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おくぶたえ  作者: 水上栞
第二章
31/118

12◆ わけのわからん女

 


 そのまま私が何も言わずにいると、羽根田さんは苦笑に近い複雑な笑顔を一瞬見せた。防犯灯の青い光が頬に冷たい影を落としている。



「俺が病院で千夏子ちゃんに言ったこと、覚えてる?」


「誰かを好きになった事ない、ってやつですか」


「うん、ずっとそうだった」


「彼女さんの事は好きじゃないんですか」


「嫌いじゃないよ、でも何となく付き合ってるって感じに近いかも。向うから告白されて、ああいいよって感じで付き合い始めて。何度か別れ話も出たけど、彼女が絶対別れないって言うから続いてる」



 失礼です、と私が言うと羽根田さんは首だけで頷き、再び話に戻った。



「俺、そんな風だから、千夏子ちゃんに会いたかったり、困らせたかったりするのが、 好きって事なのか、そうじゃないのか、どうにも判断がつかない」



 そこまで聞くと私はベンチから立ち上がり、さっきから胸に込み上げていたモヤモヤを、うなだれ男に向かって叩きつけた。



「いったい先輩は私に何が言いたいんですか。もしかして私に答えを出させるつもりなら卑怯ですよ」


「千夏子ちゃん」


「恋愛の事は私もよくわかりません。でも、私にそれを言う前に彼女さんと話をするのが筋だろうって思います」



 今度は私が言い逃げする番だ。ずんずんと音がするくらい地面を踏みしめて公園を後にした。ジャージを返してもらい損ねたのに気付いたのは家に帰ってからで、それほど私は怒りで頭がいっぱいだったのだ。



 翌朝、下駄箱の中にはジャージとチョコレートの入った紙袋が入っていた。そこからは何の意図も感じ取る事はできなかったが、昨夜のうちに私の気持の整理はついていた。


 私が羽根田さんに対して許せなかったのは、今まで彼がいい加減な女性関係を持ってきた事ではなく、女の出方で自分の立場を決める、その優柔不断な考え方だ。いつもは強引なくらい自分流なくせに、あんなヘタレな羽根田さんなんか見たくなかった。


 絡まれていた頃は鬱陶しかったのに、どうやら私は羽根田圭吾には自信たっぷりでいて欲しかったらしい。私もわけのわからん女だ。そう思うと自分にも腹が立ってきた。



 そんな不安定な精神状態のまま、私は何とか午前中の授業を普通にこなした。昼食後にチョコレートをつまんでいると、横からあゆみが「ちょーだい」と言って手を伸ばしてきた。今日の彼女の指は半透明の桜色ネイルに塗られている。生活指導につかまらないようにしなければ。バレたら生活指導室にある100均の爪切りで、血が出る寸前まで深爪に切らされてしまうからだ。



「あのさ、私、千夏子に報告あんの」


「なに」


「こんな所で何なんだけど」


「なによ、気になる」


「あのね、射手矢くんとね」



 その後の言葉は耳元でひっそりと囁かれ、私は内心の動揺とは裏腹な穏やかな声で、友人が少女を卒業したことを祝福した。



「そっか、よかったじゃない」


「ついに、ですよぉー。きゃー恥ずかしー!」



 あゆみは頬を染めながら、その時のシチュエーションや感想をあれこれと嬉しそうに話した。私はそれを適当に流しながら、ぼんやりと光太郎の財布の中にあったコンドームのことを考えていた。


 バスケの先輩から配布された2個のうち1個を、奴はあゆみとの初戦に用いたのだろうか。私は何となくその先輩というのが羽根田さんのような気がしてならなかった。彼はきっとそういうものを常時持ち歩いているだろう。そして私のような隙だらけの女に声をかけるのだ。



「千夏子?」



 あゆみが驚いたような声を出したので、周囲にいた面々が一斉にこちらを見た。私は何が起こっているのか把握できていなかったが、その声にようやく我に返り自分がぽろぽろと涙を零しているのに気がついた。



「千夏子、どうしたのよ」



 自分でも驚いたが、さらりと嘘が口から出た。



「お腹が痛いの。実は今日、2日目なんだけど痛み止め飲むの忘れちゃって」


「そっかー、保健室行く?」


「ううん、今日はもうダメっぽいから帰って寝るよ」


「わかった、じゃあ先生に言っとくから」



 あゆみは私の嘘をすっかり信用したようだ。先月、私たちの生理日が重なっていたことを、彼女が忘れてくれていて助かった。ごめんね、と罪悪感でチクチクしたが、今は誰とも話したくなかったし学校にいるのが嫌だった。


 私がどんなに抗おうとも周囲はどんどん流れていき、その渦に自分が翻弄されるのが怖くてならない。いつまでも子供でいたいなんて望みは毛頭ないけれど、大人になるのにこんなしんどい思いをしないといけないなんて話は聞いた事がない。



 私は家に帰ると猛然と料理に取り掛かった。何か手を動かして意識をそこに集中させたいのだ。


 メンチカツを作ろうと玉葱を思い切り刻む。半個刻んだあたりで、また涙が湧いてきたが玉葱のせいにしてわんわん泣いた。見ないふり、感じないふりをして過ごせば心穏やかでいられるとしても、私にはそんな小器用な真似は到底できない。


 ことなかれ主義者であるくせに、白黒はっきりつけたいなんて都合が良すぎるのは自分でもわかっている。やっぱり私はわけのわからん女だ。羽根田さんにあんな偉そうな啖呵を切っておきながら、いったい何が気に食わないのか、自分の気持が自分で説明できないのだから。





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