショコラを一口食べて「まじうめえ」と唸った。そしてこちら向くと、一呼吸置いてから予想通りの質問を私に振ってきた。



「あのさ、これそのまんまの意味に取っていいわけ」


「いいんじゃないですか」



 声では平静を保ちながらも、ほほがカッと熱くなる。羽根田さんがこちらに近づくのが気配でわかった。肩に手が回されて、頭の中が真っ白になる。



「付き合ってくれるの、俺と」


「そのつもりです」



 肩を抱く手にグッと力がこめられるのを感じて緊張がレッドゾーンに突入する。次に起こることなど、いくら私が初心だと言ってもこのシチュエーションなら想像に難くない。



「ごめん、もう待てない」



 私が静かに頷くと、やがて唇が降りてきた。温かくて柔らかなその感触は、光太郎に無理やり奪われたそれとは全く別の行為に思えるほど優しく、ほんのりカカオの香りがする。周りの世界がすっとぶような、何ともいえない恍惚感に、恋もなかなか悪くないじゃないかと私はチョコのように甘く溶けていった。



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[良い点] ちかちゃんたらちょろーーい!
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