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おくぶたえ  作者: 水上栞
第二章
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11◆ チャラ男の戸惑い

 


 理解に苦しむカミングアウトのお陰で散々な結果に終わった試験の翌日、部屋で雑誌を読んでいたら光太郎がまた上がってきた。学校のネームが入ったウィンドブレーカーを着込んでいる。どうやら部活の帰りらしい。



「羽根田さんと何かあった?」



 前置きもなく投げられた質問に、もしやこいつは先日の一件を知っているのだろうかと固まってしまった。光太郎は私の様子を胡散臭そうに観察した後、おもむろに本日の目撃情報を発表した。



「お前のジャージ着てた、制服の下に」



 あのアホウ!と叫びたい衝動を抑え、私は光太郎にいつどこでそれを見たのか、できうる限りの平静を装って問い正した。それによると阿呆はバスケ部のロッカールームで着替える時、わざとらしく制服の前をはだけて光太郎に私のゼッケンをチラ見せしたという。



「意味不明だよ、羽根田さんも、お前も」


「試験休みの時、貸したんだよ。雨に濡れたから」


「それって二人で一緒にいたってこと?」



 こういう場合、咄嗟に答えられない事は肯定を示す。私はじっと光太郎の顔を睨みつけたまま、だからどうしたんだというポーズを作った。



「あの人、彼女いんの知ってるよな」


「知ってるよ、別に私ら何でもないって言ってるじゃん」



 光太郎は何か言いたそうに口を開きかけたが、そのまま飲み込んで部屋を出て行った。あいつが言いたい事はわかる。このまま羽根田さんの冗談か本気かわからないアプローチに振り回されていたら、噂が広まるのは時間の問題だし、彼女の耳に入れば嫌な思いをさせてしまう。


 私は早急にジャージを返してもらおうと羽根田さんにメッセージを送った。あの日以来、彼からは何の連絡もなく、私からもしていない。本当はアカウントを削除してしまうのが正解だろう。あの雨の日も、掠れた声も、何もかもなかった事にしてしまうのがいい。そして再び平和な高校生活を取り戻すのだ。



 会って渡すという羽根田さんと、下駄箱に入れておいてくださいという私の間で何通か押し問答をした挙句、結局は私が折れて翌々日の部活の後に学校近くの公園で受け渡しをする事になった。


 羽根田さんは駅のドーナツ屋がご希望だったようだが、私が人目につくのを嫌がった。部活の道具を片付けて公園に行った時すでに羽根田さんは待っていて、薄暗い防犯灯の下のベンチに座っている姿が見えた。



「すいません、ジャージ返してもらえますか」



 私が来たのはわかっているのに、黙ったままの羽根田さんに、ちょっとイラついて催促した。私としては早くここから立ち去りたいのだ。道路から奥まった公園とはいえ、誰が通るかわからない。


 なのに羽根田さんは私に向かって手招きをする。どうやら隣に座れという事らしい。冗談じゃない。



「いえ、返して頂いたらすぐに帰りますので」


「そしたら二度と会わないつもりでしょ」



 図星なので黙っていた。あんな告白の後、自分を避けている素振りを見せられればわかるだろう。それでもあえて「会って渡す」と言ったのは、何か私に伝えたい事があるのだと思う。気が重かったが、最後に彼の言い分を聞くのは責任のような気がした。私はそろそろとベンチに近づくと、羽根田さんから50センチほど空けて腰を下ろした。



「この間は言い逃げしてごめんね」



 意外な事に、羽根田さんはいきなり謝ってきた。からかわれたと決め付けていた、いや決め付けようとしていた心が小さく揺らぐ。羽根田さんは言葉を選んで話そうとしているようで、何度も唇を舐めてからやっと二言目を吐き出した。



「あの日、千夏子ちゃんを待ってる間、色んなこと考えた。俺、いったい何やってるんだろうとか、こんなの変だろ、とか。ぶっちゃけ言うと、今まではけっこううまくやれてたのよ、女の子に関しては」



 私は無言でその声を聞いていた。いつもより若干早口なその声が、彼の焦りを表している気がして、何だかいたたまれない心持ちになる。



「千夏子ちゃんの事だって、まずは優しい先輩としてお近づきになって、あわよくば、なんて考えてたんだよ、射手矢からかうのも面白かったし」


「最低ですね」


「うん、最低だよね。ところがさ、どうにもうまくできなくなってきて。あんなにグイグイ行ったら避けられるのは当たり前なのに」



 羽根田さんはくしゃくしゃと自分の髪をかきむしった。



「どうしちゃったんだろうね」



 重い沈黙が流れる。逃げ出したいのに、全てを聞きたい。私は学校バッグをしっかりと胸に抱き、羽根田さんの次の言葉を待った。




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