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おくぶたえ  作者: 水上栞
第二章
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1◆ ファニーフェイスとパンダ娘



 11番さんの名前は羽根田圭吾というそうだ。羽根田さんは2年生で、あの試合の日たまたま光太郎としゃべっている私を見かけて覚えていたらしい。だから傘の色を知っていたのだ。すごい記憶力だなと私は感心した。



「光栄だわ、俺を覚えててくれて」



 そう言われてまさか「初恋の人に似てたから」などと言えるはずもなく、私は「こちらこそ光栄です」と曖昧に笑ってごまかした。だいたい、近くで見ると羽根田さんは秋山くんには全く似ていない。秋山くんはどちらかというと柔和なイメージだったが、羽根田さんはワイルド系だ。


 至近距離で見るもっさり頭の正体は伸びかけのソフトドレッドで、それをワックスで無造作に作りこんである。細面ながら骨格がしっかりしていて目が鋭い、黙っていれば強面とも感じられるその顔立ちは、笑った途端に崩壊して右だけ八重歯のある愛嬌たっぷりのファニーフェイスになる。この人は男女ともに友達が多いだろうなあと思わせる、そんな人懐こい笑顔だった。



 ところで私たちは今、駅ビルの階段ホールにあるベンチに座ってペーパーカップのアイスティーを飲んでいる。何故かと言えば引っ張ってこられたのだ、羽根田さんに。私も逆らわなかった。早く人気のない所に行くべき理由があったからだ。



 知っている人だと確認したものの、何で呼び止められたのかわからない私は、最初かなり警戒モードだった。そこで何の御用か率直に訊ねたところ、 11番さん改め羽根田さんは私を手近なショップの鏡の前に連れて行き、「顔見てみ」とのたまった。


 覗き込んで納得。私は泣きそうどころか、すでに泣いていたのだ。安物のマスカラのせいで目の下がパンダになっている。私は呆然とした。そんな私を羽根田さんが、ベンチまで連行して来たという流れだ。



「ちっとは落ち着いた?」



 ハスキーとまではいかないが、若干掠れて色気のある声だなと思った。そんな事を考えられる私はけっこう余裕があるのだろうか。泣いていた実感もないし、取り乱していたつもりもない。ただぼうっと歩き回っていただけだ。緑色のピアスを買おうと思いながら。



「別に何も考えずに歩いてただけなんですが、知らないうちに泣いてました。気持悪い奴ですね、私」


「誰かとケンカでもしたの」



 微妙なラインです、と漏れそうになった声を抑えて、再び私は曖昧に微笑んだ。目元を拭ったティッシュは薄汚れ、手の中でぐしゃぐしゃになっている。きっと顔もひどいだろう。


 羽根田さんは答えない私に苛立つ風でもなく、紙コップのアイスコーヒーを静かに飲んでいる。



「射手矢と何かあったとか」



 こめかみが引きつるピキピキという音が聞こえそうなくらい、どツボを突かれて動揺したが、それを気取られないようビッグなスマイルを顔に貼り付けた。涙の理由について思い当たる節は確かにあるが、ほぼ初対面の人に語るような内容ではない。私はそのスーパースマイルのまま、取りあえず羽根田さんの誤解を解いておくことにした。



「何もないですよ、っていうか先に言っときますけど、私たちただの近所の幼馴染です。付き合ってませんから」


「そうなの」


「よく誤解されるんですけどね、そうなんです」



 羽根田さんは人懐こい笑顔で「そっか」と言って、空になった私の紙コップをゴミ箱に捨ててくれた。もともと親切な性分なのだろう、アイスティーも羽根田さんがおごってくれたものだし。きっと駅ビルのアクセサリーショップで後輩が泣いているのを目撃し、放っておけなくなったのだ。悪いことをしたなと申し訳なくなった。



「彼女さんかと思ってた、ごめんね」


「あ、気にしないでください。ちなみにあいつ、ちゃんと付き合ってる彼女いますから」


「え、射手矢って彼女いんの」


「いますよ、出来立てホヤホヤですけどね」



 私がそう言うと、羽根田さんは不思議そうな顔をして私を凝視した。さっきの笑顔はひょうきんだったのに、こうして真顔になられるとやはり強面だ。ちょっと吊り気味の目は、右が二重で左が一重。その一重のほうの眉毛の下側に、かなり大きな切傷の跡がある。腕白坊主だった証であろうその傷が、直線的な眉毛と一緒にぴくりと動いた。眉毛の持ち主が顔をしかめたのだ。



「かなり意外なんだけど、それ」



 羽根田さんが体ごとこっちに向き直った。ベンチに片手をついた拍子にTシャツから出た腕の筋肉がきゅっと盛り上がった。たしか上腕二等筋というやつだ。私よりたった一歳上なだけなのに、彼の体からは光太郎や弟とは違う大人の匂いが発散されていて、並んで座っていると落ち着かない気分になる。



「射手矢の態度を見てた感じでは、あいつ、佐藤さんのこと相当本気だったと思うんだよね」



 また来たか、とうんざりした。血も止まっていない傷口を、次から次に抉られるような感覚だ。私は強引に話を終わらせようと、ややキツめの口調で言い切った。



「何度も言いますけど、私たち本当にそんなんじゃないです。それに光太郎の彼女、私の友達ですっごい可愛い子なんです!」



 ややキレ気味な私の態度に、羽根田さんは少しびっくりしたようで、ごめんと苦笑して頭をかいた。


 この人に怒っても仕方がないのに。それでなくても泣きながら歩き回っていたキモい女だ。感情まるだしの自分がいやになり、何か別の話題を探そうとして、それが裏目に出た。





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