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おくぶたえ  作者: 水上栞
第一章
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3◆ 高校はめんどくさいところ



 隣のクラスの顔さえ覚えていない女の子に「射手矢くんのコトなんだけど」とトイレで話しかけられた時は、また光太郎ファンからの探りかと思っていた。顔がかわいいので、人気だけはあるのだ。



「佐藤さんと射手矢くんって、付き合ってるの?」


「付き合ってないよ、家が近所なだけ。よく間違われるけど」



 普段ならそういう質問などはさらっと流してさようならだが、何しろトイレで洗面台の前に二人きり。しかもこっちは手を泡だらけにしているのだから逃げようがない。ならば、せめてさっさと終わらせようと、私はそっけない答えを返した。ところが。



「でも、エッチしちゃったんでしょ」



 誰と誰がだよ、と一瞬思い、次の瞬間それが私と光太郎のことを言っているのだと気づいた。当然ながら、私は水滴だらけの手を振り回して全否定する。



「はー!何それっ!してない、ありえないっ!」


「でもね、射手矢くんのお財布にアレが入ってたらしいよ」


「アレって……ああ、アレ?」



 財布の中にアレと言えば、おそらくアレだろう。いわゆる避妊具、コンドームというやつだ。今どき男子高校生が持っていても、驚くようなものではないが、童顔で小学生でも通用するんじゃないかという光太郎が持っているとなると、妙な違和感を感じてしまう。



「うん、しかも2個あったのが、今は1個しかないって男子が騒いでた」


「使ったんだ」


「そう、だから相手は佐藤さんじゃないかって、噂になってる」


「ありえないから、マジで」



 そのやり取りを話して聞かせてやると、光太郎は耳まで真っ赤にして黙りこくってしまった。どうやらアレの件は本当らしい。うわ、びっくりと思いつつ、光太郎が何か言うのを待っていたら、やがてぼそぼそと言い訳を始めた。



「アレは……先輩からもらったんだよ、バスケの一年全員に」


「入部祝い、ってやつ?」



 私が咽喉の奥でククッと笑うと、「信じてねーだろ」と光太郎がムクれた。その顔がショタ心をくすぐると、上級生のお姉さま方に人気なのを本人は知る由もない。


 射手矢家はお母さんの夕子さんを筆頭に美人さん揃いで、お姉さん二人も近所で評判の美少女だ。しかし、中でも一番の美形は末の弟、目の前で仏頂面をしている光太郎で、中学時代は「姫」という二つ名を頂戴していた。



 ならば相当にモテるかと言えば、それが神様の意地悪なところで、男というよりペットに近い愛を捧げられることが多い。なぜなら150㎝台半ばしかないボディに、中性的な美女顔が乗っかっているのだ。


 従って学ランが死ぬほど似合わない。本人はそれを気にしていて、今の高校を選んだのも制服がブレザーだったからではないかと私は睨んでいる。



「もらったのは信じるけど、減ってるのはどういう訳よ?」



 光太郎が露骨に嫌な顔をする。おまるの頃からの付き合いともなれば、痛いところも突っ込み放題だ。私は残り少なくなった紅茶のペットボトルを飲み干して、さあ答えろとばかりにソファの上に胡座を組んだ。



「まあ…どんなもんなんかな、と」

「開けてみたんだ。で、どんなもんだったの」



 光太郎が曖昧な答えで流そうとするのを、すかさずつかまえて引き戻す。ここらへんは、昔から同じパターンだ。学校では無用のトラブルを避けるため、処世術として比較的おとなしいタイプを演じている私だが、こと光太郎に対しては本来の姉貴体質がいかんなく発揮されてしまう。



「そんなの、どうでもいいだろ」


「よくない、私だって変な疑いかけられたんだし」


「だーかーらー、学校で話しかけんなっつってんだよっ!」



 しつこく食い下がる私にうんざりしたのか、光太郎は自分のペットボトルと漫画を持って2階に上がってしまった。その態度には多少ムカつくところもあったが、奴の提案はたしかに肯けるところが大きい。



 中学までの同級生はほとんどが小牧台の住人だったため、私と光太郎が近所の仲良しさんだと言う事は周知の事実で、あまりあれこれ言われる事もなかった。しかし高校はあちこちの学校から来た連中の集まりだし、何より中学とは比べ物にならないくらい色恋ごとにお忙しい。そんな人たちにとって、私たちの関係は恰好の噂の種であるらしく、どうもやりにくくてかなわない。



「あーめんどくさー」



 どさりとソファに寝転んで、漫画の続きを読もうとしたけど興味を失いそのまま閉じた。


 期待に胸膨らませて門をくぐった高校も、実際に授業が始まってみれば何の事はない、単なる中学の延長だ。せめてメガネの素敵な生徒会長でもいれば少しはときめきも生まれようというものだが、入学式で在校生代表の挨拶をした生徒会長は、メガネこそかけてはいたものの三つ編みニキビの女生徒だった。



 変わった事といえば、新しい友人が何人かできたことと、給食がなくなって学食でお昼を食べるようになったこと、ピアスホールを開けたこと、そして私と光太郎の距離が離れたことくらいだ。奴の提案に従い学校で話さなくなれば、さらにその距離は遠くなるだろう。



 第二次性徴期とかいったっけ、保健体育で習ったような記憶があるが、とにかく男女ともに動物学的性の目覚めの季節なのだ。私にだって恋のチャンスが訪れるかもしれないし、いやむしろそうであってもらわなくては困る。実際、高校生活でいちばん期待しているのはそこなのだから。どーでもいい男と噂になって、チャンスを棒に振るのはまっぴらごめんだ。



 そんな訳で私と幼馴染の腐れ縁野郎は、学校では普通のクラスメートとして過ごすことになった。まさかアイツのことを「射手矢君」なんて呼ぶ日が来るとは思わなかったし、「佐藤さん」と言われたときにはサブイボが出た。



 それはある意味新鮮な体験であると同時に、廊下で光太郎のブカブカのブレザーの背中が、まるで他人のような顔をしてすれ違うとき、何とも形容しがたい複雑な気持ちを私に投げかけてくるものでもあった。



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