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第7話:収穫祭クエスト インフィートの名物を調査せよ 初日B




 3度目となったインフィート地下ダンジョン探索。

 まあ、ダンジョンと言ったところで、その実態はただの小規模洞窟だ。

 魔物もいない、妙なギミックもない、天然の明かりまであるとくれば、調査も楽々である。


 前回、瘴気に当てられて全滅状態だった第4階層の泉は、未だに静寂を守っていた。

 やはり、そう簡単に生態系は蘇らない。

 それを考慮し、クツメの水産資源化は見送ることにする。

 こういった閉じた空間に生息する種は、あっさりと人の手で絶滅してしまうもの。

 釣り人たるもの、魚を絶滅に追いやるような判断だけは絶対にしてはならない。


 第5階層まで降りると、果てしなく広がる湖の小島で、相も変わらず大魔封結界岩が光っている。

 少し様子が異なるのは、洞窟の一部に木の柵のようなものが作られている点だ。

 サステナによると、外部からの侵入を防ぐため、コンガーイール南端へと繋がる海底洞窟の入口に格子を付けたらしい。

 間隔は2m程度なので、魚の出入りに影響はなさそうだ。



「ここ何が釣れんだ?」



 マービーが深い青を湛えた水面を覗き込む。



「深海魚が釣れるぞ。それも海底洞窟で独自進化したようなヤツが」


「マジか! すっげえ!」


「海底洞窟も相当広大なはずなので、ここの魚なら水産資源として活用できるはずっスね」



 インフィート~コンガーイール南端へは数百キロの距離がある。

 そこまで続く海底洞窟ともあれば、途中の枝分かれ等を含めると、巨大な生息域が広がっているのは間違いない。

 ここなら十分に漁場として成立するだろう。

 問題は……その深さである。



「うおっ!? 糸全部出しても底つかねぇぞ!?」



 いち早く竿を出したマービーが驚愕の声を上げた。

 そう、この地底湖、水深が岸の直下から200mを超えるのだ。

 マービーの手持ちの釣具では、海底を叩くことができない。

 俺のものでも、深海用タックルが必要だ。

 思えばあの爺さん、随分デカい両軸リール使ってたな……。


 ジギング用ベイトリール2000番にPE2号500mを装着し、7ftのジギングロッドに付ける。

 リアウェイトのメタルジグ120gをフロロリーダー5号の先に結び、湖面に落とした。

 マービーは、持って来た竿の中で最も長い糸が付いた竿に持ち替え、俺に続いて仕掛けを投入する。

 ただ、それでも底は叩けないようだ。

 俺の仕掛けを貸そうかと提案したが、自分のものでトライしてみると断られた。

 おお……ナイスフィッシャーマンズ・ソウル。

 フィッシャーマンズ・ソウルって何だ……?


 俺は一旦ジグを着底させ、しゃくりながら巻き上げてくる。

 大体120mあたりまで巻き上げたところで、「ゴゴン!」というアタリが来た。

 アワセて巻き上げると、以前あの爺さんが釣り上げていた白い魚体に青い目を持つハマダイ型の魚だ。

 うーん……シロチテイダイと呼ぼうか。

 大きさは80㎝ほどで、コンガーイール南端で釣れたハマダイに比べて大型である。



「うおー! これは……明らかにあのハマダイの変異種っスね!」



 ミコトが興奮しながら、手早く包丁を入れる。

 腹から卵は出なかったが、膨れ上がった精巣が出て来た。

 乗っ込みを迎えた雄のようだ。



「ほほ~! 白子っスよ雄一さん! こんなん絶対美味しいっスよ!!」



 ミコトが白いそれを指で摘まみ、プラプラと揺らしている。

 こら、やめなさい。

 なんか卑猥だぞ。



「どうやら今が産卵前みたいっスね。脂も乗ってて美味しいっスよ! これなら水産資源として十分にアピール出来るはずっスよ。取りすぎたら駄目っスけどね」



 切り分けた身を口に運んでもらうと、確かに旨い。

 コンガーイール南端の個体よりもずっと身質が柔らかい。

 海流の弱い海底洞窟に住んでいるためだろうか。

 そして、飴色に乗った脂がトロリと甘く溶ける。

 こういった身質の魚は、バーナクル方面では珍しい。

 確かにこの魚ならば、物珍しさ込みで戦えるかもしれない。



「おい! こっちにも掛ったぜ!」



 振り返ると、マービーの竿が大きくしなっていた。

 彼女が100m近く出された糸を慎重に手繰り寄せると、同じくらいのサイズの魚が揚がってきた。

 しかし、先ほどまでとは少し様子が異なっている。



「うお!? 赤いぞコイツ!?」



 釣れた魚は、コンガーイール南端に生息しているハマダイそのままの姿をしてたのだ。

 迷い込んできた個体か?


 だが、釣りを続けると、白い個体に混じって、かなりの確率で赤い個体が釣れてくる。

 迷い込んできた……とかじゃないなコレは。

 明らかにこの洞窟を目指して来てる……。


 そして、ハマダイが釣れること以外にも異様なのが、とにかく入れ食いであるという点だ。

 本当に仕掛けを入れるたびにすぐ食ってくると言った具合で、相当数の個体が湖にいるようなのだ。



「雄一さんちょっと見て来てくれないっスか?」



 ミコトがそんなことを言いだすのも自然な流れだった。




/////////////////




 暗ぇ……。

 冷てぇ……。

 普通に怖ぇ……。



 我が家の研究者様の頼みを受け、俺はドン深の湖に身を投じた。

 潜水スキル持ちなので、深海でも水圧のダメージを受けることなく潜ることができる。



「ここらへんかな?」



 多分、120mくらいと思われる水深で、俺は釣具召喚を開始する。

 召喚するのは、深海用集魚灯だ。

 キンメダイ等の釣りで用いられるこれは、ピカピカと光って魚を寄せる効果がある。

 一つでは弱すぎるが、それが100個もあれば、弱めの懐中電灯くらいには辺りを照らせるはずだ。


 一瞬にして、俺の周辺に集魚灯が展開された。

 そして、次々と光り始めるそれら。

 まるで年末の歌番組の大トリのような輝きを纏った俺の眼前に、白と赤の渦が現れた。



「うおおお!?」



 暗い水中で、無数のハマダイ達が渦巻いている。

 白い個体、赤い個体、その数は半々くらいだ。

 昔、自然番組で見た、北海道のホッケの産卵期の映像がフラッシュバックする。

 魚体の大きさ故、その迫力はホッケの比ではない。

 魚体が擦れあって剥がれた鱗だろうか、渦の周囲をスパンコールのような光が包んでいる。

 そのあまりにも幻想的な光景に、俺は思わず見とれてしまう。



「痛てっ!! 痛って! 痛ててててて!!」



 俺の集魚灯に気付いた個体たちが、次々に体当たりを仕掛けてきた。

 80㎝クラスの魚体は、なかなかに重い。

 そして、ヒレが尖ってて痛い!

 俺はたまらずテレポートで脱出した。



「ど……どうだったっスか! って雄一さんネバネバじゃないっスか!?」



 命からがら逃げてきた俺の身体を、ミコトがタオルで拭いてくれる。

 そのタオルにこびりつく、白く、ドロドロとした粘液……。

 そして、透明な粒粒……。



「プフッ……雄一さんが……。フッ……子持ち昆布にされちゃったっス……。」



 ミコトが腹を押さえ、プルプルと震えながら呟いた。


用語解説のコーナー


・乗っ込み

 産卵期を迎えた魚が、浅瀬に集まってくることを言う。

 産卵期そのものを指して用いられることもある。

 関東ではタイの乗っ込みが有名で、春先になると釣り雑誌の一面は大体「乗っ込みマダイ」である。

 この時期に釣れる魚は、身の旨さもさることながら、抱卵していたり、白子を抱えていたりと、身以外の楽しみが多いのも嬉しい。



・集魚灯

 光を発し、魚を寄せる効果があるサポート仕掛け。

 ただし、逆に警戒心を強めてしまったり、魚種によっては避けられることもある。

 それを逆手に取って、釣りたい魚種に絞って狙うというテクニックも存在する。



・フィッシャーマンズ・ソウル

 直訳:釣り人の魂


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