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おくぶたえ  作者: 水上栞
第二章
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4◆ 真夜中のメッセージ



 光太郎はその後も病室へは戻って来ず、あゆみは面会終了と同時に「射手矢くん探してそのまま帰る」と出て行った。


 それから数時間後、消灯後の病室で私はかつて経験したことのない孤独と闘っていた。同室のお婆ちゃんはとっくの昔に寝てしまい、病室は非常灯だけがついた一面の薄闇だ。頓服の切れた足の先からはこれでもかと痛みが這い登り、精神的な落ち込みをさらに後押しする。



 さっきから頭の中を埋めているのは同じ映像だ。私にキスした光太郎が、無表情のまま今度はあゆみにキスをする。それが何度も繰り返されるたび、光太郎の唇の感触が生々しく蘇り、わっと叫んで悶えたくなった。


 あんまり辛いのでどうにか眠ってしまおうと頑張ったが、脳が興奮状態にあるのか、なかなか寝付けない。その時、サイドテーブルで充電していたスマホが振動した。



『明日また試合あるから見に来れば?ウチの体育館で13時開始』



 羽根田さんからだった。


 薄闇の病室に浮かぶ小さな明かりは、いきおい私を励ましてくれた。試合を見に行ったらどんなにか心が晴れるだろう。弾けるようにシュートを打つ、あの羽根田さんの姿を見れば、鬱々とした気分が一掃されそうな気がする。


 こんな時に限って残念だと思いつつ、怪我をしたので行けない事を書いてお断りを送信した。すると十秒くらいで返信がきた。絶対に即レスが来ると、なぜか確信があった。



『怪我って何!どこをどうしたの』


『バイクと喧嘩して骨をやっちゃいました』


『折ったの?痛いだろ、俺も腕の骨折ったことある。めっちゃ痛かった』



 先日よりも数段テンションが高い。それが何だかおかしくて私が思わず「笑」スタンプを送ると、『何で笑うのよー』とおネエ言葉とともに変顔写真が送られてきたので、笑い声を抑えるのに苦労した。



 羽根田さんはしばらくその調子で私をからかった挙句、『なんか安心した』と送ってよこした。



『まあ、笑えるんなら元気そうじゃん』


『ははは、お腹はしっかり空くから大丈夫です』


『また泣いてたりしてと思ったけど』



 私の動揺を、画面の向うの人物は見抜いたのかもしれない。さっきまでのテンションから、急に先輩モードに話を切り替えた。



『今日はもう寝な。寝ないと骨がくっつかねえぞ』


『それは困ります、せっかく手術したのに』


『だったら早く寝な、っていうか俺が邪魔しといて何だけど』



 そこで私たちはお休みの挨拶を交わすと、やり取りを終了した。たったそれだけのことだったのだが、驚いた事に私はすんなり眠りに落ちた。


 そのせいか翌朝、看護士さんに起こされて体温を測った時には、すでに激しい足の痺れも和らいでいた。一人で考えていた時はあんなに張り詰めていたのに、誰かに逃げ込むと人間は楽になれるのだなと感じる。



 入院2日目は午前中、診察の後で痛み止めを飲んだせいか、昼食を終えたあたりから昼寝をしてしまった。その眠りから醒めたのは動物的勘というべきか、我が身の側にある何かの気配に気付いたからだ。目を開けるとベッドサイドで11番のユニフォームにジャージを羽織った羽根田さんが、パイプ椅子に静かに座ってこちらを見ていた。



「なっ!」



 思わず跳ね起きようとした瞬間、足に激痛が走り顔が引き攣る。羽根田さんは慌てて「ごめんごめん」と私をベッドに戻そうとする。その格好がまるで押し倒されているみたいで、僅か2秒ほどの接触ではあったが、肩に置かれた手に思い切り意識が集中してしまった。



「ごめん、起こすのも何だし、せっかく来たのに帰るのも何だしで」


「いえ、起こしてもらって大丈夫でした」


「今、試合が終わったから寄ってみた」



 うろたえるな、当たり障りのないことを言えと、脳内の私が叫んでいる。



「勝ったんですか?」


「負けたー、勝利の女神が入院中だから」



 片八重歯全開で羽根田さんが笑顔を見せる。ただのジョークとわかっていても、彼が言うと何だか含みがありそうに聞こえるのは何故だ。寝顔を見られた恥ずかしさも加わり、私は目を合わせる事ができなかった。その時、羽根田さんの座っている椅子の背後で、睡眠中に閉じておいたカーテンが揺れた。



「あ」



 そこには羽根田さんと同じだが番号のついていないユニフォームを着た光太郎が、パン屋の袋を下げて突っ立っていた。顔は相変わらず無表情に近いが、完全に固まっているのが気配でわかる。こういう時どういうリアクションが正しいのか。取りあえず私たちは3人まとめてフリーズした。





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