第12話:インフィートの糸職人 下
「ほー……。アラクネ族の子ってこうやって糸出すんスねぇ……」
「あんまり……見ないでください……」
分娩台のような形の椅子に座り、蜘蛛の足を器用に使って、お尻にくっ付いている蜘蛛の腹から糸を引き出すアオラちゃん。
空いている人の手では、カラカラと糸車を回し、出した糸をボビンに巻いている。
その様子を、興味深そうに見つめるミコト。
「蜘蛛の糸ってネバネバなイメージあったんスけど、サラサラなんスね」
「あ……はい。出し分けできるんです……」
「一日どれくらいイけるんスか?」
「大体……200くらいです……」
「ほへー! 可愛いお尻して凄いっスねぇ! 穴の両側がヒクヒクしてるっスけど、これは何をしてるんスか?」
「い……糸を撚ってるんです……。いやぁ……恥ずかしいですぅ……!」
天然セクハラ面接官と化したミコトの質問攻めに、顔を赤らめて顔を伏せるアオラちゃん。
アラクネ族の紡ぐ糸は、細さに対して強度が凄いと評判で、ハンターの人が使う狩猟罠や銛に使われることもあるそうだ。
ただ、彼女は人前に出るのが恥ずかしいと言って、顔見知りの問屋さんを介して少量の受注生産を格安で請け負っていたらしい。
彼女からすれば、最低限の食事と趣味の読書が出来ればそれでいいらしく、待遇に何ら不満は無いとのことだ。
勿体ない! とは思うが、そこは人の勝手。
俺がとやかく言うことではないだろう。
「はぁ……はぁ……。これで今日の分はおしまいです……」
見ると、アオラちゃんはぐったりと椅子にもたれかかり、頬を赤らめつつ荒い息をしていた。
あら、エロい。
「大丈夫っスか?」と、ミコトが甲斐甲斐しく汗を拭いている。
俺も手持ちの木の実ジュースを彼女に差し出す。
「あぁ……すみませんちょっと……失礼します!」
アオラちゃんはそう言うと、木の実ジュースをスルーし、俺の腕にガブリと噛みついてきた!!
痛だだだだだだ!!
「ごへんなさひ! ごへんあさい!!」
呆気にとられるミコトやマービーを尻目に、「ジュウウウウ」と音を立てて、俺の体液を吸い上げるアオラちゃん。
あ……駄目だ……。
貧血で……意……識が……。
でも……ちょっと気持ち……い……
奇妙な感覚を覚えつつ、俺は意識を失った。
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再び目を覚ますと、俺の身体はサラサラとした布に包まれていた。
ユラユラと揺れる心地よい感覚に、また意識を持って行かれそうになったが、ひとまず上体を起こしてみる。
「フワサッ……」と肌触りのいい布を抜けると、木で作られた小さな小部屋だった。
部屋の四隅にはジグモの巣を思わせる筒状の布がかけられ、天井からは所々蜘蛛の糸がぶら下がっている。
なるほど……寝室だなここ。
太めの蜘蛛の糸を頼りに、地面まで降り、木のドアを開けて出て行くと、ミコトとマービー、アオラの3人が水を張った樽を囲んでいた。
「ああっ!! ユウイチさん! 申し訳ありませんでしたあああああ!」
誰よりも早く俺が出て来たことを察知し、カサカサカサカサ! と音が聞こえそうな勢いで、土下座モードのアオラが突進してくる。
うおおおおおお!?
その姿勢で走れるの君!?
俺の真正面で急停止し、そのままペッタリと地面に全身を擦りつけるかのように謝り倒してくるアオラ。
すごい……。
ハエ叩きで潰されたアシダカグモみたいになってる……。
「私……糸いっぱい出した後、ちょっと肉食性強まっちゃって……。出来るだけ自制しようとしてるんですけど……。本能に抗えなくて……。ユウイチさんっていい匂いがしたのでついつい……!」
「あ……ああ。悪気が無かったんならいいよ」
謝罪と弁明入り混じった言葉を吐く蜘蛛っ娘をとりあえず許し、潰れ蜘蛛状態から起こさせてやる。
まあ、悪意が無かったならいいか……。
オートガードが発動しなかったのってそういうことだし。
ミコトとマービーも若干警戒しつつではあるが、彼女を許している様子だし。
「んで、君らは今何してるわけ?」
「今水に濡れた時の耐久性をチェックしてるんスよ。このまま一晩くらい置いて、劣化が少なければ、釣り糸として実用可能っスね」
「これさっきアタシらで引っ張ってみたんだけどよ、マジで切れないぜ。あのくらいの魚なら十分すぎると思うわ」
成程、10mほどの切れ端が桶の中に沈んでいる。
ミコトによると、さっき紡ぎだせた糸の量はおよそ180m。
アオラの体調次第だが、最低でも150mは毎日コンスタントに出せそうとのことだ。
ただ……。
「ええ、網を作るのは量的に無理っスね。アオラちゃんが干からびちゃうっス」
「ふぇぇぇ……干し蜘蛛は嫌ですぅ……」
一日に出せる糸の量を考えると、その劣化や破損を考慮に入れた上で漁に使えるのは一度に3本くらいだろう。
となると手釣りが一番の方法か。
「あ……あのっ……私、この量を毎日出せと言われたら、ちょっと不安です……。これまで週1~2くらいでしかお仕事来なかったので……」
「お家や寝床の整備もしなきゃですし……。ふぇぇぇ……」と、縮こまるアオラ。
糸を出すために必要なものは、人間や動物の体液。
彼女の収入では、毎日200m近くを出すために十分な量を取ることができない。
あまり無理をして出していると、先ほどのように狂暴性が首をもたげ、人を襲う可能性があるらしいのだ。
事実、アラクネ族は人類に対して必ずしも友好的な種族ではない。
アオラちゃんのような理性で本能を抑え、人としての文化的な生活を送るものもいれば、理性も知性も捨て、狂暴な本能のままに魔物と同様の生活を送るものもいる。
この辺はオークやラミア、ウルフェン族に近い部分がある。
アオラちゃんをインフィートの人食いジグモにしないためには、十分なたんぱく質が必要というわけだ。
「一日どれくらいあったら大丈夫そう?」
「ふぇぇぇ……。分からないですけど、たぶんユウイチさんサイズの動物が一匹いれば、1週間は持つと思います……」
週一俺一人か……。
燃費自体は素晴らしく良いのね君……。
あの魚で換算すると週1で2~3匹は必要だな。
「分かった。とりあえず食べ物の問題は、直近は俺が解決しよう。その先はまた考えよう」
一先ず、先に起きる問題は先送りだ。
明日は彼女の糸を借り、ハマダイ釣りに挑んでみよう。
ということで一旦宿まで帰ろうとすると「あの~」とアオラが俺を呼び止めた。
なんか頬染めてる……。
「あの……わたっ……私達、吸う体液って男の人の……でも良いんですけど……。ユウイチさんがよろしければ……」
ちょっと待ってこの子エロい。
ていうかこの流れでなんで俺のソレを吸うとか言い出すの!?
「ユウイチさんの体液……私すごく好みだったから……もっと味わってみたいです……」
蜘蛛の目をギラリと光らせるアオラ。
あ、やべぇ。
この子結構肉食系だ。
比喩表現ではなく!
「わ―――! 駄目っスよ雄一さん! 雄一さんのは私だけのものなんスから! 悪いアラクネは退治しちゃうっスよ!」
ポカポカとアオラの蜘蛛部分をチョップして押し返すミコト。
こいつもこいつで肉食系だな!
「ふぇぇぇぇ……ミコトさんやめてくださ……あ……でもミコトさんもなんだかいい匂いが……」
「ひっ! ひやああ!! 放すっス! あと舐めちゃダメっス―――!!」
獲物を捕らえる蜘蛛の動きでミコトをホールドし、首筋をぺロペロと舐め上げるアオラ。
この子どっちかと言うと悪い子寄りのアラクネなのでは……。
ちょっと怖くなってきた……。