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おくぶたえ  作者: 水上栞
第二章
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2◆ 意味深なメッセージ



「羽根田さんこそ、私とこんなところで話なんかしてていいんですか。見つかったら彼女さんに怒られちゃうかもですよ」



言った後で「しまった」と思った。照れ隠しとカマかけが同時に発動した事に、自分がいちばん戸惑っている。これでは相手がフリーかどうか探っていると思われても仕方がない。誤解されたらどうしようと緊張しながら返事を待っていた私の隣で、しかし羽根田さんはしれっと例のファニーフェイスを見せた。



「大丈夫、そんなことで怒んない人だから」



その返答に安堵するとともに、彼女がいるとわかって脱力するのが自分でわかった。今日の私は変だ。彼はたまたま駅ビルで遭遇した学校の先輩で、彼女持ちだろうが何だろうが私には関係ないはずなのに。



「それに俺、暇になっちゃったし」


「何でですか」


「塾の夏期講習、今から行っても間に合わないから今日は暇」


「やだ、もしかして私のせいで」


「いーや、俺がサボりたかっただけ。勉強きらいだし。泣いてる女の子慰めてたって言えば、母ちゃんにも怒られないでしょ」



ハハハと笑った口元に八重歯が光る。この人と付き合う彼女さんはさぞ楽しかろうと素直に羨ましかった。さっきまで恋愛なんて面倒だと思っていたくせに、もう憧れが芽生えているなんて、私はなんと変わり身の早い女なのだろう。



「でも、もう大丈夫ですから。ありがとうございました。あのまま歩き回ってたら大恥かいてましたよ」



私はそろそろ話を切り上げようと、立ち上がりバッグを肩にかけると軽くお辞儀をした。居心地が良すぎて際限なく長話をしてしまいそうな気がしたが、さすがに彼女持ちの先輩相手にそれはまずい。学校から近い駅ビルなんて、誰が見ているかわからない。


それでなくても新学期、光太郎とあゆみのカップル誕生話であちこちから探りを入れられるはずだ。そのうえ先輩との浮気疑惑など浮上した暁には、私の身辺は無茶苦茶になってしまうに違いない。



「ま、どっちにしても知らないうちに泣いちゃうってことは、それだけ何か溜まってるんだね」



羽根田さんも立ち上がり、自分のカップを潰してゴミ箱に放り投げた。きれいな放物線を描いてゴミ箱に吸い込まれるそれを見て、この間の試合のシュートを思い出した。コートに出たのは短い時間だったが、ゼッケン11番はバスケ素人の私の目にも非常に印象的なプレイヤーだった。



「また泣きそうになったらいつでも言ってよ。俺のアカウント、これ」


そう言われて差し出された手には、黒いカバーのスマホが乗っていた。彼女のいる人とメッセージを交換して大丈夫だろうかと一瞬だけ躊躇したが、QRコードを出してニコニコしている羽根田さんを見ると断りづらく、言われるままに友達登録を済ませた。まあどうせ連絡なんて来ないだろう。



「ありがとうございました」



私がもう一度お辞儀をするのと同時に、メッセージの着信音が響いた。羽根田さんから、マッチョなうさぎがポーズを決めているスタンプだ。思わず笑ってしまう。



「千夏子ちゃんかあ、いいねえ、可愛い名前だね」



そんな軽口をたたきながら、スマホをジーンズのポケットにしまう。その手の小指にシルバーのゴツいリングが嵌っているのを見て、パッと見はシンプルなファッションだけどお洒落な人だなと思った。



「かっこいい指輪ですね」


「もらいもんだけどね」


「彼女さんからですか」


「そう」


「ラブラブなんだ、いいですね」



羽根田さんと別れてエスカレーターへと向かう。ビルを出て改札を抜けようとしたその時、バッグの中で私のスマホが再び着信を知らせた。



『元気出してね』



羽根田さんから、こんどはスタンプではなく文字だけ。何の意味もなさそうで、もしかしたら意味のありそうなその文面に、返信すべきかさんざん迷った挙句、結局私は既読無視のまま電車に乗ってしまった。きっと私の今日の占いは「君子危うきに近寄らず」だ。



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