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第2話:ボニート川下流のハゼ釣り




 インフィートに向かうのは3日後。

 それまではちょっと釣り貯めしておきたい。

 何せインフィートの周辺は釣れる魚種が少ないし、大収穫祭準備とあらば、釣りをする暇もなくなってしまうに違いない。

 と、いうことで、俺はボニート川の下流域までやって来た。

 片道徒歩4時間だが、まあ、日帰りできる範囲だ。

 しかし、なぜ徒歩なのかというと、今回は同行者がいるのである。



「いや~、ボニート川ってやっぱデカいよな。こんなに歩いても海が見えねえんだぜ」


「ぜぇ……ぜぇ……お二人とも体力ありますね……」



 俺の前を歩くのはエドワーズパーティーの格闘家、マービー。

 後ろからついてくるのは新米パーティーの同じく格闘家、ラルスである。

 デイスの釣具屋でばったりと会ったので、釣りに誘ったのだ。

 基礎体力が抜群のマービーは、釣り具に加えて戦闘用装備を背負っているにも拘らず、全く息切れを起こしていない。


 逆にラルスは、ジョブの割に随分虚弱なようだ。

 俺は飛行スキルの形質変化で体の負担を軽減しているのでかなり楽なのだが、それを差し引いてもちょっと体力が無さすぎるぞラルスくん……。

 まあ、今は楽しい趣味の時間。

 そういう仕事の説教はやめておこう。


 適当なところで河原に下り、釣り座を構える。

 すすきのような植物の穂が辺り一面に茂り、いかにも秋の河川敷といった具合だ。



「よっしゃ! 釣るぜ!」



 マービーが背負子から木製のクーラーボックス兼椅子を下ろし、テキパキと竿を組む。

 知らない間に4本も竿を買っていた彼女は、その中でも小物用の細く、やや長い竹竿を使うようだ。

 しかも、今回の釣り場はマービーの紹介である。

 ここ数カ月で随分ハマったな君……。


 俺も釣具を召喚し、パイプ椅子に腰かける。

 小物用ちょい投げロッドに、PE0.8号を巻いた1500番のスピニングリールを装着。

 2号のオモリを装着したちょい投げ天秤に0.8号のナイロンハリス+キス針7号の一本針仕掛けをセットした。

 そこに召喚した人工イソメを刺し、ちょい投げする。

 仕掛けはおよそ50mほど飛び、着水した。

 投げ釣りの界隈では鼻で笑われるような飛距離だが、この世界の釣具では次元の違う飛距離である。



「おお~! やっぱお前の召喚する釣具は性能が段違いだな! あれにゃ敵わねーわ!」



 マービーが歓声をあげる。



「ただ、ここの釣りはちょっと変わってんだぜ? お前に見破れっかな?」



 そう言った矢先、彼女の竿がグッと曲がった。

 しかし、彼女はアワセない。

 穂先をゆっくりと下げ、糸を弛ませる。

 おいおい……。

 そんなことしたら針飲まれるか、吐かれるかするだろ。

 いや……。

 それとも何か考えがあるのか……?


 俺がマービーの動きに注目している間に、俺の竿にも魚信が来た。

 すかさずアワセを入れると、「にゅるん」という感触と共に、竿に重みが乗った。



「おし! 食っ……た? あれ?」



 しかし次の瞬間には、俺の竿は真っ直ぐになり、重みも消え去っていた。

 あれ?



「あっはっは! アタシも最初それやっちゃったんだよ! さーて……答え合わせといこうか! それ!」



 楽しそうに笑うと、彼女は竿をゆっくりと立てる。

 そこには、確実に重量が乗り、魚が暴れているのが分かった。

 やがて、水面に魚影が浮かんでくる。

 30㎝くらいの、細長い魚体だ。

 マービーは落ち着いて掬い網を水面に入れ、そこへ魚を誘導する。

 手慣れてんな……。



「ほいっと! “ボニートカミツキハゼ”いっちょ上がり!」



 彼女が愛用の手鉤を魚の口にかけ、俺の目の前に掲げる。

 見事なサイズのハゼと、その奥で笑う赤髪の元気娘。

 釣り雑誌の表紙にでもなりそうないい画である。



「すげぇ! これがさっきのアタリを出した魚なのか?」


「おう。その通りだ。こいつの口の中見てみな。お前なら一発で分かると思うぜ」



 そう言われ、その大口の中を覗き込む。

 すると、確かにその理由が分かった。

 ハゼの唇には、歯が一切生えておらず、口の中はヌルヌルの分厚い粘膜に覆われていたのだ。

 しかも、唇は相当柔らかく、簡単に口切れを起こしてしまいそうだ。

 粘膜が針を滑らせて、針がかりを妨げ、仮にかかっても、口はあっさり切れちまうってわけか……。

 そして、喉の奥に見えるのは……。



「うお!? もう一個口がある!」



 何とこの魚、喉の奥にもう一つ口を備えていたのである。

 それも凄いギザギザとした、凶悪そうな口だ。

 そしてそこに何か赤いものが……毛糸!?

 赤い毛糸がギザギザの歯に挟まっているのだ。

 成程……そういうことか……。



「この魚は針がかりしにくく、針がかりさせてもすぐに口切れしちまう。だから太めの毛糸を撚ってエサ代わりにして、奥の口の歯に絡みつかせて釣るってわけかい」


「その通り! 流石フィッシャーマスターだな! アタシ、最初この釣り方聞いた時ポカーンだったぜ」



 実はこの釣り方、日本にも似たようなものがある。

 宮城県は松島湾の伝統漁、「数珠子釣り」だ。

 針のない仕掛けに、数珠のように撚ったゴカイを結び付け、ハゼにエサを飲み込ませて釣るのだ。

 数珠状に撚られたコブの部分が喉に引っかかり、ハゼはそれを吐き出せなくなって釣られてしまうという、非常にユニークなものである。

 針を使わないことから魚体を一切傷つけないので、極めて美しい状態で漁獲できる。

 それ故に、この漁法で釣られたハゼは、見た目にも気を遣う料亭など向けに高価で取引されると聞く。


 実際、マービーの持つ大ハゼは、とても綺麗な状態だ。

 よく見ると背中に青い斑点があり、大きく広げられたヒレは美しく透き通っている。

 日本のハゼクチにイトヒキハゼを組み合わせたような姿である。



「ほら! ユウイチもこれで釣ってみな! なかなかハマるぜこれ!」



 そう言って、マービーは太い毛糸を俺に差し出してくる。

 マービーお前……。

 最高の釣り仲間かよ……。


 彼女に教わるがままに、毛糸を撚り、ナイロン糸に結び付ける。

 仕掛けも中通しオモリのブッコミ仕掛けに変更だ。

 再び、ちょい投げで川の落ち込みに仕掛けを放り込む。

 するとすぐにアタリが来た。

 ここで慌てず、糸を送り込む。



「大体30秒くらい待つんだ。その間にあいつらは毛糸を飲み込んで、奥の顎でそれを咀嚼し始める。アワセは入れるなよ。ゆっくり引くんだ」



 隣に腰かけるマービーの指示に従い、毛糸を飲み込ませていく。

 この感じ、房総の船ヒラメ釣りみたいだ。



「よし! 引き上げてみ!」


「オッケー! いい感じにノッたっぽい!」



 竿をゆっくりと立てると、グニョングニョンと身体を振る振動が伝わってきた。

 秋の大ハゼをかけた時の感触を、もっと重厚にした感じだ!

 おお! これ結構気持ちいいかも!

 マービーの指示通り、ゆっくりと巻き上げる。

 やがて魚体が水面に浮かび、それをマービーが掬い上げてくれた。

 サイズはなんと50㎝!

 こりゃデカい!



「うおおおお!? こんなデカいの見たことねぇぞ! やっぱお前の釣具は違うなぁ!」



 と、マービーも大はしゃぎだ。

 一般的に、ハゼは大物程深場に居つく。

 俺の仕掛けは、この世界の釣り竿で探れないような距離の魚を捕らえることができたというわけだ。


 召喚したクーラーボックスに大物を入れ、アイスショット、ウォーターショットで氷水を入れる。

 折角の綺麗な魚体だ。

 氷締めで傷つけずに〆るとしよう。



「ん? そう言えばラルスは?」


「あれ? さっきそこで釣り竿組んでたような……」



 俺達が振り返ると、未だに仕掛けのセッティングで苦戦するラルスくんがいた。

 竿を組んだはいいものの、上下でズレ、道糸が竿に沿ってスパイラルしている。

 道糸とハリスの結束も甘く、コブのようになっていて……。



「「あー! もう! じれったい!」」



 俺達は二人で彼の仕掛けセッティングを手伝い、釣りのレクチャーを手取り足取り行った。

 いかん……楽しい趣味の時間が説教じみた時間になってしまう……!

 と思ったが、手際の悪い後輩に世話を焼きたくなるのもまた釣り人の性……。

 今回はその本能に従うことにした。




////////////////////




「うう……無事釣れて良かったです……」



 小一時間後、そこには元気なハゼをぶら下げるラルスくんの姿があった。

 おせっかい焼きで口うるさい先輩二人の熱烈指導で、軽く涙目だ。

 いかん……やりすぎた……。

 俺って釣りに関しては結構厳しい奴なのか……?



「お……おめでとう! それとごめんな! アタシちょっと怖かったよな!」


「俺もごめん! 釣り始めたばっかだから、そりゃなかなか上手くできないよな! マジでごめん!」



 とりあえず全力で謝る。



「いえ! いいんです! ボク結構不器用で……。ご指導ありがとうございました!」



 袖で涙を拭い、彼は再び真っ直ぐな瞳で俺達を見返してくれた。

 よかった。

 立ち直ってくれたみたいだ。

 異世界でパワハラ先輩にはなりたくないもんな……。

 とりあえず、彼の帰りの荷物は俺が持つことにしよう……。


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