[ 地図 / ドレス / ラヴェンダー ]
その図書館は、いつもラヴェンダーの香りがした。
僕のまとっているドレスにぴったりな、優雅な香り。
僕はそこでまどろむのが好きで、柔らかい香りに深呼吸を繰り返しては、ため息をついたものだ。
その日も、僕は図書館にいた。
背の高い書架だらけの部屋を通り過ぎようと、少し足を速める。
お気に入りの、ファーブルハンギングソファ。ブランコのように吊り下げられていて、揺れるソファーのことだ。
それが、僕の特等席。
今日はその特等席に、見慣れぬ地図がぽつんと置いてあった。
なんだろう。
僕はそう思って、それを手に取った。
知らない国の名前、知らない街の名前、知らない山、知らない川、知らない湖。
不思議なことにその地図は、覗けば、その場所が『視られる』のだった。
僕はその日から、図書館でまどろむことより、その地図を覗くことに夢中になった。
地図を『視れば』、空気の匂いも変わる。ラヴェンダーの香りだったはずの周りは、あるときは清々しい草の香り、あるときは雨の匂い、あるときは潮風と、表情を変えた。
なにも知らない僕に、その地図はなんでも教えてくれた。
母が死んでから、ドレスを着せられ、女として生きてきた僕には、知り得ないことだった。
知りたい、もっと。いろいろなことを、世の中を、世界を。
ますます地図に魅せられた僕が、ある日図書館に行くと、もう地図はなかった。
魔女の地図。汚らわしい。燃やしてしまえ。
そんなふうに言われ、魔女裁判にかけられ、有罪になった地図は火にくべられたのだ。