表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おくぶたえ  作者: 水上栞
第一章
18/118

18◆ デリカシーのない男



 夏休みもあと数日で終わろうかという昼下がり、私はあゆみから乗換駅の構内にあるファーストフード店に呼び出された。理由は薄々わかる。昨日の彼女の不機嫌そうなオーラから、これは何か言われるなと直感した。


 しかし誓って言うが、私にただ普通

 に生活しているだけで、何の落ち度もないはずなのだ。しかしあゆみにはそれがお気に召さないらしい。一体どうせぇっちゅうねん、と思いつつ私はジンジャーエールの粒氷をぐるぐるとストローでかき回した。



「私の気持も考えて欲しいんだよね」



 あゆみが私に訴えているのは、常識的にふるまえという事らしい。どうしてそういう流れになったかというと、毎週水曜に発売される漫画雑誌が原因だ。いつも光太郎が買ってくるその本を読ませてもらおうと、私が射手矢家に上がりこんで由佳里ちゃんと一緒にリビングでくつろいでいる所に、光太郎があゆみを連れて帰ってきてしまったのだ。


 初めてお邪魔する彼氏の家に、ドキドキしながら足を踏み入れれば私がソファに寝転がっていて、それが彼女には非常に不愉快極まる光景だったらしい。



「いくら幼馴染って言っても、今は私の彼氏なんだから、そういうの遠慮するのが普通だと思うんだよね」


「でも、今までそうやって生活してきたわけだし」


「だったら射手矢くんが結婚しても同じ事する?」



 結婚してもあの家に住むならしそうな気がする、と思ったが口には出さなかった。そんな事を言えばまた無神経だの何だの、責められるのはわかっている。ここはひとつ、歩み寄るのが得策だろう。私はあゆみの許容範囲に納まるよう、こちらから条件を提示してみる事にした。



「だったらソファに寝るのはやめるよ」


「そうじゃなくて、家に上がりこむのが問題だって言ってんの」


「だって親戚みたいなものなんだよ、家族同士。用事があるときとか、姉さんたちに呼ばれた時はどうすんの」


「行かなきゃいいじゃない、断んなよ」


「ちょっとそれ、あんまりでしょう」



 私は正直、あゆみの言葉にカチンときた。いくら光太郎が自分の彼氏になったからといって、私の近所付き合いにまで口を出されるのは心外だ。ただでも彼女のお陰で光太郎とは溝が出来てしまったというのに、そのうえ射手矢家の面々とも交際を絶てなど、駄々をこねるにも程がある。



「光太郎と仲良くすんな、っていうならそうしてあげるよ。でも、家と家の付き合いはあゆみに関係ない事でしょ。私は10年以上、あの家の人たちと仲良くしてきたんだからさ」


「それが嫌なの」


「は?」


「私より、千夏子の方が射手矢くんに近い立場なのが嫌だ」



 理屈だの常識だのはあゆみに関係ないらしい。付き合い初めて2週間ほどの人間と、幼稚園前から一緒に育った人間と、どちらが親密であるかなど考えなくてもわかりそうなものだ。しかもそれは塗り替えられない歴史であり、嫌だと言われても私にはどうする事もできない。



「そんなの、私に言われても」


「だって射手矢くんの部屋に入ったら千夏子の写真とか飾ってあるし、お母さんやお姉ちゃんは千夏子の話ばっかしするし。私、射手矢くんの彼女だもん、私が一番じゃなきゃ嫌なんだよ!」



 ちょっと待て。あゆみの理論が崩壊しているのはさておき、私の写真が光太郎の部屋にあるのは知らなかった。中学の半ば頃から奴の部屋には一切入った事がない。部活の道具が臭いのと、男子の諸事情に遭遇する危険を回避する為だったのだが、何で私の写真が。


 どんな写真がどんな目的で飾ってあったのかは知らないが、彼女が来るなら片付けとけよ、というより人に無断で飾るなそんなもん。そりゃあ自分以外の女の写真が部屋にあったら、あゆみでなくとも不愉快だ。私のソファーごろごろは、その苛立ちに拍車をかけたのだろう。



「やきもちなんて格好悪いと思うよ。でも無理、我慢できない」



 さっき興奮気味にまくし立てたのが恥ずかしかったのか、あゆみがしゅんとした様子でコーラをすする。彼女の言い分を聞いて、先ほどの傲慢ともとれる駄々の理由がわかった。それは全く正常な反応だと思う。


 ただでさえ光太郎にとって私は長い片思いの相手だったわけで、その感情が整理できているのかも怪しいものだ。そんな相手の気配が彼氏を取り巻いているなんて、彼女にとってこれ以上の屈辱はない。悪いのは光太郎だ。女心というものを全く理解していない。それ以前に人間としても思いやりに欠けていると思う。



「私も努力はするけどさ、それより光太郎ときちんと話した方がいいよ。あいつ、ハッキリ言ってやんないとわかんないんじゃないかな」


「言ったよ」


「そしたら?」


「千夏子の事に関しては色々言われたくないって。あいつとは物心ついた頃からの縁だし、それが嫌なら付き合えないって」



 それを聞いて光太郎を蹴倒してやりたくなった。全く失礼にも程がある。私は言ったはずだ、夏休み登校日のあの教室で。あゆみを泣かせたら許さないと。


 確かに光太郎と私は10年以上の長い縁だが、例えそうであっても彼氏や彼女にそんな突き放した言い方はしないだろう。誤解を招くし相手のプライドを傷つけてしまう。見損なった。光太郎は無愛想だが、人の心を踏みにじるような真似だけはしない人間だと思っていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓「勝手にランキング」に参加しています。押していただくと励みになります!
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] あゆみ……てっきり身を削って当て馬役を演じているのかと思えば…… そういうタイプだったのね……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ