第16話:インフィートの竹職人
青々とした竹林が俺の目の前に広がっている。
日本でも見慣れた光景だが、若干……いや、大幅に異なる点が一つ。
「おお―――! でっけぇ! 太っとい!」
「まさにゴンブトっスねぇ!」
「アタシも初めて見た時はビビったぜ」
辺りに壁のようにそびえるのは、この竹林名物のゴンブトダケ。
その幅は太いもので10mにも及ぶ。
それでいて背丈は普通の竹と大して変わらないというのだから、その異様な太さが際立っている。
再び訪れた湿原周辺の大竹林。
今回は前回とは異なる、ゴンブトダケの産地へと足を踏み入れた。
目的はもちろん、あのタライを改良するためである。
「お前ら耳なし族のくせにこの林の良さが分かるとはなかなかジャン。ご褒美にさっきから後をつけてきてるエリートパンダはお前らにくれてやるジャン」
一斉に振り返る俺達3人。
だが、パンダの姿はどこにも見えない。
「まだお前らの目で見える距離じゃないジャン。安心するジャン」と笑うラウダ―さん。
いや! 全然安心できねぇって!
「んで? お前らあのタライをどうしたいんジャン? 私ら材料と加工の手腕では助けてやれるけど、水に浮かべるものの知識はサッパリジャン」
「俺も詳しいわけじゃないんですけど、前に南の島でカヤックフィッシングした時、“アウトリガー”っていう補助器具を付けてもらったんです。それを再現してみようかと」
「アウトリガー? なんだそりゃ?」
「アウトリガーっていうのは、外洋で用いられるカヌー、カヤックなんかで用いられるバランサー兼補助フロートみたいなもんっス。左右のロールを軽減して、安定性を高める効果があるんスよね」
「外洋……カヌー……フロート……?」
ミコトが解説してくれたが、ラウダ―さんにはピンとこなかったらしい。
耳長族は警戒心が強く、地元から滅多に出ない種族とのことなので、川や海にまつわる移動手段には疎いようだ。
まあこの辺デカい川もないし、湿地帯くらいならカグヤでひとっ飛びだもんねあなた方……。
「フロートに丁度いい大きさの竹……大体太さ30㎝くらいのものが欲しいんですよ。それにラウダ―さん達の加工技術を使って、ちょっと凝った機構を付けて欲しいんですよね」
「へぇ……面白そうジャン。ま、私にドンと任せるジャン!」
そうこう言っているうちに、ちょうど太さ30㎝クラスの若ゴンブトダケの群生地に到着する。
ラウダ―さんは背中の籠からノコギリを取り出し、その幹に宛がう。
そのまま、凄い勢いで腕を前後に動かし、あっという間にのこぎりの刃を通してしまった。
そして、他の竹を極力傷つけないように狙った角度へと「トンッ!」と蹴りを入れると、太い竹が「ドン!」と地面に横たわる。
「カッコいいっス!」と、ミコトが歓声を上げた。
すげぇ……。
兎獣人というだけでひ弱そうに思われがちな彼女たちだが、その身体能力……特に足腰の力は彼女らがいうことろの耳なし族、俺達普通の人間を遥かに凌駕するのだ。
「ぐ……ぬぬぬぬぬ……!」
「うぬおおおおおっス!!」
ラウダーさんから「やってみな」と、ノコを渡されたので試してみるが、俺とミコトではノコの刃を前後にゆっくり動かすだけで精いっぱいだ。
この竹、ラウダーさんは伐採も加工も軽々やってしまうが、硬度は相当のものである。
やはりここはただの人間の出る幕ではなかったか……。と、ノコギリを返そうとしたが、一人、我々人類通常種の希望の星がすぐ傍で輝いていた。
「せいいいいいい!! はああああああ!!」
引き締まった筋肉をギチギチと揺すりながら、これまたなかなかの速度でノコギリを前後動させるマービー。
前回収穫手伝いしたおかげか、かなり手慣れた手つきである。
「おおっ! お前なかなかやるジャン! もっと腰を使ってみるジャン!」と、ラウダ―さんが嬉しそうに囃し立て、アドバイスを飛ばす。
「は……はい!」
その指示通り、上半身だけでノコギリを動かし、腰をへコヘコと上下動させ始めるマービー。
ち……違う……そうじゃないと思うよ……。
マービーちょっと天然入ってるな……。
その様子が思わぬツボに入ったのか、腹を抱えながら必死で笑いを堪えるラウダ―さん。
そんなことも露知らず、マービーは見事、ほぼ腕力のみでゴンブトダケを切り、渾身の張り手で竹を叩き倒した。
「しゃあああああああ!!! フ―――――!!」
彼女の雄叫びが空気を震わせる。
同時に体から熱気が溢れ、彼女の筋肉がギチギチと隆起を始めた。
なんだなんだ!?
「格闘家の中位スキル、“ビーストブロウル”ジャン。敵を倒した高揚感で身体能力を爆発的に上げるやつジャン? こいつ年の割に随分なレベルに達してるジャン!」
「ぜやあああああ!! せやあああああ!!」
マービーはいつの間にか自慢のトゲ付きガントレットを取り出し、連続パンチを打ち込み始めた。
打撃音が竹を揺さぶり、ゴン!ゴン!という快音を竹林に響かせ、あっという間に竹を一本、二本、三本と切り倒していく。
やべぇ! マービーめっちゃ強い!
「はぁ……はぁ……うしっ!!」
四本目を切り倒したところで彼女は拳を合わせ、大きく息を吐いた。
すると、ムキムキマッチョウーマンと化していた彼女の身体が、すぅ……と元に戻った。
どうなってんのそれ……と思ったが、まあ、そういうものなんだろう。
魔法云々が存在する世界でそれを気にするのは野暮である。
「いや~。ついついテンション上がっちまって無茶しちまったよ!」
と、良い笑顔を向けてくるマービー。
本気で戦ったらこんな強いんだね君……。
これでエドワーズパーティーの中では怠け者の方というのだから、彼らのガチっぷりには毎度驚かされるな。
しかし……同期にあまり大きく水を開けられるのもちょっと悔しいかも……。
「お前凄いけど、これかなり無駄が出るジャン」
そう言いながら、ラウダ―さんがマービーが叩き折った竹の切断面を指さす。
なるほど、確かに繊維が縦に裂け、使えない部分がかなり出てしまっている。
「竹は粗末に扱ったらダメジャン?」
「は……はい。すみません……」
結構な真剣トーンで眉を顰めるラウダ―さん。
竹取種族は竹の扱いに厳しかった。
「罰としてアレ倒すジャン。今晩のおかずにするジャン」
そう言って肩越しに後ろを指さすと、ラウダ―さんは大ジャンプし、老ゴンブトダケの上へと跳んでいった。
遅れて、「グルルルル……」という低い唸り声が聞こえてくる。
あ、そういえばパンダにストーキングされてたんでしたね俺ら……。
よし……。
俺は腰に付けた双剣に手をかけ……。
勢いよく振り返って叫んだ。
「マービー頼む!」
「ええっ!? 雄一さん!?」
既にステッキソードを構え、戦闘姿勢を取っていたミコトが素っ頓狂な声を上げた。
いや、だってあんな強い姿見せられたら任せたくなるじゃん!
熊の類にはトラウマあんだよ俺!
だが……。
「いや……すまん。ビーストブロウルは使った後しばらく筋肉痛で動けなくなっちまうんだ……」
マービーは寝転がり、手足を大の字に投げ出して体をクールダウンしていた。
えぇ……。
「ほら! 雄一さん危ないっス!」
俺の前に躍り出たミコトが、飛びかかってきた2mほどのエリートパンダの爪のひと振りをステッキソードのフルスイングで弾いた。
二撃、三撃と続くパンダの爪を次々弾いていくミコト。
パンダが思ったより小柄なのもあるが、ミコトお前すげえパワーだな!
「へっへーんっス! 雄一さんを守るとなれば勇気もパワーも百倍万倍っスよ! せやっ!」
ステッキソードの一閃が、パンダの脇腹を斬り払った。
大きくのけ反って倒れるパンダ。
彼女のジョブスキルだけではない。
明らかに夏よりも攻撃に重みが増している。
あ、そうか……。
ミコトお前体重増えたからその分攻撃に重みが……。
「怒るっスよ」
すいません。
冗談はさておき、俺も加勢するとしよう。
意外にも、俺は猛獣を目の前にして、全く動揺していなかった。
むしろ余裕さえ感じるほどだ。
俺も内面的にちょっとは成長してるのだろうか。
双剣を抜き、起き上がろうとするパンダ目がけ突進する。
飛行スキルの応用で、走る速さを向上させれば、猛獣相手でも十分立ち回れるスピードが出せるのが俺の持ち味である。
「グオオオオオオッ!」
俺に向かって吠え、腕を振り下ろそうとするパンダ。
俺はその爪の動線目がけて飛び込む。
と、見せかけて背後にテレポートし、首筋の両側を挟み切るように双剣を叩き込んだ。
固い皮膚に鋭利な刃がスッと入り、獣の血がドッと噴き出した。
首筋を深々と斬られて生きていられる動物はそういない。
エリートパンダは一瞬大きく吠え、俺に圧し掛かってきたが、俺はそれをテレポートで易々と躱す。
やがて、パンダは動きが鈍くなっていき、ガウアッ!とひと吠えした後、動かなくなった。
「お見事っス!」
ミコトが駆け寄ってくる。
ラウダ―さんも上から飛び降りてきて、「お前も意外と強いジャン!」と褒めてくれた。
「ただ殺すだけじゃなく、同時に血抜きもやってるジャン。これは旨く食えるジャン?」
獲物を美味しく食べられるように仕留めるのも、釣り人の基本スキルである。
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「こんな感じで良いジャン?」
「そうです! まさにこの感じです!」
ラウダ―さんの家兼工房でエリートパンダ肉の竹鍋を御馳走になり、そのままタライの改造に移行したのだが、俺の要望をラウダ―さんは容易に理解し、形にしてくれた。
タライの横に張り出したアームには、ゴンブトダケを一節(大体50㎝くらい)固定し、アウトリガーのフロート代わりにする。
これで左右へのロールを抑え、釣りに集中しやすくする。
そして、俺の肝煎りの機構が、このフロートの振り上げ機構である。
フロートは安定感を与えてくれるが、かなり大きな水の抵抗となるので、タライの強みである優れた方向転換性能を奪ってしまう。
なので、魚がかかった瞬間、ワンタッチでフロートアームを跳ね上げ、素のタライに戻すことで、快適さと回転性能を両立させようという魂胆である。
他には縁に丸い切り欠きを設け、足を置いて伸ばせるようにしたり、中央に一回り小さなゴンブトダケを敷き、低い椅子にしてみたりと、快適性を高める機構をいくつかつけてもらった。
ありがたい……。
「礼なら収穫祭の優勝で返してくれれば良いジャン!」
にっこりと笑うラウダ―さん。
もはや俺は、「どうせ無理だろう」とか「緩く楽しもう」などという考えを捨て去っていた。