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おくぶたえ  作者: 水上栞
第一章
13/118

13◆ 幼なじみ時代の終焉



「んぐっ!」



 一瞬の隙を衝いて再び光太郎が覆いかぶさってくる。腕と背中が軋んで音をたてそうに痛い。


 幼馴染の中性的な男の子なんて私が創り上げた幻影だったのだ。現にこうしてあからさまな欲求を私に押し付けている光太郎は、雄以外の何ものでもない。そして彼に蹂躙され為す術もなく震えている私は、力で抵抗できない雌なのだ。


 もちろん私だって近い将来キスくらい経験するだろうと期待していた。しかしそれは光太郎とではないはずで、ましてや力で圧せられるなど。理不尽な暴挙に、怒りの火種が燻り出したのをハッキリと感じた。



 どれくらいそうしていただろう。実際には数秒かもしれないが、首の筋肉の疲労が激しく、押さえられている顔を背ける事もできない。


 その時、光太郎がどうにか私の唇をこじ開けようと画策しはじめた。もちろん私は歯を喰いしばって舌の進入を防いだが、歯茎を這い回るゾッとするような感触に憤りが沸点に達した。


 この馬鹿は私がこれほど抵抗しているのがわからないのだろうか。そもそも何で私だ。あゆみと付き合うと言った以上は、性欲の対象は彼女であるべきじゃないのか。私の頭はぐちゃぐちゃで、恐怖を凌駕した怒りが涙腺と咽喉から噴出した。



「じょー…」


「チカ?」


「冗談じゃないわよ、バカっ!」



 私の大声に一瞬光太郎がひるんだ。私は残りの全体力を使って目の前の体を押しのけ、死に物狂いで教室の入り口に近い席に辿り着くと、机を盾にするような格好で光太郎に向き直った。その途中、いくつか椅子を蹴倒したらしく右足首が激しく痛む。あふれた涙があごに伝わり、制服のスカートにぽたぽたと垂れた。



「何でこんなことすんのよっ!バカ!アホ!」



 もっと理路整然と敵の非を糾弾したいと思いつつ、パニックになっているため言葉にならない。光太郎を押しのけた瞬間は走って逃げようかとも思ったが、理由が聞きたい誘惑に負けた。そう、謝罪ではなく理由だ。いまさら謝られても私のファーストキスは戻ってこない。ならば私が納得する理由を述べよ。いや、述べられても絶対に納得なんかしてやらないけれど。私は机の背後から光太郎を睨みつけた。



「何で、って…したかったから」


「アホッ!」



 小学生の子供じゃあるまいし、そんな理由があるものか。だったら私は衝動の被害者ではないか。お前がやったことは犯罪だ。それにあゆみの立場はどうなるのか。彼氏が自分の友だちにキスしたなんて、私だったら絶対に許せない。



「あんた、あゆみと付き合うって言ったばっかじゃない。それなのに、彼女の友だちにこんなことして!サイテーだよ!」


「……誰でもいいし」


「え」


「お前と付き合えないなら、別に誰と付き合っても同じだし」



 意味がわからず固まる私を見て、光太郎ががっくりと溜め息をついた。



「お前、マジで気がついてなかったわけ」


「何を」


「俺ずっとお前のこと好きだったの、わかんなかったのかよ」



 今度は意味がわかった。鈍器で殴られる系の衝撃とでも言おうか。じわりときて、だんだんとそれが激しい動悸を呼び起こす。


 しかしそれを現実とすり合わせる事ができない。脳のどこかが光太郎と色恋の連結を拒絶しているのだ。その時、あゆみが学食で言った言葉が耳の奥に蘇ってきた。



 ――射手矢くん、千夏子のこと好きなんだと思うよ



 もし光太郎が言った事が本当なのだとしたら、私があゆみとの橋渡しをした事は彼にとってひどいショックだっただろう。しかし、だからと言っていきなりキスしていい理由にはならない。



「あゆみの事はどうすんのよ」



 思考がまとまらないなりに、話を元に戻した。取りあえず私たちの事は後回しにするとして私は今日、ここに友人の恋を成就させるべくやって来たのだ。予期せぬハプニングのせいで飛んでしまっていたが、こうしている間にもあゆみは私からの報告を待ち続けているだろう。そんな彼女にいったい、何と言えばいいのか。



「付き合うよ。お前も約束守ったんだし」


「あんた、いいのそれで」


「よくないって言ったら、お前が俺と付き合ってくれんの」



 ぐっと言葉に詰まった私をよそ目に、光太郎がバッグを持って立ち上がる。さっきまでは何の屈託もなく笑い会えたその存在が、急に遠くへ行ってしまったような気がして、初めて体験する種類の喪失感に襲われた。



「そいつに俺の連絡先、教えといて」



 戸口から出て行く白シャツの後姿に、私は最後の気力を振り絞って叫んだ。



「あゆみを泣かせたら許さないからね!」



 光太郎の気配が消えた教室で、私はボロボロ泣きながらあゆみにメッセージを送った。



『OKもらいました。連絡してあげて』



 その文面だけ読めば、きっと彼女は私が首尾よくやったと思うだろう。返信を見たらまた泣きそうだったので、そのまま電源を切って家路に着いた。


 今日のは事故だ、ノーカウントだと自分に言い聞かせながら、私はうだる炎天下を半べそで歩いた。








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