第4話:いま、再びのインフィートへ
「久々のインフィートかぁ……。サステナ元気かな」
飛行クジラの窓の外を眺めながら呟く。
外の風景は、いつか見た延々と続く岩肌だ。
ただ、秋だけあって、そこに生える草木は美しく色づいている。
隣の席では、ミコトがヨダレを垂らして爆睡中だ。
ここのところ、以前より明らかにうたた寝が多い気がするんだが、こんなに寝まくるから肥えるんじゃないのか……?
「サステナ代表代行ならめっちゃ頑張ってるぜ。町の区画の再整備だろ? インフィートギルドの移転リニューアルだろ? デイス~カトラス用の地下トンネル工事だろ? 交易商会の代表も兼任してて、文字通り死ぬほど働いてて心配になるくらいだよ。オレ、少しでもあの子の助けになってやりたくてさ!」
俺の真後ろの席に座る金髪野郎が早口で言う。
随分惚れ込んでるようじゃないか。
「名物料理とかも作ろうとしてて、女子ウケのいいメニューのプロデュース依頼なんかもあったんですよ!」
「町の区画再整理のための技術者を探してほしいとかもあったぜ」
「トンネル掘れる人たちを探して来てっていう依頼にはなかなか苦戦したわよね~」
それを後ろから補足してくる女の子たち。
そう。
エドワーズパーティーもチームインフィートで参戦していたのだ。
キャラバンの護衛がてら、暫くインフィートに通っていた彼らもまた、サステナへのよしみがあったらしい。
ちなみに、顔なじみ繋がりで後輩チームも呼んだのだが、彼らはもうデイスの手伝いに申し込んでいた。
どうやら拠点を構えるギルド以外で申し込むのは駄目だと思っていたらしい。
少しでも多くの人手が欲しかったのだが残念だ。
久々の参加とあって、勝ちの目があまりにも薄いことから、インフィートには参加者が少ない。
下手をすると、冒険者は俺達くらいしか来ないかもしれないのだ。
俺は優勝も報酬も望まず、サステナを人手不足に困らせるのは忍びないと思って参加したわけだが、エドワーズ達は勝つ気満々だ……。
何なの彼ら主人公属性なの。
「オイ! ユウイチ! この下あたりが変な魚が釣れるポイントなのか?」
マービーが窓から身を乗り出して下を指さしている。
気が付くと既に巨木は目の前に迫っており、飛行クジラはいつか釣りをした大湿原の真上まで来ている。
「そうそう。ここで頭に吸盤のある魚が釣れるんだよ」と、俺も下に目を向け、そして同時に目を疑った。
以前は小さな泉が無数に点在している風景だったのだが、今のそこは、巨大な一つの湖のような姿に変わっていたのだ。
季節によって姿を変える湿原か!
そのことをマービーに話すと、「マジか! 釣れる魚変わってるかもしれねーな!」と、竿を振る仕草をする。
こいつすっかり釣りバカだな……。
俺も同じモーションで、後で行こうぜという意思を伝えていると、背後からチョップが飛んできた。
「今回は人手が少ねぇんだから遊んでる場合じゃねえぞ!? オラ! さっさと荷物まとめて降りる準備しろ!」
そうそう。
頼もしいことに、シャウト先輩も一緒だ。
デイスの実行委員会で参加する予定だったらしいが「オメーらだけじゃ不安だ」と言って付いてきてくれたのだ。
かつてない豪華メンバーだよ今回!
まあ、かといって優勝を目指せるかと言われると無理ゲーもいいところなんだが……。
やがて、飛行クジラはインフィートの飛行甲板へと接岸作業を始めた。
同時に、「ようこそインフィートへー!!」という大声が聞こえてきた。
ミコトが飛び起きるほどの声量が飛んで来る先を見れば、サステナが「目指せ優勝!」という横断幕を掲げてピョンピョンと飛び跳ねている。
……。
ちょっと優勝目指して頑張ってみようかな……。
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「この度はお越しいただきありがとうございます!」
そう言って頭を勢いよく下げるサステナと、インフィートの役人たち。
邪神教徒事件の時に比べて、その数はだいぶ増えている。
また、若い顔ぶれや、明らかに岩盤側の人間と思われるツナギを着たドワーフも見て取れる。
皆が古くからのしがらみを思い切り脱ぎ捨て、新たな時代へと羽ばたかんとする意欲に満ちた目をしている。
「悪ぃな……。デイスからの応援はアタシらだけなんだ」
シャウト先輩が少し気まずそうに言うが、彼らは嫌な顔一つしない。
うわあ! やめて!
そんな目で見られたら優勝は無理だろとか思ってた自分が恥ずかしくなるから!
「むしろ、私と馴染みのある方々が来てくれて嬉しいです! 人手はこの街全体で補いますので、皆様には思う存分お祭りを盛り上げる提案をしてほしいです!」
誰よりも輝いた目で見つめてくるサステナ。
そりゃそうだよなぁ……。
親父さんが夢見て、志半ばで台無しにされた都市内改革を受け継いで、その成果を大陸中にアピールできる絶好の機会だもんな……。
融合進む樹木側、岩盤側の丁度中心で、どちら側にもすぐ行けるよう作られた、掘っ立て小屋のような臨時代表室には、机とベッド、そしてインフィートの立体地図しかなく、彼女が睡眠以外の時間の全てを仕事に費やしているのがよく分かる。
マービーと目を見合わせ「こりゃ今回釣りはお預けだな」とアイコンタクトを取った。
致し方ない。
こんな情熱を見せられたら俺も頑張らなきゃってなるよ……。
「今私が考えてる案なんですけど」
と、インフィート産の良質な紙を使った企画書が広げられた。
・インフィート産の神木で作られた光るやぐら
・インフィートの木の実を使った料理屋台
・岩盤側で採れる岩塩を用いた料理屋台
・高品質鉄製品の展示、販売
・同じく宝石の展示、販売
の5つが、この街の会議で出た案らしい。
うーん……。
「これはパンチが足りないぞ……」
俺の考えをエドワーズが代弁してくれた。
実際、これは収穫祭に出すものとして弱すぎる。
特に宝石や鉄製品。
これは祭りの性質上、無くしてもいいくらいだ。
見に来る人らは大体食い物か派手な出し物くらいしか興味がない。
ラーメンフェスで包丁研ぎ屋を出すようなものだ。
「うう……やっぱり厳しいでしょうか……」
サステナも自覚はあったようで、がっくりと項垂れた。
木材や鉱物、水の資源は豊富な反面、食物の資源が極めて少ないのがこの都市の特徴なのだ。
周辺には村もなく、一部木の実や葉野菜、キノコ類を除いた殆どの食材……例えば肉や根菜、魚やスパイスは、少し前までカトラスからの飛行便で少量が凄まじい高値で届けられていた。
伝統の家庭料理などというものはなく、ディストピアじみた美味しくない固形栄養食がおふくろの味である。
デイスとの地上交易ルートが確立された今でも、自由な売買によって住民達の腹を満たすには足りないことから、生活に必須とされる分は配給制度を続けているとのことだ。
「一応、魚なら一定数確保できるとは思うっスよ」
ミコトがポケットから手帳を取り出しながら口を開く。
その手帳こそ、彼女がまとめている簡易生物図鑑である。
「インフィート」という付箋が付けられたページを開き、水産資源を企画書に記入していく。
「湿原のイズミコバン。地下ダンジョンのクツメ、それに同じく地下ダンジョン最下層の湖では海から入ってきた深海の魚が捕れるっス」
「もちろん、捕りつくして絶滅なんてことがないよう、資源管理と相談しながら捕らなきゃ駄目っスけどね」と付け足しつつも、彼女はそれを使った料理の出展を提案した。
これなら岩塩も有効活用できるし、調理法によっては新興インフィートが魅せるニューウェーブ的なヒットも見込めるかもしれない。
深海魚なんかはバーナクルでも滅多に漁獲されてないしな。
俺もミコトに同調して、その案を推奨する。
マービーも当然のごとく、ソワソワしながら賛同の意を示した。
「……オメェら釣りがしたいだけでソレ推してんじゃねぇだろうな?」
シャウト先輩が呆れ顔で俺達に尋ねる。
なので俺は堂々と「優勝と釣りで半々くらいです!」と答えた。
サステナはそれを聞いて「ユウイチさんらしいです」と楽しそうに笑っている。
シャウト先輩は、一つ大きなため息をついた後、俺とマービー、ミコトに水産資源の調査と、現地スタッフへの漁獲指導を指示してくれた。
ただしその代わり、指導が落ち着いたら他部門の手伝いに来いという指示と「遊んでばっかいたら承知しねーぞ!」という気つけの電撃チョップを食らったのだった。