17◆ 元カノ様のお呼び出し
あの飛び下り未遂事件は、当然ながら学校でちょっとした噂になった。幸い私は地味な生徒だったので、通りすがりに「飛び下りの…」と指差されるような事はなかったが、それでもあゆみには根掘り葉掘り吐かせられ、彼女はそれにいたく少女漫画的ロマンを見出したらしい。
「命がけの告白なんて、すっごい感動しちゃうじゃない!千夏子、そんだけ愛されてんだよ。何で付き合っちゃわないの」
「何言ってんの、こっちは心臓が口から飛び出るかと思ったんだからね。 だいたい手口がいつも正攻法じゃないのよ、あの人の場合は」
あゆみには返事を保留したという事は伝えたが、観察期間中である事は言っていない。そんな事を言ったが最後、連日バスケ部見学に付き合わされる羽目になる。自分は彼氏と憧れのユキ先輩、ダブルでお楽しみ満載だろうが、こっちはいらぬ気を遣ってぐったりしてしまう。
「そう言えばさ、千夏子に頼みがあるんだ」
「またややこしい事じゃないよね」
光太郎の件で前科があるだけに、あゆみの頼み事には慎重になる。つぶらな瞳のこの子羊が、実は狼のような策士である事を私は実体験として知っている。
「そんなんじゃないよ、アリバイ手伝って欲しいの」
「アリバイ?」
「うん、もうすぐ射手矢くん誕生日じゃない。その日、千夏子の家に泊まる事にしといて欲しいんだ」
すっかり忘れていた。もうそんな時期になるのか。光太郎の誕生日はクリスマスイブで、毎年クリスマスと誕生日のプレゼントをまとめられる事に不満をもらし続けている。
そんな光太郎も、今年は16歳の誕生日を彼女と迎えることになったのだ。奴が自分の家のケーキを食べたあと、サンタ帽をかぶって我が家のケーキを漁りに来る聖夜の恒例イベントも、今年はもう行われないだろう。そう思うと何だか少し寂しいような気もする。
「別にそれはいいけど」
「サンキュ、うちお母さん外泊にうるさいんだよね。でも付き合って初めてのクリスマスだし、思い出作りたいじゃん」
「私に彼氏ができた時にはよろしく頼むよ」
「もちろんだよ、ってか千夏子も羽根田先輩とクリスマス頑張んなよ。さっさとOK出しちゃえばラブラブでデートできるじゃない」
「そういう問題じゃないよ」
あゆみは「もったいなーい」と言いながら読んでいた雑誌に戻ってしまった。全くもってそういう問題ではないのだ。実は私は現在、羽根田さん関係で新たな問題に巻き込まれている。
少女漫画的ロマンな告白だけにトラブルも少女漫画的というか、ベタなお約束の「元カノ」が私に接近してきた。いや、彼女の言い分では「今カノ」という事になるらしいが、とにかく厄介な事になっている。これはあゆみには報告していない。安易な興味で首を突っ込まれると困る。
「すいません、1年2組の佐藤さんですか?」
授業が終わり、部活に向かおうとしていた私を呼び止めたのは、過去にチラリと見たことのある羽根田さんの元彼女さんと、その友達と見られる女生徒だった。
呼びかけたのは友達の方で、私が「はい」と頷くのを見て元彼女さんの方に促すような視線を向ける。私は呼び止められた時点ですでにビビっていたが、何も悪い事はしていないので態度だけは毅然としなければと、真っ直ぐ二人を見返した。
「ごめんね、急に呼び止めて。私、2年の高須っていうんだけど、少しお話できるかな」
「どういったお話でしょう」
「羽根田圭吾、知ってるでしょう」
やっぱり来たかと緊張が走る。私はこの後、ドコカに連れて行かれてナニカをされてしまうんだろうか。理不尽な逆恨みの被害にあう人間は多いが、まさか私がその一人になるとは。そう思ってドキドキしていたら、高須さんの口から意外な言葉が述べられた。
「彼、あなたに嘘ついてるの。誤解を解いておきたくて」
「え?」
高須さんの声は落ち着いたキャスター系で、耳に心地よく響く。その明朗な声からは悪意や敵意は感じられない。私は言われた内容を理解できないまま、顔に疑問符を浮かべて高須さんを見つめた。
「よかったら、ちゃんと説明したいんだけど。どこか場所を移動しない」
「だったら美術室でいいですか、今から美術部の部活なんで。それと、言いにくいんですけど、お友達もご一緒でないとダメですか」
私がそう言うと高須さんは友達を振り返り、軽く頷く。それが合図のように友達は「じゃあね」と言ってどこかに行ってしまった。
「ごめんね、あなたを見分ける自信がなかったからヘルプ頼んだの。どっちにしても、話は二人だけでしようと思ってた」
「そうですか、余計な事を言ってすいません」
私たちは階段を上って西校舎3階の美術室に着いた。来る途中に思ったのだが、高須さんはとてもきれいな人だ。サラサラ茶髪は真っ直ぐなストレートロングで、足も手もほっそりしてお茶のCMに出てきそうな清涼感がある。なぜこんな美人の彼女がいるのに私に興味を持ったのか。
私はそこらに乱立するイーゼルをどかすと、椅子を二つ引きずってきた。向かい合うのはいやだったので、角度は微妙にずらしている。高須さんは静かに腰を下ろした。