14◆ やめたといた方がいい
半べそをかきながら、光太郎と帰り道を歩く。
「心配しなくても、彼女のことは大事にしようと思ってるよ」
「うん」
「チカこそ、変な男にとっつかまったら承知しねえぞ」
それが誰のことをさしているのか、聞くまでもない。私は返事をせず、光太郎も再び黙って歩き始めた。やがて、小牧台エリアに入り私たちのご近所に差し掛かったあたりで、光太郎がぼそりと呟いた。さっきから何か話したい事があるのは気配で感じていた。それが何に関する事であるかも。
「あのな、羽根田さんの事だけどな」
やっぱりきた、と私は身を堅くした。もうあの人とは会うことはないよと口を開きかけたが、光太郎の方が一歩早かった。
「お前のこと、マジかもしんね」
「えっ」
「彼女と別れ話してるらしい、相当もめてるって」
彼女とは過去に何度か別れ話が出たと羽根田さんは言っていた。そしてその度に彼女に懇願されて元の鞘に収まる、いわゆる痴話喧嘩というやつだ。今回もそのパターンという可能性はある。しかしもしもそこに自分という存在が影響しているとしたら。そして本当に二人が別れてしまったとしたら。
「マジかもしんねえけど、やめた方がいいと思う。あの人、お前がついていけるようなタイプじゃないから」
「いや、それ以前の問題だよ。私、あの人と付き合いたいなんて思ってないもん」
私の答が少し意外だったようで、光太郎はしばらく考え込み、やがて私の目をじっと覗き込む。ああ何かきつい質問が来るな、と長年の勘でわかった。
「ぶっちゃけ聞くけど、告られた?」
「……微妙な言い方はされたかも」
「で、何て答えたの」
ここまで来たらごまかすわけにもいかない。私は光太郎を全面的に信用することにして、先日までの話をかいつまんで打ち明けた。
「私の事が、好きかどうかわかんないって言うから、私の出方を伺うのは卑怯だ、って。 その前に彼女ときっちり話つけるのが筋なんじゃないか、って」
それを聞いて、光太郎が「呆れた」と天を仰いだ。
「その言葉を、まるっと実行してるってか」
「不器用なのかもね、意外と」
「んなわけねーだろ、遊び人だぞ」
「でも、自分から好きになった事ないらしいよ」
光太郎はいよいよ呆れたようだ。そして私の家の前まで来ると、大きな溜め息をついて疲れたようにひらひらと手を振った。
「まあ、最終的にはチカが決めることだけどさ。今の話聞いて、ますますやめたがいいように思うな。ああいう人が本気出したら始末悪いって、絶対」
「私もそう思う、だからスマホもアカウント消去したもん」
「お前も苦労するよな」
「全くだよ」
その夜、私は次の日が休みなのをいい事に、チヨの家に押しかけて羽根田さんにまつわる出来事をあらかた打ち明けた。彼女のアドバイスもほぼ光太郎と同じだ。
「ヤバそう、その男」
「やっぱり?」
「うん、女性関係がどうとか彼女がいるとかじゃなくてさ、すでに千夏子に関してコントロールできなくなってるのが何だか」
「だよね、だよね」
その日、チヨの家には親がいなかったので私たちはお菓子とジュースで遅くまで盛り上がり、久しぶりに思い切り笑って癒された。
「ただでも誰かと付き合うとトラブルはつきものなのに、わざわざ火傷しそうな相手に近づくことないよ」
何だかその言葉がやけにリアルで、チヨも色々あるんだろうかと妄想が広がってしまったが、取りあえず彼女の意見は有り難く頂戴しておこう。私の性格を誰より知っている男女二人が口を揃えて「ヤバい」と言うのだ。
もとより付き合う気などサラサラないが、もう学校で会っても話なんかしないしバスケの試合も見に行かない。あゆみには色々聞かれるのが嫌で黙っていたが、いよいよの場合は救援をお願いした方がいいかもしれない。
いや、それより私にちゃんとした彼氏ができれば問題はすべて解決するのだ。急いで恋をしなければ。今年こそ念願のハッピークリスマスを迎えるためにも。




