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第15話:インフィート釣り教室



「はーい! 皆さん位置につきましたかー!」


「はい……」


「お……おう……」



 地底湖に浮かぶ5艘のタライ。

 それに乗るのは、サステナから俺たちに割り当てられたチーム漁業班。

 総勢は10人程だが、アオラちゃんの糸の都合上、今日同時に出漕できるのは俺含め5人だけだ。

 今から俺がこの4人に実技演習を実施する。


 たっぷりと魚肉を食べてもらったおかげで、アオラちゃんはかつてないほど糸を出し、合計1000m近い釣り糸が出来た。

 彼女は今この瞬間も、水辺に設けられた特設屋台でミコトの作る料理を食べ、丸ままのハマダイを啜っている。



「ふぇぇぇ……ミコトさんのご飯美味しいですぅ……。糸……いっぱい出ちゃう……♡」



 そう言いながら、人間の手で飯を食い、蜘蛛の手足で糸を出すアオラちゃん。

 彼女の糸は脂肪やタンパク質が原料のようで、食べれば食べるほど濃厚で頑丈な糸を出せるようだ。

 料理でポッコリと膨らんだお腹が、糸の量に比例して凹んでいく。

 ミコトは「私もそれが出来たら……くぅっ!!」と悔しがっていた。


 さて、俺も実演開始といこうか。



「はい注目―! この糸巻きをゆっくりと回して、仕掛けを水中に沈めていきまーす!」



 俺が見せるお手本に従って、たどたどしくテグスをさばき始めるチームメイトたち。

 タライの扱いに苦労しながらではあるが、全員が仕掛けを120mのタナまで落とし込んだ。


 うん。

 ここまでで一人の転覆もなし。

 流石はサステナの見込んだメンバーだ。

 手先が器用でバランス感覚の良い人という俺のリクエストに、バッチリ当たる人を割り当ててくれた。



「それで、次はどうしたらいいんだい?」



 と、話しかけてくる大工見習のお兄さんは、既にタライを乗りこなし、見事なバランスでピタリと静止しているし、料理屋のお姉さんもまた、バランスをとりつつテグスを操っている。

 行商人の兄妹は、タライを寄り添わせ合い、バランスをとりやすくして、俺の講義を真面目に聞いてくれていた。



「それでは次は“誘い”と“アワセ”です! こうやって大きく腕を振り、魚にエサをアピールしてみてくださーい!」


「えーっと……こうかしら!」



 料理屋のお姉さんが軽快な腕さばきで誘いを開始する。

 おお……。

 年季の入った体さばき……。

 幼少期からフライパンを振ってきた杵柄か、お手本のような誘いである。


 大工見習のお兄さんは……ちょっとまだ動きが硬いかな……。

 行商兄妹は、もっと腕の動きを大きくしようか。

 と、俺の指導にも熱が入る。



「ああっ! 来たわよ!」



 タライが転覆するのではないかという恐怖で、動きが小さくなっていく行商兄妹の妹ちゃんに、上半身と下半身の動きをレクチャーしていると、料理屋のお姉さんが声を上げた。



 やはり、誘いが上手い人のところに魚は食いつくものだ。

 急いでタライをお姉さんのそれにくっつけ、ファイトの仕方を教える。

 他のメンバーもその様子にくぎ付けだ。



「はい! 糸手繰って! あっ! 魚が引いている時は、糸を手繰るのを止めてください! はいまた手繰って!」


「なかなか……難しいこと言うわね……!」


「大丈夫です! 慣れますから!」



 流石に初心者なので、はじめはかなり危なっかしかったが、やはりそこは器用な人。

 タライの回転特性を徐々に掴み、一度に手繰り上げる糸の量がだんだんと増え始めた。

 会得速度凄いこの人……。

本人曰く、「カルダ(インフィート名物のケバブ的なもの)の生地を裏返すのよりは簡単」らしい。


 10分程度の格闘の末、水面に上がってきたのは、白い方、つまりシロチテイダイだ。

 ストリンガーを渡し、取り込みの方法を教える。

 結構難しいのだが、彼女はこれもサクッとこなしてしまった。

 流石、職業料理人は一味違うな。


 そうこうしている間にも、対抗心を滾らせた大工見習のお兄さんが魚をヒットさせる。

 こちらは腕の動きがロボットのようにカクカクだが、その代わり下半身の動きが凄い。

 狭いタライの中でしゃがんだままつま先立ちになり、その足先だけでタライの回転を意のままに操っているのだ。


 俺やお姉さんなら180度回転しながら受け流す魚の引きを、半回転程度で止め、素早く糸を手繰る。

 そのおかげか、かなりの速度で魚が上がってきた。

 ストリンガーを掛けるのに苦労していたので、料理屋のお姉さんが助け舟に入り、彼の魚をストリンガーに通した。


 お兄さんは少し照れ臭そうに、お姉さんと握手を交わす。

 分かる。

 取り込み手伝ってもらうと何か握手したくなるよね。



「にっ! 兄さん! 私の仕掛けに魚が!」


「ぼぼぼボクの方にも来てる!」


「「うわー! まーわーるー!!」」



 さて、振り返ると兄妹が大わらわだ。

 クルンクルンと歯車のように接して回る二人のタライに割って入り、オマツリを回避させる。

 俺のタライもその回転に巻き込まれ、高速で回る回る……うぇぇぇ! 気持ち悪くなってきた!



「ほら! ゆっくり糸を手繰って!」


「兄ちゃんだろ! いいとこ見せろ!」



 既に釣り上げたコンビが二人を励まし、兄妹もまた必死でその応援に応えようとする。

 ちょ……!

 俺を誰か助けて!



 そうこうしている間に、二人の釣った紅白の魚がストリンガーにつながれた。

 これで一応全員魚の確保に成功だ。


 一旦4人を岸に上げ、健康チェックを行う。

 やはり皆、下半身の痺れと、軽い眩暈を訴えた。

 1時間余りで一匹釣ってこれなのだから、長時間やると危ないか……。

 全員仕事のある身だ。

 これで体を壊して本業お休みではいけない。

 タライの改良が至急の命題になりそうだな……。


 ひとまず俺はタライの乗員を交代させ、残る皆に釣りの技能を一通り教えることにする。

 明日は耳長族のとこに行って、改良タライの制作にかかろう。




////////////////////




「ひーん! 雄一さん助けてほしいっス―――!」



 3時間後、この釣りをある程度マスターしたチームの皆を解散させ、特設の糸製造屋台に向かうと、ミコトが腹だけを出したマミー姿、もしくは逆腹巻の格好で巨大蜘蛛に覆いかぶさられていた。

 アオラちゃん何やってんの!?



「アオラちゃんが私のお腹吸おうとするんス―――! いやーん! 舐めないで欲しいっス―――!」


「はぁ……はぁ……ミコトさんの体美味しそうな匂いですぅ……ユウイチさんと吸い比べたいですぅ……」



 食欲を刺激されすぎたのか、アオラちゃんはまた蜘蛛スイッチが入ってしまったらしい。

 だが、俺にもちょいと秘策があるのだ。

 腰にぶら下がっていた水筒を開け、アオラちゃんの頭の蜘蛛ヘッドに中身を垂らしてやる。



「あへぇ? なんらかいい匂いがするでひゅよぉ?」



 その液体を浴びた彼女は、フラフラと頭を揺らし、やがてごろんとあお向けに倒れた。

 コーヒーである。

 蜘蛛はコーヒーを摂取すると酔う。

 昔無駄知識番組で見たやつだが、こんなにも効果があるとは……。



「ふい~……助かったっス。アオラちゃん糸出した分食べてくれるんで、ついつい食べさせすぎちゃったっスよ。限度が大事っスね」



 腹を丸出しにしたマミーがクネクネしながらしゃべっている。

 タプタプ揺れるお腹がチャーミングだ……。

 ちょっと俺も別の食欲刺激されてきた……。



「あっ! ちょっと雄一さん! 揉んじゃダメっス! こんな縛られて……お腹揉まれたら変な気分になっちゃうっス! あっ! ひゃん!」



 そんなミコトが可愛くて面白いので、ついつい気が済むまで揉みまくってしまった。

 テレポートで逃げられることに気づいたミコトが、俺の上に飛び掛かってきて、「揉まれたら揉み返すっス!」と俺にのしかかり、俺もまた、とっさの判断でミコト諸共宿屋のベッドの上にテレポートし……。


その後あったことは想像にお任せするとしよう。


釣り用語解説のコーナー

・オマツリ

複数人の釣りの仕掛け同士が絡む恐怖の事態。

魚の食いが立っている時合にこれをやらかし、その場で海に飛び込んで貝になってしまいたいと思った釣り人は数知れない。

これを食らっても許せるくらい、海のように広い心で釣りをしたいものである。

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