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第1話:豊穣と別れの季節




 豊穣の秋を迎えたデイスは大賑わいだ。

 交易品に農作物が大幅に増え、同時に、コンガーイール方面及びバーナクル、インフィートからの繊維、油、魚介類、神木材、鉄鋼、鉱石なども増加。

 交易市場は大陸各方面からの買い付け業者らでごった返し、彼らのための宿場町には屋台が立ち並び、至る所でやれ飲み物だ、食い物だ、衣服だ、と威勢のいい呼び込みの声が上がっている。


 辺り一面から立ち上る旨そうな匂いに、ミコトが引き寄せられていく。

 彼女が歩いて行った先の屋台は、最近デイスで流行りの揚げ物屋だった。

 大鍋の中で、細長い魚の切り身がいい音を立てている。



「うわ~……カワカマスのチーズはさみ揚げっスよ~。美味しそうっスよ~」


「お前痩せたいんだよな……?」


「ま……まぁこれくらい食べても大丈夫っスよ……。今晩一回分のカロリーでっ! いやあああ! お腹引っ張っちゃ嫌っス―!!」



 早くも意志を失いつつある食いしん坊天使の腹を摘まんで引っ張り、揚げ物屋台から引き剥がす。

 屋台のおばちゃんは「ミコトちゃんまたおいでー」とにこやかに笑っている。

 さては……買い物ついでにここに入り浸ってたな……?


 豆腐のような意志を持つパートナーを引っ張り、屋台街を抜けていく。

 やがて、食い物、飲み物の区画を抜け、衣装屋台街に辿り着いた。

 ここまで来たら大丈夫だろう。



「うー……。雄一さんのイジワル~」


「イジワルな奴だったら今頃思う存分屋台で飯食わせてるわ! 全く……悦楽主義天使め」



 ポヨンポヨンと跳ねる彼女の腹をつつきながら、ギルド本部に向けて衣装屋台街を歩く。

 所狭しと並んだ衣服が屋台の屋根までぶら下がり、まるで布のジャングルだ。

 ミコトはあまり衣服にこだわるタイプではないが、興味がないわけではない。

 気に入った服が目に入ると、ちょくちょく足を止める。



「可愛いっスね~これ。うっ……! スリーサイズが私には無理なやつっス……。ウエストが……。あ……コレも……」



 ほら、言わんこっちゃない。

 彼女が気になった服は、悉く今の三段腹を受け入れてくれないものだったのだ。

 どうやら今のデイスの流行りは、腰回りが細い服らしい。

 ミコトが着たら腹とへそが出るようなものばかりだ。



「うう……流行は残酷っス……」


「君の場合、自業自得なとこあるけどな……」



 シュンとして肩を落としたミコトはなんか……丸まったチンチラみたいで……。

 うん……。

 これは言わないでおこう。

 交尾の習性とか言ってまた襲ってくるかもしれないし……。



「あ! ユウイチさーん!」



 名前を呼ばれ、振り向くと、見覚えのある青髪眼鏡少女が立っていた。

 新米パーティーの魔導士「ビビ」だな。

 真っ白なドレスに身を包んでいる。

 ていうかウェディングドレスだよねそれ!?



「え! 君結婚するの!?」


「ちっ……違いますよ! 私、今呼び込みのバイトしてるんです。私達まだクエストで稼げるほど装備も腕もないですから……」



 彼女の立っている屋台に目をやると、パーティー4人が勢ぞろいしていた。

 リーダーのタイドは身軽そうな盗賊風衣装。

 レフィーナは勇ましい戦士風衣装。

 そして格闘家のラルスくんは……いやその……。

 へそ腋丸出しの……メイド服……だよね?



「あんまり見ないでください! ボクこの服……ちょっと恥ずかしいんです……!」


「あ……すまん。しかしなんでまたそんな……」


「うふふ……彼が可愛かったからついつい……ね?」



 布のジャングルをかき分けて、屋台の奥から現れたのは、赤翼のハーピィ、エルフィンさんだった。

 エルフィンさんそんな趣味あったの……?



「あら? 可愛いに男の子も女の子もないわよ? もちろんカッコいい、美しいもね」



 そう言ってエルフィンさんは4人の背を翼で叩いた。

 赤い翼が彼らの後ろに広がり、まるで赤幕のように4人を映えさせる。

 うむ……並んでるのを見ると、確かに皆よく似合っている。

 エルフィンさんは彼らの顔立ち、スタイル、そして心にまでもバッチリ合わせたと豪語しているが、その言葉に嘘はないだろう。


 俺の隣のミコトは、ビビの着ているウェディングドレスを食い入るように見つめている。

 ビビは、胸のサイズはそれほどでもないが、ウエストはキュっと締まり、タイトなドレスのラインにピタリと合っている。

 ふんわりとしたレース素材の装飾が、彼女の柔らかな雰囲気を強調し、まさに優しいお嫁さんだ。



「私、ちゃんと痩せるっス……」



 その呟きには何か、これまでにはない強い意志を感じた。




////////////////////




 ギルド本部前噴水広場もまた、賑わいを見せていた。

 これから冬にかけてのかき入れ時だけあって、パーティーを組んで大掛かりなクエストに挑む者が多いのだ。

 ただ、それ故に人死にの多い季節とも言える……。

 俺の同期も何人かが去年の秋に命を落とした。

 そういえばエドワーズ達は大丈夫だろうか……。

 また長期契約でキャラバンの護衛任務についてるそうだが。


 そんな不安を抱きつつギルドの門をくぐる。

 生憎、エドワーズ達の姿は無かった。

 ただ、メンバー札は健在だったので、彼らの無事は確認できる。

 しかし……。

 既に冒険者何人かの札に黒い花輪がかけられていた。

 中には見知った仲の者もいて、ブルーな気分になる。



「おうオメーら。久しぶりじゃねーか」



 シャウト先輩が肩を叩いてきた。

 あれ?

 なんか普段よりテンション低い?

 いつもなら週1くらいで顔出さないと怒るのに。

 あとなんか……酒臭い!



「知り合いが一人逝っちまってな……」



 そう言うと、彼女は俺達を食堂に誘った。

 いつになく弱った先輩に面食らいつつ、俺達は彼女についていく。



「はぁ……。やっぱアタシと絡むと運気が落ちんのかなぁ……? チッ……」



 彼女が陣取っていた席には、既にジョッキ樽が山積みになっていた。

 うわぁ……こんな飲んでたの……?

 先輩がちょいちょいと自分の横の席を叩くので、素直にそこへ座る。

 すると、先輩は俺達の肩に腕を回し、思い切り抱き寄せてきた。

 く……苦しい……。



「お前らは死なねえよな?」


「だ……大丈夫だと思いますが……」


「ミコトも死なねぇよな?」


「大丈夫っスよ……」


「お前らぁ……いい舎弟だなぁ!」



 そう言うと先輩は机に突っ伏し、グーグーといびきをかき始めた。

 BBQの時も思ったけど先輩って案外繊細だよな……。

 ギルドの受付からタオルケットを借り、先輩の背中にかけておいた。




////////////////////




「お!! コレいいんじゃねぇの? 大収穫祭準備クエスト。色んなとこ巡ることになりそうだ」


「これ楽しそうっスね。予測危険度も低いですし、お祭りに貢献できるじゃないっスか」



 秋の終わりに、デイスでは一大イベントがある。

 それこそが大収穫祭だ。

 普段から何かにつけてお祭り騒ぎのこの街ではあるが、大収穫祭はその規模が全く違う。

 大陸西の全商会がデイスの中心街に大やぐらを出し、それぞれの一年回の豊穣を競うのである。


 各地の名産品を使った食事が格安で振る舞われ、また、それ単体では輸送費だけで足が出てしまうような希少食材も販売される。

 出店も立ち並び、旅芸人の一座なども多数集まり、最終的に、最も祭りを盛り上げた商会が優勝となる。


 特典などは無いが、大陸中央や国の役人も多数訪れるこの祭りで優勝すれば、商会の名を売ることにも繋がるし、名産品、特産品を売り込むチャンスにも恵まれるというわけだ。

 それ故に、各地の商会は全力を尽くしてこの祭りに挑むのである。


 さて……。

 どこの商会のクエストを受けようか……。

 大収穫祭準備クエストは、最初に受けた商会以外のものは受けてはいけない規定となっている。

 優勝した商会についていると、特別報酬が貰えるのだ。

 故に、最初の商会選びが重要である。


 商会ごとのクエストの内容を見比べる。

 

 デイスのギルドは主催者側なので、裏方仕事がメインだ。

 基本報酬は高いものの、特別報酬がない。

 去年はコレを受け、俺は延々と商会直営屋台でトウモロコシを焼いていた。


 それに次いで基本報酬が高いのがバーナクルの商会だ。

 内容は海産物や希少品の採取がメイン。

 まさに俺向きのクエストに見える。


 ランプレイ方面の商会連合は、やはり輸送護衛がメインとなっている。

 カトラスの商会は、名産品の輸送と、屋台手伝い。

 うーん……パスかなぁ……。


 やはりバーナクルで海産物採取か。

 と、申し込み用紙を取ろうとした時、隅に張られたクエスト依頼書が目に入った。



「インフィート商会……ね」



“インフィート商会、近年初参加です。何をすべきか、右も左も分かりませんが、一緒に出し物を作って盛り上げてくださる方を募集いたします”

“インフィート商会臨時会長 兼 インフィート代表 サステナ・ネレイド”

 と、書かれたそれには、誰のエントリーも為されていないようで、申込用紙は全く減っていない。



「なあミコト」


「はい! ご一緒するっスよ!」



 俺の問いかけに、ミコトは何の疑念も抱くことなく、二つ返事を返してくれる。

 俺は申込用紙を一枚ちぎり、俺とミコトの名を書いて受付に提出した。


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