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おくぶたえ  作者: 水上栞
第二章
27/118

8◆ 決勝、学年対抗リレー



 プログラム作りも問題なく終わり、忙しく過ごす間に私たちはたちまち体育祭の当日を迎えた。10月とは思えない真夏のような陽射しに、私はうんざりしながら日焼け止めを塗る。紫外線予防しておかないと肌が白すぎるため赤く腫れてしまうのだ。


 そんな私の応援席の隣で、あゆみは手鏡でマスカラチェックに余念がない。ご自慢の三度塗りまつ毛は今日も天を向いている。



「やっぱ目玉はユキ先輩のラストリレーだよね」



 ついこの間、光太郎と付き合いだして1ヶ月を超え「新記録だ」とはしゃいでいた人物の言葉とは思えない。それを言うと「彼氏とアイドルは別腹」と返されるので放っておいたが、それにしてももうすぐ始まる決勝の3学年対抗リレーは、陸上部はもちろん各運動部の花形がズラリと居並び、何とも豪華なメンバーである。



「どっち応援すんの」



 私はあゆみに聞いてみた。見事学年リレーを勝ち抜いた我がクラスからは思ったとおり光太郎が選ばれ、3年のユキ先輩のクラスと争うことになる。普通ならば自分のクラスの彼氏を応援するのが当たり前なのだが、「どっちも」と言い切るところがあゆみ流だ。


 彼女にとっては勝敗よりも、いかに彼らがかっこよく走るかが重要なのだそうだ。会話が続きそうになかったので、私はトラックに目を戻して競技開始前の緊張した選手陣を眺め渡した。



 すると、出場選手控え位置でウォーミングアップ中の羽根田さんが目に入った。彼のクラスも2年の勝ち抜け組だ。さっきの学年対抗リレーではぶっちぎりの走りを見せていたが、さすがに今度は彼を応援する事はできない。我がクラスの勝利のために泣いてもらおう、と思っていたら何故かその人物とバッチリ目が合ってしまった。



「おーい」



 羽根田さんが満面の笑顔でこちらに手を振る。周囲の視線が自分に集まるのを感じ、私は思わず俯いた。しかし羽根田さんの声はますますボリュームアップする。



「おーいったら、おーい」



 ガキかお前はと思ったが、そのまま無視し続けるのも申し訳なく、渋々と私は顔を上げた。するといつの間にかすぐ近くまで来ていた羽根田さんは親指をぐいっと立て、なんと敵チームの応援席の前で勝利宣言をぶちかました。



「俺も射手矢も第一走者!でも絶対、俺の方が速い!」



 私は焦った。何しろその射手矢の彼女が隣にいるのだ。しかも言うだけ言って羽根田さんは控え位置に戻ってしまった。こうなると私は殆ど追い詰められたウサギの気分だ。多分あゆみは立腹しているに違いない。恐る恐る隣を伺ってみると、予想に反して何故かギラギラした興味を満面に張り付かせている。



「ねえねえ千夏子、羽根田先輩と知り合いなの」


「まあ…知り合いっちゃ、知り合いみたいなもんだけど、ていうかあゆみこそ、何で羽根田さんのこと知ってんの」


「有名だもん、あの人」



 何で有名かは聞ない方がいいような気がした。どうせ光太郎が言っていた、「手当たり次第」に近い事だろう。それより競技の終了後、あゆみに羽根田さんとの関係を根掘り葉掘り聞かれそうな事の方が気がかりだ。どさくさに紛れて逃げるべし。幸い骨は殆ど復活している。体育館裏から抜ければ昇降口までは一直線だ。



「選手入場だよ、みんな応援の用意して!」



 愛ちゃんの号令で、応援席にぴしっと緊張が走る。3学年から2クラスずつ、6組の俊足自慢がスタート地点に集まった。我がクラス第一走者の光太郎は第3コース、さきほど自信満々の勝利宣言をした羽根田さんは隣の第4コースだ。


 全員が色の違うバトンを持ち、いよいよラインにつこうかというその時、羽根田さんが光太郎の耳元で何やら囁いているのが目に入った。光太郎といえば、そんな羽根田さんを鬼のような形相で睨み付け、競技委員に早くラインに着くように注意されている。


 いったい何を話したのだろうと不思議に思っているうちに、スタートのピストルが乾いた音を放った。



「きゃーっ!射手矢くん、速いっ!!」



 小柄なあゆみは椅子の上に立って飛び跳ねている。まず飛び出したのはインコースの光太郎で、僅かに遅れて羽根田さんが続く。二人ともめちゃくちゃ速い。たちまち3位以降を大きく引き離して事実上二人のデッドヒートとなった。


 耳をつんざく喧騒の中、やがて二人の体がぴたりと並び、次走者の数メートル手前でついに羽根田さんが光太郎を抜いた。あとの事はよく覚えていない。隣であゆみがユキ先輩の名を絶叫していたが、私の視線は走り終わった走者の待機位置から動かなかった。


 ゼッケンを地面に叩きつけ仰向けに寝転がってしまった光太郎と、その横で私にピースを送っている羽根田さんと。彼らにとって今の勝負は、はたして学年対抗リレーだったのだろうか、それとも――。



 その日、あゆみの質問攻撃をかいくぐって帰宅した私は、どうしても知りたい誘惑に抗いきれず「光太郎に何を言ったんですか」と羽根田さんにメッセージを送った。その答が送られてきた画面を見て、私は怒りが腹の底から込み上げてくるのを感じた。



『今日の勝利を佐藤千夏子に捧げる、って言っただけ(笑)』



 最後の(笑)でブチ切れた。あのエセ爽やかファンキー俺様先輩は、絶対に面白がっている。私をからかい、光太郎を怒らせて楽しんでいるのだ。


 頭の中で警告ランプが激しく点滅する。あの人は危険だ、これ以上近づいてはいけないと本能が告げている。私は慌てて手の中のスマホから危険人物のデータを呼び出し、ブロック設定をONにした。





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