13◆ 大切で特別な存在
何だか気持がすっきりしないうちにだらだらと時間だけが過ぎ、私が高校生活でいちばん楽しみだった行事、文化祭がやってきた。美術系の人間にとって文化祭はポスターやチラシ、そして大掛かりな舞台装置まで作らせてもらえる大チャンスであり、しかも経費は学校持ち。張り切らずにいられる訳がない。
私も毎日遅くまで自分のクラスのポスターを作ったり、演劇部の舞台背景を描いたりと精力的に制作にあたった。そんなある日、校門に設置するオブジェを制作していてすっかり遅くなってしまい、ちょっと怖いなと思いながら教室の戸締りをして帰ろうとしたところに、ぬっと黒い影が現れた。
「ひゃ」
「俺、俺」
叫び声をあげる寸前で、影が光太郎だとわかり気が抜けた。奴もクラスの模擬店で使う道具を作っていたらしく、白や水色のペンキを手にいっぱいくっつけている。
ちなみに私たちのクラスはヨーヨーつりをやる。子供用のビニールプールの周囲をダンボールで囲んだだけの簡単な装置だが、ダンボールに海の絵を描いて気分を出したところがミソだと光太郎は自慢していた。
「チカ、ちょっと待っとけ。手、洗ってくるから」
「なんで待っとかないといけないの」
「一緒に帰るからだよ、外もう真っ暗だろ」
「いいよ、そんなの大丈夫だよ」
「ここで会っといて一人で帰せないだろ、一応お前も女だし」
「一応は余計だよ」
「すぐ戻る」
「うん」
私が意識的に距離を置いていたり向うも気まずい理由があったりで、こうして学校で二人で話をするのは久しぶりだったが、以前と何も変わってない事に少しほっとした。
やっぱり光太郎と私のリズムは独特なものがある。子供の頃と枝葉は大きく変わってしまったかもしれないが、きちんと幹や根っこの部分は残っている。そう思うと一緒に帰れる事が急に嬉しくなってきた。
「お待たせ」
「お待たされ」
このベタなやり取りも中学以来じゃなかろうか。そういえば昔は毎日一緒に学校へ行っていたのだ。隣を歩く童顔の幼馴染はその当事と殆ど変わらないルックスながら、中身はもうオトコノコじゃないなんて嘘みたいだ。
そう言えばあゆみとはうまくやっているんだろうか。彼女からのノロケ話は良く聞くが、光太郎サイドの話は聞いた事がない。始まり方がイレギュラーだっただけに、もし光太郎が不満を持っているならこちらも心苦しい。私は単刀直入に聞いてみた。
「うーん、まあうまくいってるんじゃない」
「じゃあ、あゆみの事好きになったんだね」
「嫌いじゃない。見てるテレビ番組とか食べ物の好み合うし」
「いや、そうじゃなくてさ、何かもっとこうドキドキとした」
「さあ、わからん」
エッチまでしといてそれかよ、とムカついた。この年代の男が好きでもない女とできてしまうのは、羽根田さんのレクチャーのお陰で知ってはいたが、せめて彼女に対しては特別な情熱を持って欲しいと思うのは間違っているのだろうか。私が解せないという顔でむくれていたら、光太郎がこちらに向き直った。
「チカに対してはあったけどね」
「え、いや私の話は」
「片思いが長すぎて思い込みがすごかった。何で俺がここまで思ってるのにわかんねーんだよってムカついてた」
「まあ今更そう言われてもねえ」
「だから、振られて良かったのかもしれない」
そう言うと光太郎は珍しくニヤリと笑顔を見せた。こいつが悪戯に成功した時以外に笑うなんて。年に何回あるかないかのレア物スマイルだ。
「俺、もしチカと付き合ってたら暴走してたかも。気持がうまくコントロールできなくて、滅茶苦茶してたと思う」
淡々と語る光太郎の横顔が、やけに大人びて見える。一時はあんなにゴタゴタしたのに、彼にとって私はもう過去の思い出なのか。いや、あゆみと付き合っている以上そうでなくてはいけないのだが、何だか妙に寂しかった。
そう考えているのが顔に出ていたのかもしれない。光太郎はレア物スマイルをもう一度浮かべると、いったん立ち止まり私に向き直った。
「チカの事は、たぶんこれからもずっと好きだと思う。でも現実問題、それは俺の中にしまいこんだ気持ちで、これからは別の意味で、特別な人間として接していきたいと思ってる」
光太郎なりに、あれから私との関係を一生懸命考えてくれた事が、その言葉から感じられた。大人びて見えるどころか確実に大人になっているのだ、目の前の大切な幼馴染は。私はうんと頷きながら涙腺が膨れてくるのを感じた。
「ずっと言えなかったけど、あの時は、ごめん」
光太郎が頭を下げる。私はついに泣き出した。




