[ 鷲 / 泡 / 額 ]
彼と過ごし始めて、数ヶ月が経った。
最初に、鷲を使って、父に手紙を送った。
もう帰らないこと、『地図』の作り手に会えたこと、彼と一緒に暮らすこと。
ありったけのことを書いて、父様への最後のラブレターとした。
父からの返事は
「今まですまなかった、アリスティード。幸せにな」
それだけだった。
でも、父様の気持ちは、十二分に伝わってきて、僕にはそれが嬉しかった。
「アリス、泡立てすぎ」
青年は結構口うるさく、僕の料理に口出ししてくる。
今も、生クリームを泡立てていたら、彼がすっ飛んできて頭を抱え始めた。
そりゃあ、大昔はさぞかし飽食の時代だったんだろうが、今はおなかいっぱい食べられればそれで豊かな暮らしなんだぞ。文句を言うな。
「だからこそ、食材は大切にしろと言ってるんだよ。なんだこれ。ツノが立つってレベルじゃないでしょ」
「ウェディングケーキは日持ちする方がいいだろう」
「生クリームはいくら泡立てても日持ちしないよ」
「うそ」
本当に箱入りだなぁ……。
彼はそう言って、僕から生クリームを奪い取った。
「ああー。これ、どうしよう……」
「そんなの知らない。お前がなんとかすればいいんだ」
「そんなご無体な……」
青年は泣きそうだ。
いい年して泣くなよ。何歳生きているんだ。
「第一、お前と結婚してやるって言ってるのに、お前は贅沢だ」
「なにが?」
「自分の名前すら、僕に話そうとしない」
僕がそう言うと、彼は目を見開いた。
「え、自己紹介してなかったっけ」
「されていない。お前の名前を、僕は未だに知らないんだぞ。恥を知れ」
「君が、私のことを『おい』とか『お前』でしか呼ばないのってそういう理由だったの」
「ほかにどういう理由だと思ったんだ」
怒った僕を抱き寄せて、彼は、僕の額にキスをした。
「私の名前はクロヴィエ」
「クロヴィエ」
僕は確かめるように、このうっかり者の名を口にする。
「クロヴィエ」
「うん、なぁに」
「愛してるぞ、クロヴィエ」
クロヴィエは優しく微笑み、ゆっくりと唇を寄せた。
「愛してるよ、アリスティード」