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おくぶたえ  作者: 水上栞
第一章
17/118

17◆ ひとりぼっちのバースデー



 その夜、残り物のケーキをつまみながら、私はひとり自室で誕生日記念のスケッチを描きあげた。モチーフは去年の誕生日に光太郎がくれたアクリルの小物入れで、私が好きなグリーン地に白でマーブル模様が散らされている。私は半球型のその小物入れに、まだ数の少ないピアスを発泡スチロールの玉に刺して入れていた。



 小学生の頃から、約束するでもなく続けてきた光太郎と私の誕生プレゼント交換も、さすがに今年は打ち止めだろう。ちょっと寂しいその隙間を埋め合わせるべく、来週お小遣いをもらったら、自分に自分で誕生プレゼントを買ってあげようと心に決めた。


 涼しげな小さなピアスにしよう。色はこの小物入れに似合うグリーンがいい。そして来年こそは特別な誰かに、うんとロマンチックに17歳の誕生日を祝ってもらうのだ。そう念じながら私はスケッチブックを閉じ、記念すべき16歳第1日目の夜を締めくくった。



 翌朝、私は母のお使いでスーパーの特売に並ばされ、お一人様2パック限りのトイレットペーパーをゲット。その他にも卵だの醤油だの、情け知らずな量の頼まれ物を両手にぶら下げ、坂の多い小牧台のメインストリートを我が家へ向かって歩いていた。


 今日は曇りなので陽射しは多少緩いが、8月下旬の気温と湿度はやはり半端ではない。とうとう家まであと少しという所で、私は荷物を下ろして日陰に立ち止まってしまった。



「この根性なしめ」



 背後からよく知っている声が聞こえて、同時に足元の荷物が持ち上げられた。それはほんの少し前までなら「おう、ご苦労」と、素直に好意に甘えられた相手だったのだが、衝動的に私はその荷物を奪い返そうとしていた。



「いいって」


「なに遠慮してんの」


「いいから、私、自分で持つから!」



 言い終わった後で、声を荒げすぎたかもと思った。そっと様子を伺うと、思った通り光太郎は叱られた犬のような顔をしていた。



「いや、別にそんな重かったわけじゃな――」


「すっげえ嫌われようだな」


「そんなんじゃないって」



 私の言葉をどう受け取ったのか謎だが、光太郎は荷物を持ったままさっさと家のほうに歩き出す。仕方なく私はペーパーを1パックだけ持ち、光太郎の後ろから数歩はなれて従った。


 今日の光太郎は洗いざらして色が抜け落ちた紺色のTシャツにカーキ色のイージーパンツを履いている。休みのこの時間なら、きっとコンビニで立ち読みしていたのだろう。夏になると必ずこいつはコンビニに涼みに行くのだ。射手矢家のエアコン設定温度が28度だからという理由だけで。



「射手矢くん」



 光太郎の家は、休憩していた日陰から私の家に行く途中にあたる。その玄関前にさしかかったところで、あゆみが立っているのを見つけて、思わず私は全身が緊張するのを感じた。何だか、見られてはいけないものを見られたような気になった。近所の人には例えそれが毎度お馴染みのツーショットだとしても。



「荷物、こいつの家まで運ぶから待ってて」



 光太郎は驚いた様子もない。たぶんあゆみが家に来る約束をしていたのだろう。時刻はおよそ10時半。光太郎は約束に間に合うようにコンビニから出てきて、途中で私がへたっている所に遭遇したらしい。しかしそういう事情を知らずに私たちを見たあゆみには、一緒にスーパーに買い物に行ったとしか思えないはずだ。直ちに弁解せよと私の脳が緊急指令を発している。



「偶然そこで会ってさぁ」


「私も行く」


「え」


「私も一緒に行ってあげるよ」



 あゆみはそう言うと光太郎の手からスーパーの袋を取り上げ、その空いた手に自分の指を絡ませて握った。街でよく見るカップルつなぎと言うやつだ。



「行こ」



 にっこり光太郎に笑いかけるその顔は、いつもより可愛いさ3割増しである。小柄な光太郎の隣にぴったり寄り添うあゆみは、さらに小さい150センチ台半ばだ。大好きなミュールでなくバレエシューズを履いているのは、背丈コンプレックスの彼氏に対する思いやりなのかもしれない。


 そんな二人を後ろから眺めながら、けっこうお似合いじゃんと思うと同時に、何故かムカムカしてくるのはどういうわけだろう。



 荷物を我が家の玄関前に置いた二人は、そのまま回れ右をして帰っていった。今度はカップルつなぎはしていない、というより光太郎が早足で行ってしまったので、あゆみは小走りで追いかけなくてはいけなかったのだ。


 ここへ来るまでも奴はずっと黙ったままで、あゆみが話しかけてもつれないことこの上なかった。あんな風でちゃんと交際が成り立つんだろうかと余計な心配をしながら郵便ポストを覗くと、封筒らしきものが入っているのが見えた。



「あっ」



 封書くらいの小さな紙袋は少しシワが寄っていて、表書きの「チカへ」という文字に見覚えがあった。たった今、不機嫌な顔でここまで荷物を運んで来た男の筆跡だ。


 急いで買った物をキッチンに運んで、二階の自室に入ると紙袋の封を開ける。中からは半透明のグリーンのビーズでできた、キーホルダーが滑り出てきた。今年からプレゼントはないものと思い込んでいたのに。


 しばらく逡巡した挙句、私はそのキーホルダーを通学バッグの内ポケットに装着し、パスケースのストラップをくぐらせた。そのキラキラした緑色が、潔く断ち切ろうと思っていた光太郎との関係は、結局のところ形を変えて継続する事になりそうだと私に語りかけている。


 さっきのカップルつなぎが頭に浮かび、これの出所をあゆみに知られないようにせねばと思った。何も悪いことをしていないのに、何だか責められている様で納得がいかないが、世の中うまく立ち回るには要領も必要だ。私はもう傷つきたくない。まったり穏やかな高校生活を満喫したい、それだけなのだ。


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