第3話:ボニートカミツキハゼの天ぷら風
「ほへ~……。これまた特徴的な口した魚っスね」
釣って帰ったボニートカミツキハゼを、ミコトが弄っている。
ヒレを広げたり、口を開けたり閉じたり、そこに指を突っ込んだり……。
「口めっちゃ柔らかいっすね。よく伸びて、しかも中はヌルヌル……そして奥に第2の顎があるって、地球外生命体みたいっスよ」
ホラ、と、ハゼの口をビロンと伸ばして見せてくる。
確かに、なかなかの伸びだ。
捕食時に口が前方、または下方に伸びる種は多いが、このハゼの口の伸び率はその上位グループに入るだろう。
「この口で底生生物を吸い上げて、奥の顎でかみ砕くんだと思うんスよ。そんで口の柔らかさは……なんスかね?」
「さ……さあ? 釣ってる時は針がかかりづらい以上のこと気にしてないからなぁ」
「むー……。そこまで報告書に書きたかったっス」
むくれつつも、ミコトはハゼを捌き始める。
50㎝クラスが4匹なので、相当の食いでがありそうだ。
「2匹は焼き干しにして戦闘用携帯食にするっス。後の2匹は揚げ物にしてみるっスよ」
そう言いながら、彼女は手早く開いた2匹を串に刺し、かまどの上に置き、炙る。
その間にもう2匹を3枚におろすと、それを一口サイズに切り、バットに並べて塩をする。
その傍ら、俺が召喚したガスコンロに鍋を置き、コーン油を注いで加熱。
相変わらず手際いいな……。
油が温まる前に、ミコトは溶いた小麦粉に塩をした切り身を落とし、衣をつける。
切り落とした立派なヒレや、プルプルのコラーゲン質を含む頭も一緒に揚げるようだ。
ミコトが鼻歌を歌いながら、ご機嫌にお尻を振りつつ、その切り身たちを十分温まった油に投入すると、ジュウッと軽快な音と共に、香ばしい匂いがフワッと広がった。
魚が揚がっている間、彼女は季節の野菜やキノコも衣に浸し、魚と入れ違いでそれらを投入した。
今度は甘みを含んだいい匂いが香ってくる。
揚げ物は音も匂いも良いものだ。
転生前に築地で行ったちょっといい天ぷら屋も、目の前でネタを揚げてくれて、音と香りを楽しませてくれたっけ。
そんなことを思い出していると目の前に大皿がゴトリと置かれた。
「はい! 大ハゼと季節のお野菜の天ぷら風っス。お塩とスパイスで召し上がれっス!」
「おお! これは凄いな!」
思わず声が出た。
広げた状態で揚げられたヒレが大皿を彩り、姿造りのように美しく盛り付けられたハゼの天ぷら。
その裏を支えるのは、枝ニンジン、渦玉ねぎ、アツダケ、ボニートシメジなどの、旬の野菜、キノコだ。
「お先にっス!」
俺がその皿に見とれている間に、ミコトがハゼの身を一片、口に放り込んだ。
「美味しいっす! ホックホクっスねこれ! ちょっと水っぽい身質でしたけど、揚げたらそれが飛んでいい感じっスよ」
幸せそうに頬を緩めるミコト。
俺もハゼの身を一つ箸で掴み、とりあえず塩だけで食べてみる。
お!
こりゃ旨いな!
ミコトの言う通り、ホクホク、フワフワの身だ。
少し大味に感じるものの、ハゼの仲間特有の甘みのある身がたまらない。
今度はスパイスと塩をつけてみる。
ほほう……。これもまたなかなか……。
ピリッとした爽やかな刺激と酸味がハゼの甘みを際立たせ、塩だけとは異なる味わいだ。
「スパイシーミントにイエローハーブを刻んで混ぜてみたんスよ。どうっスか? 私のスパイスさばきは!」
「うん。お見事。ミコト最近ますます料理上手くなった感じがするよ」
「えへへ……。買い物がてら揚げ物屋台のおばちゃんに味付けを色々教えてもらったんスよ。雄一さんに美味しいご飯食べて欲しいっスからね」
「結果お腹こんなになっちゃったスけど……たはは……」と、笑うミコト。
そういえば、いつもは俺と取り合いになるのに、今日は全然食べないな……
「ダイエット中っスから!」
そう言ってフンと胸を張るミコトだが、彼女の腹からギュルルと虫の音が聞こえてくる。
これまでなら、「やっぱ明日からにするっス」などと言って再び食い始めたのだろうが、今回はよほど意志が固いらしい。
代わりに、玉ねぎやキノコ、ユーリ君が届けてくれた人面ナスとブリームカラシを使った特性ダイエットスープを頬張っていた。
カラシが効いているのか、彼女は汗びっしょりだ。
「ああ、そうだ」
新しい種類の魚を食ったら効能をチェックしないと……。
本棚の上に、ミコトのそれと並んで置かれた俺の指輪を取り、左手の薬指に嵌める。
魔力満タンを示す中央の青いバーがまず光り出し、それに続いて、右上の緑色のラインが発光を始める。
そして、これまで光ったことのない、装飾品の小さく丸い宝石が光り出した。
ふむ……。
一つ目は補助魔法強化。
ヨロイゴチと似た感じか。
底生の魚は、補助効果のバフ作用が多いようである。
この白いのは……なんだろ?
まだ、俺達はこの指輪の機能を完全に解明できていないのだ。
説明書とかあればいいんだけど、そんな便利なものはない。
シャウト先輩も、魔力残量表示以上の機能は教わらなかったそうなので、俺達は効能が明らかになっているバフ食材との食べ比べや、模擬戦闘でそれを解き明かしていくしかないだろう。
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そうそう。
もう二つ分かったことが、魚のバフ効果は、釣り上げた人が食わないと効能が薄いということと、旬の魚でなければ、高い効果は出ないということだ。
これまであまり知られていなかったのはそこである。
わざわざ自分で魚を釣って、クエスト用に料理して食うなどということをやっているのは俺達くらいだ。
恐らく、魔物を倒すとジョブスキルが魔力を吸収して進化していくのに似た作用が働き、釣った人のみの高効果をもたらすのだろう。
旬の魚は、産卵や荒食いなどにより生命力を蓄えているので、その効果がより大きくなるものと推察できる。
「これはヨロイゴチの代わりの魔法バフになるよ。魔法使ってくる敵との戦いや、テレポートを多用する必要があるときに使う」
「了解っス。んじゃ似た効能持ったスパイスと塩をまぶしておくっスよ」
ミコトはそう言って、遠火の強火で焙られ続けていたハゼの身を火から下ろし、俺の召喚した干し網に入れ、窓際にぶら下げた。
涼しい秋風が、こんがりと焼かれた魚を揺らし、良い香りを漂わせる。
インフィートへの出発は明後日だ。