第11話:インフィートの糸職人 上
竹採りから一夜が明けた。
サステナがいい糸職人が見つかったと言うので、渡された地図を頼りに、俺達は岩盤側の奥地へと足を踏み入れていた。
既に日の光は一切差さなくなり、ヒカリゴケと神木の光管がぼんやりと岩洞を照らしている。
「こんなとこで糸作れるのか……? 綿花も生えてないし、モコモコヤギもいねぇぞ」
マービーが不安そうにぼやく。
普通、糸を作る職人というのは、原材料の仕入れに都合がよい平地に居を構える場合が多い。
なにせ、重量に対して面積が大きい糸の材料たちは、大掛かりな荷馬車でもないと搬入しにくいのだ。
そういう意味では、人が2~3人やっと通れる幅しかなく、街の中心部から1時間以上歩かないといけないこの岩洞は、立地としては最悪である。
サステナが妙な情報でも寄越したか……?
いや、彼女に限ってそれは無いと思うが……。
「あれ? なんか奥に広い空間ないっスか?」
ミコトが薄暗い道の先を指さした。
俺も目を凝らして見ると、確かに岩洞が途切れ、ぼんやりと光る空間が見えるような……見えないような……。
とりあえずそこを目指して歩くことにした。
まあ、どのみち一本道だから目指すも何もないが……。
自分突っ込みを入れつつ、5分ほど歩くと、その空間の詳細が見えてきた。
天然なのか、それとも人工的なのか、巨大なドームが広がっているのだ。
天井には神木の根と光管が走り、日の差さぬ洞窟にあっても、相手の顔、服の柄くらいは余裕で識別できる明度である。
「よっしゃ! アタシが一番のりー!」
そう言って駆け出したマービー。
その姿が、「うわっ!? うおおおおおおお!?」という悲鳴と共に突然消滅した。
「へ!?」
「マービーちゃん!?」
俺とミコトが駆け寄ると、彼女の姿、痕跡は跡形も無かった。
「て……敵か!?」
「で……でも感知スキルには何も……ってうひゃあああ!!」
「ミコト!」
ガクンと傾いた彼女の身体に咄嗟に手を伸ばし、右腕を掴んだ。
彼女の下半身は、地面に突如空いた穴に吸い込まれている。
「お……重い……!」
「ちょ!? こんな時になんてこと言うんスか!?」
「いいから……飛べよ! 重いんだよマジで!」
あ、忘れてた、とばかりに、飛行スキルを発動して逃れるミコト。
案外突然の事態って対処しにくいよね……。
「うう……緊急時でさえデブって言われたっス……」
そう言って隅っこで丸まるミコト。
俺もうちょっと筋トレした方がいいかな……。
いや、今はそんなことどうでもいい。
肝心なのはマービーの行方と安否だ。
感知スキルが微塵も反応しなかったので、さっきのはダンジョンに巣食う魔物とかではない。
単純なトラップだろう。
手で怪しげな所を叩くと、トイレの蓋が逆さまになったような要領で、パカリと地面が抜けた。
その下には、赤い光が見える。
なんだろう……?
火やマグマの類ではなさそうだが……。
「とりあえず飛び込んでみるっス」
好奇心に抗わないスタイルのミコトが、飛行スキルを活用してスルスルと下っていった。
あいつ良くも悪くも勇ましいな……。
俺もそれに続き、頭を下にして下る。
下るにつれて、何やらやかましい声が聞こえてきた。
「は……離せ―! 苦しい! 苦しい―――!!」
ま……マービー!!
間違いない、彼女の悲鳴だ。
この下で、彼女がひどい仕打ちを受けているに違いない!
「急ぐっス!」と、降下速度を速めるミコト。
咄嗟に足を下にして飛び込んでしまった彼女は、岩盤との接触を避けるため、腕組みをしての急降下だ。
ロボアニメの搭乗シーンみたい……。
「やめるっス! 私のお友達に手を出したら許さないっスよ!」
腕を組み、仁王立ちの姿勢でミコトが降り立った先は、オシャレなログハウスの中だった。
俺も恐る恐る顔を覗かせるが、恐ろしい魔物が潜んでるとかではなさそうだ……。
「ひやああああああ!! 2人もおおおお!?」
悲鳴と共に、白い糸が周囲に舞い、そしてそのまま……。
「うげぇ!?」
「きゃあ!? なんスかコレは!?」
俺達は瞬く間に糸に包まれた繭のような姿にされてしまった。
ゴロリと転がった先では、同じく白い糸に包まれたマービーがビョンビョンと跳ねて必死の抵抗をしている。
「はわわわわわわ!! わ……悪い人間さんですか!?」
その声と共に、俺の視界に現れたのは、白髪のメカクレ少女だった。
ただ、なんか体から色々生えてる……。
「あ……! アラクネ族の子っスか!?」
「ひゃああああ!? 何で私の種族知ってるのおおお!?」
「ムグ――――!!」
彼女の姿に声を上げたミコトの顔面に、糸が噴射され、一瞬にして彼女は顔パックされてしまった。
そう。
彼女は背中や頭、そして腹に蜘蛛の個性を持つ虫人、「アラクネ」族の少女だったのだ。
「ちょ……ちょっと待ってくれ! 俺はサステナちゃんに紹介されて来たんだ! 怪しいものじゃない!」
「えぇぇぇ!? そんな話聞いてないよぉぉぉ! や……やっぱり悪い人なんだ……。やっつけないと……」
そう言うと、彼女は「ふん!」と力む。
すると、頭から1対2本の角が現れる。
「わ……私ジグモ族ですから、きっと苦しいのは一瞬です……」
等と言いながらヨタヨタと近づいてくる。
やべぇ! この子殺しに対して積極的すぎる!
「え……えい!」と頭を振り下ろしてきた瞬間、俺はテレポートで脱出し、彼女の背後に回り込む。
しかし、「はわわわー!!」という悲鳴と共に糸が噴射され、俺はまた絡め取られる。
そうか! クモって視野めっちゃ広いんだっけ!
「ひゃああああん!」
という間の抜けた声で駆けてくる彼女の足に、クッションゴムを召喚し、巻き付けると、彼女はド派手にすっ転んだ。
ついでに、先ほどチラリと見えた糸を噴射する穴の周りにもクッションゴムを巻き付け、あの糸攻撃を封じる。
「はぁ……はぁ……。へっへっへ……もう攻撃は出来ないぞ……」
テレポートでまた脱出し、彼女に近づく。
背中に生えた蜘蛛の足がチョコチョコと抵抗しているが、糸と牙とは違い、随分可愛らしいものだ。
敵意がないことを伝えようと、倒れ伏した彼女の身体を起こしにかかると。
「ひうっ……ひうっ……。嫌だ―! 殺さないでください―――!! お母さ―――ん!!」
泣き出してしまった……。
「あー! てめぇ何ちびっ子泣かせてんだ!」
「むむむ―――! むむっむ―――!」
その声に反応し、俺を責めるマービーと、多分俺を叱っている様子のミコト。
え……俺悪いのコレ……?
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「うう……ずびばぜんでじだ……!!」
泣いて土下座して見せるアラクネの少女「アオラ」。
おぉ……。
蹲るとマジで巨大グモみたいな姿になるね君……。
サステナが送った速達の手紙は、実際届いてはいた。
しかし、巣の穴から落ちてきたそれに驚いた彼女は手紙を咄嗟にグルグル巻きにしてしまい、見ずじまいだったそうだ。
「ごめんなさい……。私……どうにも臆病で……。驚くとつい糸でグルグル巻きにしちゃうんです……」
「い……いや、俺達もちょっと急な訪問だったからな……ははは……」
まあ、俺ももう大人。
ちょっとのことくらい許そう……。
俺達悪い要素無いよねコレ……?
「えっと……サステナさんからのご依頼ですと……。ふむふむ。長い糸か、網をご所望なわけですね? それも水で壊れず……大きな魚がかかっても千切れない……?」
サステナからの手紙を読む彼女の顔が、だんだんとフニャフニャになっていき、最後には半泣きになっていた。
「ふぇえええ……。こんなの作ったことないですぅ……。もし断ったり、失敗したら私殺されちゃいますか……?」
「そうだ」
「びええええええええ!! 死にたくないよおおおお!!」
間髪入れず泣き出すアオラちゃん。
いや、冗談……。
って、痛ぇ!!
「大丈夫だぜアオラちゃん。アタシらも、サステナも君に危害を加えたりしないからよ」
「そうっスよ。っていうか雄一さん! 小さい子泣かせちゃ駄目っス!」
うう……。
子供って役得だよ……。