第20話:衝撃の事実に見舞われて
俺達が歩いた頃とは打って変わって、綺麗に整備された街道を通り、インフィートの収穫祭キャラバンはデイスに無事到着した。
久々のデイスの街は、早くも祭りの喧騒に包まれている。
いち早く到着していたのは、優勝常連のバーナクル商会だ。
今年の大やぐらは、巨大な魚のオブジェ付きの物見やぐら風デザインだ。
その下では、既に複数の屋台が構えられており、海産物が所狭しと並べられている。
俺達は広場を挟んで、その向かいに大やぐらの設営を始めた。
インフィートの神木の枝をほぼそのまま使った独特なデザインに、デイスの人々だけでなく、ライバルであるバーナクル商会の皆の目線も釘付けだ。
高さや構造の複雑さではバーナクルのそれに大きく水を開けられているが、パッと見のインパクトでは決して負けていないだろう。
夜になったら神樹パワーで葉が光るしね。
シャウト先輩の指示で、そのふもとに屋台街が展開されていく。
見た目に華やかな新名物料理の屋台が最前面となり、特産食材、衣類、武器装備、鉱物等の屋台が着々と組み上がる。
俺もミコトもマービーも、設営手伝いに大忙しだ。
「ユウイチ先輩! お久しぶりです!」
呼ばれて振り返ると、後輩冒険者のレフィーナとビビが立っていた。
街中なのに武器やら防具やら完全装備で……。
「久しぶり。君らどしたの? 随分重そうだけど」
「いえ、ある筋から邪神教徒がこの祭りの襲撃を企てているとの情報が入りまして」
「デイスのお手伝い冒険者は皆見回りと警備に回されてるんですよ」
「え! マジで!? 開催して大丈夫なのか? 国のお偉いさんとか来るのに……」
「ええ……。こんなんで伝統ある祭りを中止するようなことがあってはならないって判断だそうです。杞憂で済めばいいんですが、邪神教徒の人たち油断ならないですから」
「デイスの運営本部から連絡が行くと思いますけど、街の方でも自警体制敷いていただくことになったので、先輩もご協力お願いいたしますね」
そう言って、彼女達は重そうな装備を鳴らしながら歩き去って行った。
サイズが微妙に合わないあたり、ギルドがストックしてる中古防具を貰ったみたいだ。
今度軽量防具買ってあげようかな……。
「オラ! ユウイチ!サボんな!」
と、やぐらの上からシャウト先輩の怒号が飛んできたので、俺は慌てて屋台の設営に戻った。
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「かーっ! またアイツらかい! ったく懲りねぇなぁ……」
屋台の設営が大方終わったあたりで、運営テントでサステナと打ち合わせをしていた先輩にさっき聞いた話をする。
ちょうど回ってきたデイスギルド本部からの回覧板にも、同じような内容がより詳しく書かれていた。
・邪神教徒がデイス近隣の洞窟で集会を行っていた(確定情報)
・邪神教徒の襲撃で複数人の死者が出ている(確定情報)
・ギルドにマークされていた邪神教徒のうち2団体が消息不明(確定情報)
・大収穫祭で大規模な攻撃を企てている(未確定情報)
・相当の手練れが作戦を率いている(未確定情報)
・強力な魔力を用いた何かを所持している(未確定情報)
等々、デイスギルドの隠密や冒険者が収集してきた情報、噂が羅列されている。
確かにこの祭りに対して何らかの準備を進めている風ではあるな……。
「邪神教徒……この街を狙っているんでしょうか……」
サステナが腕を抱き、身震いをした。
自分の街が怪しげな連中に乗っ取られる恐怖はそうそう消えるものではないだろう。
「いや、この街はそう易々乗っ取られたり攻め落とされたりはしねぇさ。むしろ大収穫祭っつー行事を荒そうって魂胆が見える気がするぜ」
「俺もそう思います。実際この期間中の街の警備は相当厳重ですし、強い冒険者も相当数控えてますしね」
「まあ、とりあえずサステナはアタシが守るわ。お前ら魚班3人で全体の警備と見回り頼む。祭りの間はお前らの出る幕じゃないしな」
シャウト先輩がサステナの肩を抱き、震える彼女を落ち着かせながら言った。
まあ、確かに俺達祭り当日やることないもんな。
魚料理はコモモ達がやるし、タライの展示販売はラウダ―さんがやるし。
「了解っす。二人にも声かけときますよ」
「頼む。サステナの頑張りを2度も邪魔させるわけにゃいかんからな」
俺がテントから出ようとすると、テントの外で大きなざわめきが起きた。
言ってる傍から敵襲か!?と、とっさに先輩がサステナを庇う動きを見せた。
ただ、俺の感知スキルには敵意の感はない。
テントの幕間から恐る恐る外を見ると、巨大な客車が、これまた巨大な怪鳥にけん引され、デイスのメイン通りに入ってきたところだった。
客車側面に描かれているのは、帝国の紋章。
おお! 国のお偉方の到着だ!
民主化が相当進んだこの国において、平民は頭を地面に擦りつけて……といった規定はない。
むしろ、客車から手を振るお偉方に手やミニ国旗を振り返す程度だ。
俺達はテントの外に出て、にこやかに手を振るお偉いさんらに手を振り返す。
「今年は随分見に来た役人さんらが多いみたいですね」
「ああ、邪神教徒対策で国一丸となって~みたいなこと抜かしてたし、それの兼ね合いもあるんじゃねぇか? っと! やっべぇやべぇ……」
突然、先輩が顔を手で隠し、慌ててテントの中へ入っていった。
「どうしたんすか先輩?」
「いや、アタシが前勢い余って胸倉掴んじまった奴がいたんでな……」
先輩が指さす方を見ると、法王庁の紋章を付けた客車がいた。
この国は一応のトップが皇帝、その次が帝国議会の総理大臣や各大臣が並ぶという、大戦前の日本のような体制を取っているのだが、それとはまったく別に、国内行事の管理を担う法王、法王庁が在位する。
内乱が絶えなかった時代において、帝国外部からの侵略から国を守るため、宗教で国内に一定の連帯感を作り出すために存在したとされているが、平和な時代が100年、200年と続き、宗教も随分自由化した今ではすっかりお飾りである。
ただ、法王庁と法王サマに対する国民の人気は、それはそれは凄まじいらしい。
「そんなとこに喧嘩売らないでくださいよ先輩……」
「いやぁ……デイスが襲撃されたって聞いて一刻も早く助けに行きたい中であの爺さん長話だからよ……ついついカッとなって……。うおっ! やべっ! こっち見てる……!」
客車の方を見ると……。
ん!?
ちょい待て、ちょい待て!?
いやあの爺さんって……。
「うわぁ! すごい! 法王様ですよ! ありがたや……」
待ってちょっと情報処理が追い付かない。
だってこっちに手を振ってる爺さんってあの人……。
バーナクルでウィスキー飲んでたあの爺さんじゃん!?
え……法王サマって……え……?
突然襲い掛かってきた衝撃の事実に、俺は脳を揺さぶられる感覚に見舞われる。
客車がデイスの中央役場へと入っていった後も、俺はしばらくカチコチに固まっていたのだった。