第6話:収穫祭クエスト インフィートの名物を調査せよ 初日A
今日は水産資源調査のための、インフィート釣り巡りデーである。
「釣るぞー!」
「「おー!!」」
俺達は朝日を反射して煌めくインフィート直下の大湿原に降り立つ。
午前中はイズミコバン釣りだ。
晩夏の長雨は、無数の泉を一つの巨大な湖に変えていた。
辺りを巨大なサイ型動物が闊歩し、水草を食っている。
「おおお! 凄いっス! アレが前雄一さんが言ってたやつっスか!?」
「そうそう。あいつが掘った穴が深い泉になるんだよ。そこにイズミコバンが住み着いてんだ」
「あいつはバクフサイっていうんだ。夏の暮れの繁殖期には、頭から噴水みたいに水噴射するんだぜ」
「ふむふむ……。それはどういう意図なんスかね?」
「なんだったか? ああ、アレだ。合コン的なやつ」
「あー。求愛行動っスね」
合コンってこの世界にあんの……!?
そんなことを考えながらサイたちを見ていると、巨体の後ろを小さな個体がチョコチョコとついていっている。
頭の角を水面に出して、ピューピューと小さな噴水を出しつつ、母サイの腹下でお乳をねだるような仕草を見せていた。
あらかわいい。
「サイの妊娠期間は1年と3~4カ月っスから、あの子達は去年の夏に仕込まれた子っスね」
「仕込まれたとか言うな」
そんな微笑ましい光景を横目に見つつ、俺達は辛うじて残った陸地から釣り糸を垂らした。
夏と違い、水草は水面下1mほどまで沈み、気をつければ十分に根がかりを回避できる環境である。
水深が増したためか、ワニたちはどこかへ姿を消し、代わりに水鳥が水面で群れていた。
「おっ! 食ったぞ!」
早速マービーがイズミコバンをかけた。
竹製の竿がしなり、20㎝ほどの魚体が上がってくる。
俺とミコトの竿にもヒットし、同サイズの個体が釣れた。
「性別はメス。抱卵は……ないっスね。あと雄一さんが前に釣った個体より一回り小さいっス。ベイトは……やっぱり水棲昆虫っスね」
ミコトが早速イズミコバンの腹を開き、内容物を確認している。
時合でも魚の生態調査を優先するのが彼女だ。
ミコトにとっての釣りは、研究対象、及び食糧を確保する手段の側面が強い。
その手腕が、今回の調査の肝である。
俺とマービーは少しでも多くの検体を釣り上げるのみだ。
場所を何度か移し、魚を釣っていく。
特定の泉でしか魚が釣れなかった夏と違って、今は大抵どこでも魚がかかる。
それもちょうど20㎝クラスばかりである。
「前釣った個体は抱卵していたものもいたんすけど、今回はどの個体も抱卵や生殖器の発達が無い若魚っス。繁殖期は多分夏っスね。成長も相当に早いみたいっスから、秋に漁業資源として確保するのは全く問題なさそうっス」
「おっ! それじゃあコイツは収穫祭に出せるってわけだな」
マービーが嬉しそうに反応する。
いやしかし……若魚だろ?
と、俺が若干の懸念を抱いた時、ミコト既にはおろした身を口に含んでいた。
「ん~?」と、眉を顰め、首を傾げるミコト。
「若魚だけあって脂のノリは悪いっスねぇ……。料理に使ってもいいっスけど、最善の食材とは言えないと思うっス」
だよなぁ……。
必ずしもそうとは限らないが、魚は産卵期の直前が最も旨くなると言われており、逆に産卵からほど遠い個体はイマイチであることが多い。
「ちょっとコレ食べてみるっス」と、マービーの口に身を差し出すミコト。
マービーもまた、「ん~?」と首を傾げた。
よほど微妙らしい。
俺も一口いただくが……。
うーん……。んー? ああ~。
うま味が全然感じられない……。
夏に釣った個体とは大違いだ。
これ収穫祭で胸張って出せるレベルじゃないだろ……。
「これは一旦保留にした方が良いな。バーナクル産の海産物とガチンコ勝負できる味じゃねぇぜ」
マービーの言う通りである。
秋のバーナクルは、とにかく海産物が凄い。
ナギナタウオ、ベッコウイカ、マダラゲタ、ネイリサンマ等の秋を旬とする魚が勢ぞろいするのだ。
夏に食ったあの味が出せるなら、イズミコバンも物珍しさ込みで善戦出来るかと踏んだのだが……。
一応保留にしておいて、他も期待外れなら、こいつを何とか旨くする料理を考えることにしよう。
とりあえずサンプル分を確保し、俺達は一旦ギルド支部へと戻った。
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インフィートのギルド支部は樹木側の外壁に面した一等地に移転、リニューアルされている。
あのおっとりした三白眼お姉さんも、その移転と共に心機一転イメチェンを図り、ちょっと無理目なゴスロリメイド受付嬢と化していた。
何をどうやったらそこまで変わり果てる……。
まあ、恰好は様変わりしてもやっていることは以前と同じ読書なんだが。
相変わらず閑散としたギルド支部の、その環境と不釣り合いとも思えるほど立派な飯屋で午後に備えて腹ごしらえだ。
サステナの許可は取ってあるので、この後。俺達は地下ダンジョンに向かう予定である。
予定ではある……のだが。
「地下ダンジョンかぁ……。結局まだ行ったこと無いんだよな」
「マービーお前、案外旅先の釣りとかしないんだな」
「だーかーらー! 釣りする暇が取れねえんだよ! マジでクエスト中は息つく暇も無いって感じでさ。宿に入ったら疲れでバタンだぜ」
「大変なんスねぇ……」
「まあそれはそれで楽しいんだけどな。よし! そろそろダンジョンに向かおうぜ」
「ああ、ちょっと待って。ちょっとデザート食いたい」
「おいおい……、早く行こうぜ~」
こんな具合で昼食を終えてから小一時間駄弁っている。
これこそがクエストと同時進行中の、マービーパーティー移籍阻止大作戦の一環だ。
俺とミコトパーティーの自堕落部分を前面に押し出し、マービーの俺達パーティーに対する魅力を減退させるのだ。
マービーを欺くような真似をするのには罪悪感がある。
だがしかし、これもエドワーズパーティーとマービーのためだ。
俺達はあの地下ダンジョンが想像以上に狭いのを知っているので、小一時間程度のロスが何でもないことを把握しているのだが、マービーからすれば不安を覚えるに違いない。
「こんな時エドなら……」とか思ってくれるのならありがたい限りである。
ソワソワし始めるマービーの様子をチラチラと眺めながら、俺達は作戦の成功を確信していた。
のだが……。
「ちょっとそこの冒険者さん。これ試してみてほしいんだ」
不意に声をかけられ、顔を上げると、飯屋の見習い少女が、何やら半透明なゼリー状の物体を皿に入れて運んできた。
これは何かと尋ねると、インフィートの近くで収穫される木の実を使った新作デザートらしい。
その木の実の絞り汁を新鮮な水で溶くと、ゼリー状になることが最近判明し、それを柑橘の酸味を効かせた甘酸っぱいソースに絡めていただく新作デザートに仕上げたそうだ。
元の世界で言うとこの中華デザート、愛玉冰のようなものか。
あれも果物のペクチンが硬水で凝結してできるもので、実はゼラチン、寒天の類は用いられていない。
この新作デザートはペクチンを多量に含む特産品の果物と、インフィートの豊かな硬水が生んだ世紀の発明と言えるだろう。
ゼラチンや寒天が普及していないこの世界においては、かなり魅力あるデザートである。
「おお! うんめぇ! このプルプル感と爽やかさは他にはねぇな!」
「仄かに甘いのがいいっスね。食後にお口がサッパリさせられそうっス」
「そう! 良かった! 貴方達今この街の名物を大収穫祭で売り込もうとしてるのよね? 私のコレ、出展どうかしら!?」
「おお! 聞いたかユウイチ! こりゃナイスアイデアだぜ! 早速コモモとサラナに知らせてやろうぜ!」
「いや~、案外のんびりするのも悪くないな!」
「ひょっとしてお前らの大戦果のコツはこれか!?」
などと言って、勝手に俺達への好感度を上げていくマービー。
……あれ?