7◆ 新学期のはじまり
私が学校に顔を出したのは、新学期が始まって3日目の事だった。まだ授業がそれほど進んでいなかったので勉強の遅れは思ったほどではなかったが、やはりあゆみとはぎこちない。そしてもちろんそれ以上に光太郎ともぎこちない。
さらには思ったとおり、足がままならないため休み時間も席から動けない私に、待ち構えていたとばかりに女子生徒が群がり、「新カップル誕生秘話」について質問砲撃が炸裂した。
「詳しいことは聞いてないんだ」
あゆみが近くにいない時を狙って、芸能レポーターよろしくにじり寄ってくる連中に、私は大抵この答えで切り返していた。しかし中には「射手矢くん二股?」など聞いてくる不届きな輩もおり、そういう人には「アホかお前」という旨を丁寧語に置き換えてご返答差し上げた。
お陰ですっかり私はサービス精神のない女としてイメージが定着したようだが、そのうちそんな噂も別の話題に取って代わった。
「体育祭の出場種目を決めます」
教室の前に出て黒板に種目を書いているのは、私が休んでいる間に体育祭実行委員に決まった長谷川愛ちゃんだ。愛ちゃんはその乙女っぽい名からは想像もできない体育会系バリバリで、何と陸上部で砲丸投げの選手をしている。逞しい、という言葉がまさにぴったりな小麦色の彼女の腕が、腕橈骨筋をきゅっと浮き上がらせながら「クラス対抗リレー」とチョークで黒板に書きつけた。
「各クラスから男女各4名1チームで出場します。まず学年ごとに競技をし、2位までのチームが勝ち抜けとして3学年合同リレーに出場することになります」
この3学年合同リレーは体育祭のメインと言える競技で、勝ち残った男女各6チームによるデッドヒートでは、興奮した応援席で毎年怪我人が出るほどの大騒ぎになるらしい。私はうちのクラスの男子チームには光太郎が入るだろうなと確信した。光太郎は背は低いが短距離は陸上部並みに速い。独特の低いフォームでかっ飛ばす、あの韋駄天ぶりを見たらあゆみも二度惚れ間違いなしだ。
「佐藤さんは足、まだ無理っぽいよね。だったら、用具の準備とかプログラム作り頼めないかな」
リレーのチーム決めが済み、HRに入る前の休憩時間に愛ちゃんが私のところにやってきた。にっこり笑うと小麦色の肌に白い歯がきらりと輝き、爽やかな風が吹き抜けるようだ。
体育祭は来月初旬だが、私は骨折のため練習に参加できないという理由で、全ての競技を免除されていた。全体種目もあるのに申し訳ないと思っていた矢先だったので、私は彼女の頼みを望むところと引き受けた。
もとよりプログラム作りなどは得意中の得意だ。私は制作手順の説明を受けると、競技目録の詳細を体育の先生から受け取るため、帰り際に職員室に立ち寄った。
「ち・か・こ・ちゃーん」
一瞬、それが誰だかわからなかったのは髪形と、初めて見る制服姿のせいだ。私を見つけて渡り廊下から駆け寄ってきた羽根田さんは、もさもさのソフトドレッドをすっきり短めにカットしていて、ワイルド系から爽やか系に変身していた。
ただしブレザーの制服はやはりというか着崩されていて、大開放されたシャツの胸元にはシルバーのごついチェーンがぶら下がっている。
「髪型が違うんで、わかんなかったです」
「切った、もう伸びすぎてウザかったから」
「なんか、いい人みたいに見えます」
「失礼だな、こんな好青年をつかまえて」
しばらく他愛もない会話を交わしたところで、羽根田さんの背後の廊下から茶髪で細身の女生徒が現れ「圭吾」とこちらに声をかけた。高校生とは思えないほど色気がある。その視線が呼んだ名前の人物ではなく私に注がれているのを感じ、もしやこの人が羽根田さんの彼女さんではと直感した。
「おー、すぐ行く」
「じゃあ先輩また」
誤解されるとややこしいので、素っ気無く挨拶をして立ち去ろうとした私に
「千夏子ちゃん、体育祭なんか出る?」
羽根田さんが追い討ちで声をかけたので、慣れない松葉杖が傾いでバランスを崩しそうになったが、私は何とか踏ん張って声の主を振り返った。
「この足だから無理です」
「俺、リレー出る。応援よろしくっ」
それだけ言うと、羽根田さんはくるりと回れ右して彼女さんの方へ行ってしまった。リレーに出るという事は、彼も足が速いのだろう。バスケの試合での俊敏な動きが思い出され、光太郎とどっちが速いだろうかなどとぼんやり考えつつ、私は松葉杖を引きずって職員室に向かった。