エピローグ:残暑の河原にて
各地で同時多発的に起きた邪神教の襲撃はひとまず去った。
同時に、デイスのギルドが清く正しい尋問の末に得た情報、それ即ち邪神教がフランチャイズ方式の悪の組織というものは、彼らへの対策に一石を投じることとなった。
末端を潰そうが捕えようが、全てのトップとなる人物には辿りつけず、同時に、上部組織を潰しても末端組織は止まらないという非常に厄介な性質を持っているのである。
その性質上、国へ悪意を持った連中がいる限りいくらでも増えるというのも厄介だ。
組織ごとに理念も、行動も異なるのも厄介だ。
それでいて皆が「大魔封結界岩」の破壊を一応ながら目的としているのも厄介だ。
人材が玉石混交故、強さ自体は国を揺るがすほどではないものの、とにかく厄介なのだ。
シャウト先輩によると、今後も定期的なギルド間交流をしつつ、彼らと戦っていこうという非常にフワフワした結論で会議は終わったらしい。
先輩が「時間返せボケ!」とお偉いさんに吼え、あわや近衛兵と激突という場面もあったらしい。
誰よりも早くギルド本部に戻り、俺達やエドワーズの安否を聞いて回っていたあたり、襲撃事件について気が気ではなかったんだろうなと思う。
いやはや……。
いい先輩です。
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「雄一さーん! こっちはもう準備万端っスよ~!」
「ちょ……ちょっと待ってくれ! もう釣れるから!」
さて、去るものあれば戻るものあり。
シャウト先輩や、エドワーズ達は無事それぞれの出先から帰ってきた。
久々に仲のいいメンバーがデイスに集ったということで、俺達はボニート川の河原でBBQなどと洒落込んでいる。
俺はもちろん竿を出し、セグロハヤの泳がせで今が旬の大物を狙う。
「おーい。とりあえず食えるもん食おうぜ~」
「そうだそうだー。乾杯くらいさせろー」
シャウト先輩とエドワーズが俺を急かしてくる。
そして、その間でオドオドするのは後輩4人組。
パーティーメンバーが早くも2人減り、落ち込んでいたところを誘ってあげたのだ。
あの戦いで重傷を負った2人は、対人戦がトラウマになってしまい、冒険者の道を諦めてしまったそうだ。
残念だが、命を落とさなかったのは幸運だ。
彼らが別の道で大成することを祈ろう。
しかし……。
どうもアタリがない。
まだ時期尚早だったか……。
一向に魚信のない竿を竿立てに置き、ドラグを緩め、皆の元へ小走りで向かう。
既に皆のジョッキには麦酒が注がれていた。
俺もミコトからそれを受け取る。
ほんのりと柑橘の香りがした。
ほほう……スティックレモン入り。
レモニックビアカクテルとかいうやつだな。
「それではシャウト先輩。一言よろしくお願いします!」
ミコトの言葉に、皆の視線が先輩に集中した。
意外とこういうのに慣れていない先輩は一瞬たじろいだが、すぐに呼吸を整えて口を開いた。
「えーっと。とりあえずデイス組はよく頑張ったな。特にユウイチとレフィーナの健闘は、都の方にも号外が来てたぜ」
不意に褒められ、思わず頬が緩んだ。
逆にレフィーナは、ガラの悪さで有名な先輩の視線にビクビクしている。
ははは……。
俺も先輩に絡まれ始めた頃はこんなだったっけ。
「エドワーズ達もここ最近の活躍はすげぇぞ。デイス襲撃とほぼ同時に起きた邪神教徒によるインフィート攻撃を未然に防いだし、地味ではあるがキャラバンの護衛契約で大陸西方の交通、流通の基礎を支えてくれてるな。商会がまた今度もお前と長期契約結びたいって言ってたぜ」
「マジっすか! やったー!!」
その言葉に、エドワーズはグッとガッツポーズを決めてみせた。
他のメンバーも同じポーズを取り、4人で拳をぶつけ合い、やがては「うおおおお!」と叫び、抱き合ってグルグルと回りだす。
何だお前ら!
運動部とかの伝統の気合入れか何かか!
先輩はその回転めがけて拳を突き出しながら、後輩くんたちに目を向けた。
「んでお前らだが……」
自分たちの回転を利用され、見事な4連ゲンコツを食らい、蹲る先輩チームを目の当たりにし、少し緊張した面持ちになる後輩くんチーム。
「何はともあれ無事でよかった。引退しちまった奴らは気の毒だったが、お前らはそいつらの分まで頑張りな。命を危険に晒さない程度でな」
そんな気の利いた言葉に、彼らの表情がぱっと明るくなった。
ヤンキーが雨の中子犬拾う現象ではないが、先輩の不意に見せる根の優しさはズルいと思う。
そうやって皆に一瞥をし、先輩はジョッキを上に掲げる。
俺達もそれに倣った。
「よし、それじゃそれぞれの健闘と久々の再会に!」
乾杯! と言おうとした直前。
「リリリリリリリ!」と鈴の鳴る音が河原に響いた。
うお!? アタリだ!!
ミコトにジョッキを渡し、竿の元へ急行する。
「オメーはよぉ……」と先輩の呆れ声が聞こえてきたが、すみません、釣り人の性なんです……。
竿を大きく立ててアワセを入れれば、ガン!という固い手ごたえと共に、激しい引きが襲ってきた。
ビューン!と川の流れに乗って突っ走るその引きは、相当の大きさを予感させる。
「うわー! 雄一さん大物っスよ! 頑張るっス!!」
ミコトが声援を送ってくれた。
先輩やエドワーズ達も呆れ気味ながら、俺の竿が大きく曲がる様を見て、口々に「デカいぜありゃ」とか「ユウイチくんファイト―!」とか「旨い魚だといいなー!」とか言っている。
仲間と釣りに行く醍醐味は、やはりこの感覚……周りと興奮を共有できるところだろう。
今回はちょいと間が悪かったがな……。
しかしこの魚……。
放っておいたらどこまででも下っていきそうな勢いだ。
ラインは300m巻きだが、そろそろ止めないと。
突然の高負荷でラインが切れないように気をつけつつ、ゆっくりとドラグを締める。
すると徐々にではあるが、相手の抵抗が弱まってきたのが分かった。
竿を寝かせ、流心を避けるように魚を誘導する。
ふと横を見ると、レフィーナがいつかの手鉤をもって待機していた。
「取り込みは任せてください!」と笑っている。
この子は優秀だなぁ……などと思っていると、彼女の後ろから同じく手鉤を持ったミコトがヌッと姿を現した。
ジト目で頬を若干膨らませて……。
そこヤキモチ焼くとこか!?
二人の存在に妙なプレッシャーを覚えながら、リールを巻いていると、数メートル手前で激しい水柱が立った。
その瞬間に見えたのは、鋭い歯が並んだワニのような口。
よし! 狙い通り! ワニグチカワカマスだ!
しかもかなりデカい!
丸太のように太く、長い魚体だ。
元の世界のパイクにオニカマスの頭を合体させたような姿のそれが、最後の抵抗とばかりにジャンプし、首を振り、水面を割って暴れまわる。
「取り込みはお任せっス!」
「私もお手伝いします!」
と、二人が手鉤を構える。
俺はその二人がスタンバイする位置へと魚を誘導した。
川べりまで寄せたところで、ミコトとレフィーナがエラの両側に手鉤を打ち込み、「せーの!」で引き上げる。
緑と銀色に輝く見事な魚体が、色あせ始めた緑の絨毯の上に横たわった。
「よし! 二人ともナイス!」
「「イェーイ!」っス!」
3人でハイタッチを交わす。
見れば、観戦していた皆がこちらへと駆けてくるのが見えた。
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「いや~……食った食った……」
スティックレモン入りの麦酒カクテル片手に、腹を叩くシャウト先輩。
俺が召喚したビーチチェアに横たわるその姿は、いつにも増してセクシーだ。
それもそのはず。
今先輩は水着姿なのだから。
いや、先輩だけではない。
川辺で水遊びをする女の子たちは皆水着である。
「流行ったスねぇ。水着」
「だな。コトノさんが無事で本当に良かったよ」
コトノさんは翼に傷を負ってしまったため、しばらく郵便の仕事ができなくなってしまった。
しかし、そこは機織りの種族。
余った時間を使い、思う存分水着を作り、これでもかと出荷したのだ。
交易の街は新しい流行の兆しに敏感である。
元々水資源が豊富なデイス。
夏には簡素な上下の麻服で淡水浴を楽しむ文化はあるにはあった。
しかし、その恰好が「囚人か奴隷みたい」という理由で衰退し、今では中年より上の層が健康目的でやること扱いされていたようだ。
そこに現れた可愛らしくもセクシーなその衣装は、町娘や女冒険者を中心に爆発的な人気を博した。
流石に素材は元の世界のものと同等とはいかないが、それなりに良い素材を使い、心地よい肌触りや耐久性を備えているらしい。
まあ、相応に値段も張るのだが……。
「3人分そろえる金で剣士の上級装備一式買えるんだぜ……」
と、エドワーズが愚痴ってきた。
ハーレムパーティーは多数決の時辛いようだ。
新米くんチームもまた、大討伐クエストの報奨金がそれに回されて落ち込んでいる。
しかしレフィーナの功績が殆どなので文句を言えなかったそうだ。
多人数パーティーってこういう時大変だよなぁ……。
今度なんか奢ってあげよう。
「なあユウイチ、ミコト」
男性メンバー達が質素な水着に着替えて川辺に向かった後、先輩が呟くように話しかけてきた。
「よく頑張った。都でお前らの号外見た時はグッときちまったぜ……」
顔をこちらに向けず、淡々としゃべる先輩。
「ありがとうございまス! でも殆ど雄一さんのお手柄なんスよ」
「いやいや、ミコトの作ってくれた飯のおかげだよ」
「何にせよ、お前らはよくやった。本当に……頑張った……」
あれ? 先輩もしかして……。
「オイコラ、こっち来んなよ?」
俺とミコトが先輩の表情を伺おうと立ち上がったのも見越したのか、先輩が牽制してきた。
「いや~」
「そんなことしないっスよ~」
「テレポートとかもすんじゃねぇ……ぞっ!?」
先輩に言われるよりも早く、俺達は彼女の横たわるビーチチェアの目の前にテレポートしていた。
驚いた顔でこちらを見上げる先輩の目には、一筋の光の帯が……。
「あー! やっぱり先輩泣いて……ぶごっ!?」
「このヤロー!!」
「ひゃああ!」
良いパンチが頬に入る。
そのままミコトともども持ち上げられ、川に投げ込まれてしまった。
先輩も飛び蹴りしながらダイブしてくる。
水中から上がってきた先輩の潤んだ瞳は、もはや涙か川の水かも分からない。
「先輩やっぱり舎弟の活躍でちょっとジーンと来ちゃったんスか!?」
「キてねぇ! 目にゴミが入っただけだ!」
「先輩~! 俺達先輩のおかげで頑張れたんですよ~!」
「っ……! やめろオメーら……。フッ……ヒクッ……ちょっと嬉しかっただけだ……」
「「先輩~!」」
「だー! もう! くっつくな!!」
騒々しい河原に一瞬、肌寒いほどの冷気を伴った風が吹いた。
サラサラと音を立ててたなびく河原の草木に、秋の色が灯り始めたが、俺達はまだ、残暑の熱気を楽しんでいた。