第19話:いざ、収穫祭へ!
物事はスタートアップに最も労力と時間を要するもので、逆に言えば一度回り出してしまえば、案外とんとん拍子に進んでいく。
元の世界で読んだ脳科学者の論文にもそんなこと書かれてたっけか……確か物事にやる気を出すのには、まずやり始める必要があるとか無いとか……。
それは祭りの準備にも言えることで、どの班もスタートアップにこそ苦戦したものの、サステナを代表とする地元の協力者の力を借り、各々の目指すものを満たしていった。
俺達は地底湖の魚の漁法を確立し、この街の名物として売り出す算段を付けた。
シャウト先輩は街のシンボルとなる大やぐらを作り上げた。
エドワーズは町中を走り回り、様々な食材を調達した。
サラナとコモモは俺達の持ってくる食材を元に、祭りを彩る料理をいくつも作った。
街の助っ人の皆や、サステナも俺達の動きを力強く後押ししてくれ、収穫祭復帰一発目の企画は、一つの完成を見ることとなった。
「よっしゃー! 行くぞー!」
「用意はいいですか―――!」
シャウト先輩とサステナの声が、朝靄に霞む湿原に響く。
そして、それの何十倍、何百倍もの声量で返される歓声の轟きが、木々を湿らす朝露をザっと落とした。
インフィート大湿原にかけられた神木製の頑丈な橋を渡るは、同じく神木の枝で作られた大やぐらの大黒柱。
高さ10mにも及ぶこれを何台もの台車を繋げたキャリアーに乗せ、デイスまで陸路で運搬するのだ。
それに連なるのは、屋台や名産品などを満載にした交易荷車たち。
それを人力……ではなく、飼い慣らされたバクフサイ数頭が牽引する。
今日の今日まで知らなかったが、このサイ、インフィートでは労働を手伝ってくれる家畜として割とメジャーらしい。
殆ど見かけることが無いのは、普段は岩盤側の奥深く、インフィート~カトラスを結ぶ陸路のトンネル工事兼鉱物採掘現場で活躍しているためらしい。
よく人慣れしていて、飼い主にしきりに頬擦りしている。
かなり巨大ながら、愛嬌たっぷりだ。
この子も出展したらいい看板サイになるぞとサステナに進言すると、彼女は早速飼い主に確認をとっていた。
エリートパンダの子と一緒に展示することになるかもね。
「いやぁ~ランプレイのシルクキャラバンを思い出すなぁ」
「分かる! でも今回はずっと勇壮だね!」
エドワーズとコモモが談笑している。
各地の大規模キャラバンも、このような大型の獣に荷車を牽かせて移動していくらしい。
「この子達でキャラバンすれば相当輸送がスムーズになるよ」と、サステナに進言すると、またしても彼女は飼い主たちに声をかけに行った。
相変わらずフットワーク軽いなこの子!
しかし、このサイの一件といい、竹やら魚やら木の実やらアオラちゃん、ラウダーさんのような他では見かけない珍しい技能を持った人種の人たち等々、サステナは資源や人材を今使われている用途以外に活用する発想があまりないようだ。
よく言えば真面目な役人気質、悪く言えば頭の固いタイプ……。
街の長としては優秀なんだろうけど、街をPRし、売り出していく商会のトップには向いていないように思う。
早く適材適所の人材が見つかるといいんだが……。
「おい! ユウイチ! ミコト! ちょっと上がってこい!」
キャラバンの周辺でオオカミなどの襲撃を警戒していると、シャウト先輩がやぐらの上から呼びかけてきた。
ひとっ飛びして先輩の元に行ってみると、いつか立ち寄った砦跡が遠方に見える。
……ん? なんか一回り以上デカくなってね!?
「あの後、デイスとインフィートの交易が活発化したおかげで、あの砦が中継拠点として再開発されたんだ。今じゃ常駐のギルド保安官もいるくらいの村になりつつあるぜ」
「凄いっス! もとの城壁跡から倍以上拡張されてるっスよ! なんか周りに畑みたいなのも見えるっス!」
ミコトの言う通り、砦の城壁を囲うように新たな城壁が形成され、水路や民家が整備され、多数の人が行き交っているのが見えた。
「アタシらが頑張った甲斐があったってもんだよな……」と言って、先輩が汗をぬぐうふりをして涙を拭っている。
先輩演技下手っすね……。
「エレキフラッシュ!」
「おわー――!! すみません!」
突然電撃技を発動した先輩に、頭の中を読まれたかと驚き、ついつい大声で謝ってしまった。
だが、その手から放たれた電気の球は上空へと立ち上り、「ピカッ」と一瞬光って消えた
その光に呼応するかのように、砦の門がゆっくりと開かれていく。
ああ、信号弾だったんすね……。
「オイ、何で謝んだよ」
睨んでくる先輩。
ついでにジトっと見つめてくるミコト。
あ―……。
/////////////////
砦の中は随分賑やかになっていた。
元が無人なので当然と言えば当然なのだが、少なくとも家の近所の、ユーリくんが住んでいる村よりはだいぶ賑やかだ。
ビリビリと痛む両頬を摩りつつ、中を散策する。
「なんでお前までビンタしてくるんだよ」
「す……すいませんっス……条件反射で……」
「最近お前浮気判定酷くねぇか……? あと当たり強いし……何かあったのか?」
「い……いえ! 別にそんなことは……」
ミコトは考えが顔に出る。
滅茶苦茶出る。
何か思い当たる節があるなコイツ……。
「ちょっとミコト。こっちへ」
「え、なんスか?」
俺はミコトの手を握り、テレポートした。
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「私、最近不安だったんスよ。最近、雄一さんの周りには太っちょな私より魅力的な女の人がいっぱいいるじゃないっスか。先輩は美人でスレンダーでスし、マービーちゃんも引き締まったいい体……後輩の子達も可愛い子ばっかっス」
砦の外のテントの中。
俺の腕の中で荒い息をしながら話すミコト。
どうやら体形に関して相当コンプレックスを抱いていたらしい。
せいぜいお腹の段が少し増えただけだろうに……と言うと、頬をギュムッと抓られた。
「そういうとこっスよ雄一さん!」
「いでで……ごめんごめん」
ミコトの身体をぎゅっと抱きしめる。
「うーん……このもっちり感いいねぇ……」
「だからそういうとこっスよ! もう!」
「いやぁ、でも俺はどんなミコトも好きだよ。ていうかムッチリしてるくらいの方が好みなんだけどなぁ……」
「だって……着れないじゃないっスか……」
「ん?」
「ウェディングドレス……着れないじゃないっスか……。結婚式……挙げられないじゃないっスか……」
頬を赤らめながら、ミコトは俺の胸にポテポテと額を当ててくる。
なんていうか……あーもう! 可愛いなぁ!!!。
俺達がキャラバンの宿舎に戻ったのは、日がすっかり落ちてからだった。