11◆ 不機嫌きわまる美少年
ガタン、と音がして物思いに耽っていた私の思考は中断された。
辺りを見渡せばとっくに教室からは生徒の姿が引けていて、私から3つくらい離れた椅子に逆向きに座り、こっちを見ている光太郎と2人だけだった。今から部活に行くのだろう、足元に大きな紺色のバッグが置かれている。
「何なの、話って」
こいつの声はこんなに低かったかなと思いつつ、用意してきたシナリオを辿る。あゆみには「今日言うから」と伝えておいた。帰宅部の彼女は今ごろ、どこかで私からの連絡を心待ちにしているはずだ。
「あのさ、あゆみの事なんだけどさ」
「誰、それ」
私はそこで固まった。同じクラスだし私と仲がいいのは知ってるはずだから、当然わかると思っていたのに、いきなり予想外の展開が来た。仕方がないので、あゆみの苗字から説明することにした。
「ほら、山城あゆみ。いつも私と一緒にいる可愛い子だよ」
「知らね。このクラスの女子、名前と顔まだ一致しないから」
私は頭をかかえたくなった。名前と顔が一致しない女子から好きだと言われても、答えようがないではないか。だから告白なんてものは本人がするべきなのだ。しかしここで言っても始まらないし、何とかあゆみの存在をアピールしなければと、私はシナリオを書き直して別方向から攻めてみることにした。
「じゃあ、とりあえず友達になってあげてよ。夏休みどっか遊びに行くとかさ。すっごくいい子だよ、可愛いし」
「何で俺がそいつと遊ばなきゃいけないわけ」
伸ばしっぱなしの前髪の隙間から、不機嫌そうに光太郎が目を細める。ここは正直に言うしかあるまい。どうせ嘘をついても、いずれコイツにはバレるのだ。
「あゆみ、光太郎と付き合いたいらしいんだよね」
それを聞いた途端、光太郎のこめかみがピクッと動いて、たちまち表情がなくなった。アンドロイドみたいな冷たさに、思わず背筋がぞくりと凍える。
「何だよ、それ」
「だから、光太郎と付き合いたいって」
「何でお前がそれを俺に言うわけ」
「まあ、頼まれたっていうか」
「ふざけんな!」
光太郎は仏頂面ではあるが、あまり気の短い男ではない。その光太郎が声を荒げるくらいなのだから、よっぽど不愉快だったのだろう。
無理もない。やはり普通に考えれば本人が来ないのは失礼な事だし、幼馴染のよしみを利用された事にも腹が立つだろう。どうやらあゆみは失恋決定だ。長い沈黙がだらだらと続く間、結果報告であゆみに泣かれてしまう図を想像して気が重かったが、しばらくして光太郎が発した声に私は耳を疑った。
「付き合ってもいいよ」
言葉の意味がどういう事かわからず、しばらく頭の中で反芻が必要だった。要するに、光太郎はあゆみの告白を受けるという事なのか。そしたら、何でさっき怒ったんだよと思うが、また怒らせてはいけないので、そっと確認してみる。
「あゆみと?本当に?」
「付き合って欲しいんだろ」
「でも光太郎、あゆみの事知らないって」
「その知らない奴と夏休みに遊んでみろ、つったのお前だろ」
わからん。こいつの考えている事がわからん。確かにOK の返事をもらえれば、あゆみは大喜びだろうし私の肩の荷も下りる。しかし、光太郎が知らない女とホイホイ付き合うような奴ではない事を、私は長年の付き合いで知っている。
むしろ彼の判断基準は厳しすぎるくらいで、現に今までだって何人もお断りの返事を出してきたのだ。その光太郎がなぜ知らない女子と付き合う気になったのか。確かに一緒に遊べとすすめたのは私だけれど。
「そのかわり条件がある」
ぐるぐる目が回りそうな私に向かって、光太郎が指を突きつけた。その条件の中身が何であるのかわかっていたら、私は友人の幸せを犠牲にしてでも教室から走って逃げたに違いない。
しかし私はあまりに無防備すぎた。それはすなわち、光太郎をまったく異性として意識していなかったという証拠でもあるのだが。




