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第5話:ガンクツマス 上流のフライフィッシング




 暖かな春風を頬に受け、俺はボニート川の上を飛ぶ。

 川に沿って自生する木々や花々が淡く色づき、緑と黄色の美しい道が出来上がっている。

 今日のターゲットはボニート川上流に生息するガンクツマスだ。

 サクラマスやサツキマスによく似た魚で、春になると産卵のため川を遡上する。

 彼らは山間部の渓流で産卵するのだが、その途中、中流~上流で産卵のための体力づくり、すなわち馬鹿食いを行う。

 その間の食欲は凄まじく、小型魚、川虫はもちろんのこと、ヘビ、カエル、水鳥の雛、落水した小型哺乳類まで何でも食ってしまう。


 当然だが、ルアーやフライへの反応も抜群で、群れに当たれば1時間足らずで20匹以上の釣果すら期待できるのだ。

 個体によっては1mを超えるため、掛かった時の引きはスリル満点。

 現代技術で作られたルアーロッドすら満月型に曲げる程のパワーで釣り人を翻弄してくれる。

 さらに、川魚とは思えないほどの甘い脂がのり、生でも焼きでも最高に旨い。

 この国における春の味覚最高峰と言っても過言ではないだろう。


 村の子供たちからのタレコミでガンクツマスの遡上を知った俺は、ギルド帰りの疲れも何のその。

 急いで装備を整え、飛び出してきたのだ。

 ミコトもミコトで、「今日はガンクツマスのカルパッチョで酒盛りっス!」等と奮起し、大慌てで街へ飛んでいった。

 片や釣り、片や食にウェイトが偏ってはいるが、似た者同士だなぁとしみじみ思い知る。

 パーティーの不仲や離散の話をチラホラと聞く季節だが、俺達は転生、転送から今日の日まで喧嘩らしい喧嘩もなく、一つ屋根の下仲良く暮らしている。

 転生のオマケにされながらも、怒るでも、愚痴を垂れるでもなく、あくまでも俺を支えてくれる彼女には感謝の限りである。

 彼女をガッカリさせないためにも、立派なガンクツマスを釣り上げて帰ろう。

 そう心に誓いつつ、俺は桃色の花絨毯が広がる河原へ降り立った。




///////////////////////////




「釣具召喚!!」



 俺の手元に出現したのは、#10番、8ft(約2.5m)のフライロッドと、同じく#10番のラインと0Xのティペットがセットされたディスクドラグタイプのフライリール。

 元の世界では川の「イトウ」や海の「カツオ」等、大型でパワーのある魚に使われるような大物用ロッド&リール、ラインである。

 何せ1mを超える巨大淡水魚なのだから、これくらいの重装備は最低限必要だ。

 しかし実のところ、俺はフライフィッシングに関してほぼ初心者である。

 日本にいた頃、中古の小型フライロッドでカワムツやメバルと遊んだくらいのもので、今回のような大型魚に挑んだことはないのだ。

 去年はシーバスルアーで散々楽しんだので、今年はフライフィッシングで楽しんでみたいという欲が出たのである。



「えっと……。初めに糸出しておくんだよな……」



 フライフィッシングは仕掛けの投げ方から既に独特だ。

 重量のあるフライラインによって、1グラムにも満たないフライ(毛バリ)を飛ばす。

 そして、それを虫や魚に見立てて流し、魚に食いつかせるというものだ。

 ラインを常にリールから垂らした状態で保ち、それを手で操作するのだが、これがなかなか難しい。

 馬鹿食いシーズンのガンクツマス故、多少たどたどしくても食いついてくるだろうが、そういう時だからこそテクニックを掴み、より難しいターゲットに繋げられるようにしたいものである。

 #6番の太軸フライフックにカレイ釣り用のオレンジ毛玉(大)を3連で通し、釣具用瞬間接着剤で固定、そこにソフトルアー用のエキススプレーを噴射すれば、匂い付きイクラ型簡易フライの完成である。

 若干邪道な気もするが、まあ、ここは異世界。

 咎めてくる者はおるまい。



「ロッドを前後に振りながら、徐々に糸を出し、狙いたいポイントへフライを届ける……」



 以前読んだフライフィッシング入門を思い出しながら、川の真ん中にそびえる大岩の傍へフライを飛ばす。

 初めはあらぬ方向へ飛んでいたフライだが、10回、20回と繰り返すうちに、狙ったポンとの傍へ届くようになってきた。

 オレンジ色の玉が川の流れに乗ってユラユラと漂っていく。

 この時、フライラインが川の流れに捕まらないよう、宙に浮かせては上流へ戻す動作を繰り返す。

 これを“メンディング”と言う。

 なんでも、コレをやるのとやらないのとではフライの流され方に大きな差が出るらしく、警戒心の強い個体は全く食いついてこないとのことだ。

 だがしかし、今日のターゲットの警戒心はうすうす。

 0.01㎜にも満たない警戒心で、不自然に流れる3連イクラにバクリと食いついてきた。

 直後、水面に水柱が立ち、手に持つラインに強烈な衝撃が掛かった。



「うおぉ!? あっさり食ってきた!」



 心の準備も出来ぬまま、俺は生まれて初めてフライロッドで大物と対峙する。

 ラインのテンション(張り)を保ちながら、垂らしたフライラインを巻き取り、リールでのファイトに切り替える。

 やや緩めに設定したドラグ(魚の引きに対してラインを送り出すリールの機構)からジーとラインが出ていく。

 引きからしてそれほど大きな個体ではないが、川の流れに乗って走る力はなかなかのものだ。

 無理に引っ張ればぶち切られてしまうだろう。

 竿のしなりとドラグを利用して激しい引きを耐え、魚が大人しくなればリールを巻き取って距離を詰め、暴れ出したら耐え、を繰り返す。

 エサをたらふく食ったガンクツマスの体力はなかなか凄まじいものがあり、20分程度かけてようやく疲労を見せ始めた。

 その隙をついて一気にリールを巻き上げていく。

 俺は魚を取り込みやすい位置まで移動し、河原へずり上げた。

 

 美しい銀色のボディに走る赤い三角模様。

 頭から尾にかけてどっしりと伸びたボディライン。

婚姻形態に変化する前の、美しい姿だ。

 その美しさから「本流の女王」と呼ばれるサクラマスやサツキマスに勝るとも劣らない容姿に、しばし見惚れる。

 大きさは80㎝ほどだが、その体高のためかサイズ以上の迫力を感じる見事な雄であった。


 この美しい姿が拝めるのはおよそこの流域までだ。

 上流~渓流にかけて、オスたちは頭部をドリル状に変形させて、豊満な銀色の魚体は茶色一色の逆三角体形へと変化していく。

 そしてメスは、徐々に体調が縮み、でっぷりと肥えた金魚のような体形になり果てる。

 オスはまるで鉄のように固い頭部のドリルを使って川沿いの岩を掘削し、自身の産卵穴を作ってメスを呼び込み産卵させるのだ。

 体力を使い果たしたオスはそのまま果て、メスはその肥えた魚体を尾から産卵穴にねじ込み、塞いでしまう。

 そして何も食わず、エラとヒレで卵に新鮮な水を当てつつ、孵化するまでの数か月間わが子を守るのである。

 孵化したガンクツマスの子らは、腹下に付いた栄養嚢が無くなると同時に、母の亡骸を掘り進んで川へ出ていくのだ。

 釣り味、食味もさることながら、生態もなかなかに面白い魚である。


 その後も何匹か釣り上げたが、やはりシーズン初期だけあってまだサイズが小さいようだ。

 60~70㎝がアベレージサイズのようである。

 流石に産卵前の個体を釣りまくるのも気が引けるので、大ぶりな5匹をキープして帰ろうとした時、ピキッ!と、電流が脳内を走った。

 探知スキルが身に迫る危険を知らせているのだ。

 それもかなりの危機度のようで、探知音が頭の中でサイレンのように鳴り響いている。

 

 一先ず、クーラーボックスを家までテレポートさせ、釣具の召喚を解く。

 クエスト中とあらば、俺も即刻テレポートするのだが、ここはユーリくんらの村からほど近く、村の漁師さん達も時折利用する場所だ。

 危険の詳細くらいは知っておかねばなるまい。

 ギルドに討伐依頼を出すにしても対象:不明では受ける冒険者も減るし、報酬も割高になってしまうからだ。


 桜色に咲き乱れる河原の花園の周辺には、背の高い植物が生い茂り、視界を遮っている。

 どこだ……。

 視線を動かし、探知スキルの反応の変化で敵の位置を探る。

 ピーン……ピーン……ピッピッピ……と、まるで潜水艦のソナーのようだ。

 やがてある一点、藪が穴のように倒れている場所で、その反応がピークに達した。

 獣道だ……。

 魚を釣りたいがあまり全く気に留めていなかったのだが、本来先にチェックしたうえで避けるべき危険ポイントであった。


 この地域に生息している危険生物となると「突貫イノシシ」だろうか?

 いや……それにしては探知音が激しすぎるし、何より獣道がデカすぎる。

 俺の手には負えないようなレベルの危険度をもつ生物なのは間違いない。

 流石に恐怖を覚え、後ずさりをする。

 が、河原の不安定な小石につまずき、盛大に尻もちをついてしまった。

 その直後、獣道がザっと裂け、赤く巨大な何かが俺目がけて猛スピードで突っ込んできた。

 ピーン!と、魔力の防壁が俺の眼前に出現する。

 オート防御スキルだ。

 が、相手の壮絶なパワーに押され、俺は防壁諸共川の中に放り出されてしまった。

 川落ちは生存フラグなどという俗説があるが、その赤い敵は流水を蹴散らしながらこちらへ走って来る。


 熊……それもとんでもないデカさだ。

 背丈10mは優にあるだろう。

 冷水で冷やされて知能が冴えたのか、俺はこの状況下でも不思議なまでに冷静であった。

 飛行スキルで宙に浮き、2撃目を回避する。

 血のように赤い毛を持ち、伸縮する長大な爪、異様なまでに巨大な頭部。

 冒険者用の図鑑に書かれていた猛獣、「西血みどろヒグマ」だ!

 目にするのは初めてであった。

 下級魔獣などとは比較にならない巨体とパワー、タフネスを誇り、主食は人を含む大型哺乳類。

 図説によってはオークに比類する危険度とさえ言われている。

 奥地の深い森や深山に生息するはずの生物がなぜこんなところに……?


 熊は俺目がけて幾度か威嚇した後、ゆっくりともとの藪の中へ戻っていった。

 危なかった……。

 しかし安堵している場合ではない。

 村にこれを知らせ、ギルドに討伐依頼を出さねば……!



「釣具召喚!」



 錘に釣具リペア用ボンドを塗り、空から垂らしたそれで河原に散らばった熊の毛をいくつか回収し、俺は村へ飛んだ。




///////////////////////////




 俺が持ち帰った真っ赤な毛に村は大変な騒ぎとなった。

 これまでイノシシくらいしか見たことのない村なのだから当然だ。

 村長の指示の元、大慌てで村を囲う杭を補強し、最も頑強であろう集会所に簡易避難所をこしらえた。

 俺と村長の合名で緊急依頼をこしらえ、ギルドバードに括って本部に飛ばす。

 恐らく明日には手練れの冒険者が来てくれるだろう。

 少々高くつくかもしれないが、あんな猛獣に襲われれば村の壊滅は避けられないので致し方ない。

 

 もう日暮れが近い。

 猛獣の活動が活発化するのは夜。

 あの熊がガンクツマスを偏食してくれれば助かるのだが、この村にやってこない保証はない。

 依頼を受けた冒険者が来てくれるまでの間、この村を守れるのは俺達しかいないだろう。

 晩酌を楽しみにしていたミコトには申し訳ないが、今晩は寝ずの番と相成りそうだ。

 装備と助っ人を呼ぶべく、俺は一旦自宅へテレポートした。


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