第4話:クエスト ~トビバス ため池のポッパーゲーム~
空飛ぶブラックバス。
名付けてトビバス。
針にかかり、水面を跳んで暴れる魚は数多くいるが、空を飛んで暴れる魚など聞いたことが無い。
数百メートルを飛ぶと言われるトビウオですら、針にかかって暴れる時は数メートルほどの長いジャンプをする程度だ。
しかし、あのトビバスは空に舞い上がり、相当の距離を飛行し、あまつさえ俺に体当たりを仕掛けてきた。
嫌なこと思い出しちゃったぞチクショウ……。
「雄一さん大丈夫っスか? あんなの釣れるんすかね?」
トビバスを避けた反動で派手に尻もちをついた俺を、ミコトが心配そうに見下ろしていた。
「いや、釣れるか釣れないかで言ったら釣れるよ。ちょっと針に小細工した方が良さそうだけどな」
「小細工っスか?」
「そう。こんなふうにな。釣具召喚!」
かざした掌に出現したのは、ケプラーとチヌ針で作られたシングルフックである。
それをポッパーのトレブルフックと換装する。
「あれ? 針の数減らしちゃうんスか? 外れやすくなったりしないんスかそれ」
「大丈夫なんだな、これが。ケプラータイプのシングルフックは針の自由度が上がって、魚の首振りで外れにくくなるんだよ。針の可動を邪魔するものが無いからガッチリ刺さるし、ルアーが振り回された時の衝撃も逃げやすくなるしね。あ、でも針がかりは少し悪くなるよ。あとルアーの泳ぎが暴れやすくなっちゃう。まあ警戒心が薄いこの世界の魚なら多少泳ぎが悪くても食ってくるだろう。駄目なら糸錘なんかでチューンしてあげればいい。それに……」
「……?」
熱を帯びる説明の合間にミコトの顔をチラリと見ると、彼女はマンボウのような顔で首を傾げていた。
いかん、また悪い癖が出てしまった……。
「あー……。つまりはこの針に変えれば針の動きが良くなって、トビバスの飛行首振りファイトを攻略出来るってわけ。OK?」
至極簡単に言い換えると、ミコトは笑顔で「やっぱ最後は情熱っスよね!」としきりに頷いていた。
分かってないなこの子……。
気を取り直して釣りを再開する。
今度は川から水を取り込む水門へルアーを投げ、表層で群れているオウゴンワカサギを散らしながらポッパーを躍らせてやると、再び水面が炸裂した。
「よっしゃ! ヒット!」
先ほどと同じく激しい首振りの感触が竿に伝わる。
間違いなくトビバスだ。
今度は初めから竿を寝かし、飛行に備える。
バスに対して常に斜めの角度でラインを張り、暴れる方向を制御する。
基本的に魚は引っ張られる方向とは真逆に逃げる特性があり、このトビバスもその例に洩れない。
そして、そのまま逃げ切れないと悟ると、水面を蹴って飛び上がって急旋回し、それまでとは逆、釣りの場合だとそれまで引っ張られていた方向へ勢いよく飛行する性質があるようだ。
「多分トビバスは本来捕食される側なんスよ。あいつを食うような大型の魚は後ろを向くのが遅いんで、敵の背後に着水してそのまま逃げようっていう性質だと思うんスよね」
とはミコトの推測。
敵を欺き、逃れるための能力が、対釣り人でも有効に機能しているようだ。
さて、追い詰められて水面を蹴って飛び上がったトビバス。
ここからが本番である。
先ほどと同じく、トビバスは急旋回した。
だが、泳ぐ方向を制御していたおかげで、今回はこちらへ向かって飛んでこない。
トビバスは首を激しく振ってルアーを振り回すが、遊びの大きいシングルフックがその衝撃を吸収し、針外れには至らない。
ルアーを振りほどけないまま、俺たちの目の前をサーっと横断するように飛行するトビバス。
よし! 目論見的中!
「ミコト! ランディングネット頼む!」
「お任せっス!」
ミコトがネットを構えたのを確認すると、俺は思い切り竿を立て、勢いよくリールを巻いた。
空中という踏ん張ることのできない状況で引っ張られたバスは、まるで凧揚げの凧のように、ゆっくりとこちらへ向かって飛んでくる。
それをミコトが見事にキャッチした。
「やったっス! 流石っすね雄一さん!」
「おう! ミコトもナイスアシストだ!」
「「イェーイ!」」
獲物を手に、ハイタッチをする。
釣り上げたトビバスのサイズは40㎝ほどで、ブラックバスで考えるとそこそこ大きい個体だ。
しかし、空中に飛び上がるだけの筋力を蓄えているためか、大高があり、胴もかなり太い。
非常にマッチョな印象を受ける魚だ。
体色は淡緑色の背に銀色の腹。
そして目を引くのが左右一対の巨大な胸鰭だ。
羽状に進化したそれは、広げると1mを優に超える。
ここで風を受けて空を飛ぶわけか……。
「ほお! コレが魚の正体かい!?」
突然後ろから声をかけられ、俺たちはビクンと飛び上がる。
振り返ると、依頼主のため池管理人のおじさんがパンを片手に立っていた。
「いや、差し入れでもと思って来たんだが、もう依頼を達成してしまったようだね。流石はギルド唯一のフィッシャーマスターだ」
「フィッシャーマスター?」
「あれ? 雄一さん自分の異名知らないんスか? 雄一さんってレアスキル複数持ちなのに釣りばっかりやってる奇特な冒険者ってことで有名なんスよ? ソードマスターやマスターヒーラーなんかになぞらえて、フィッシャーマスターなんていう隠れ称号付けられてるんス」
「何それ初耳なんだけど……」
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おじさんの差し入れてくれたパンは山ぶどうが入っていた。
うん、適度に固くて旨い。
おじさんに聞いたところによると、こんな魚は見たことも聞いたこともないらしい。
つまり、この地域とは別の場所からやって来た外来種の可能性が高い。
どこから来た魚かはギルドに戻ってから調査することにし、ひとまずは依頼に対する報告を行う。
まず、この魚は肉食性の強い大食漢で、池の小魚はこいつに食い荒らされているであろうということ。
既に繁殖しており、相当数の個体がこの池にいるであろうということ。
そして、恐らく完全な駆除は困難であることを告げた。
「池の水を一度抜いて、バスを全て駆除した上で1週間ほど天日干しにすれば全滅させることも可能でしょうけど、農作物に水を多用するこの地域でそれは現実的ではないでしょう」
「うーん……。それは困ったね。ここの池で採れる魚は村の重要な食糧の一つなんだよ。オウゴンワカサギ入りの山ぶどうパンなんかは伝統料理でね……」
ふと、ゴリっという食感と共に、生臭い香りと、川魚の内臓特有の苦みが口いっぱいに広がった。
それが山ぶどうの風味と絶望的な不協和音を奏でる。
その調べに、全身の血液が下がっていく感触を覚えた。
うん、滅んじまえこんな伝統料理……。
「そ……それでしたら、このトビバスも漁獲して食べちゃえばいいと思いますよ。毒見もかねてここで実演料理してみましょう」
キャンプ用具召喚でスキレットを出し、ミコトに薪と手ごろな木の板を拾ってきてもらう。
おじさんは俺の手に出現したそれに驚いていたが釣具共々「神器召喚の類です」と言って納得してもらった。
流石にカセットコンロは出せないよなぁ……。
ダガーナイフでトビバスの頭を落とし、3枚におろし、皮をひく。
皮を嗅ぐと、やはりかなり泥臭い。
ここはブラックバスと同様、臭気の原因になりそうなので取り除くのが吉だろう。
薄いピンク色の身をビネガーに漬け、ハーブと岩塩、小麦粉をまぶす。
少し時間を置いたら、バターを垂らしたスキレットを十分に熱し、そこへ身を落とした。
「ジュ―」と良い音が鳴り、身の色があっという間に白く変わり、香ばしい匂いがぱっと広がる。
「ほう……これは……」と、おじさんも興味津々だ。
大型魚の少ない山間の村なので、魚料理はあまり知らないのだろう。
両面に軽く焼き目を付け、白ワインで軽くフランベしてやれば完成だ。
「はいあーん」
「あーんっス!」
毒見も兼ねてミコトに一番に食わせる。
天使の彼女は生命力が段違いに高い。
毒を食らっても腹を抱えてのたうち回る程度で済む。
酷い男と言わないで欲しい。
初めに言い出したのは彼女なのだから。
「うっ……!」
「!! どうしたミコト! 毒か!?」
彼女が突然ガクッと膝をつき、プルプルと震えだした。
大慌てで背中をさすってやる。
管理人おじさんはオロオロとするばかりだ。
「うう……う……うめーーーーっス!! たまんねえっスよ!! 痛っ!」
紛らわしいリアクションでこっちの寿命を縮めてきたミコトにチョップを食らわせつつ、管理人おじさんにも振る舞う。
「ほう! これは美味しいね! これならオウゴンワカサギ入りブドウパンに次ぐ家庭料理になりそうだ!」
「次ぐなんだ……」
軽くプライドを傷つけられながら、俺もムニエルを一口いただく。
確かに旨い!
マッシブな体質故か、身がしっかりと締まっていて、身の繊維質一つ一つがプリプリだ。
皮はかなり臭かったが、身には臭みが殆どなく、淡白ながらもハーブやビネガーに負けないくらい強いうま味を感じる。
脂肪分が少ないのか、クドさも無いのでいくらでも食べられそうだ。
いや、これであのパンに「次ぐ」なのはおかしいだろ……。
サンプルとして数匹のトビバスを確保したり、おじさんが連れてきた村の漁師にトビバスが潜むところ、漁の方法などをレクチャーしたりした後、俺たちは街へ引き返した。
道中、他の依頼書にあった木の実拾いと薬草採取を済ませたので、ギルド本部に着いたのは日が落ちた後だった。
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「はい! 依頼3つ達成ですね。依頼料がこちらです」
小さな銭袋が3つ差し出された。
まあ、相応の少額である。
しかしこれだけでも俺たちには重要な収入源だ。
衣は最悪召喚できるし、住は予め貰い受けたものだが、食に関しては採ったり、育てたり、買ったりするしかない。
それに、武器や回復アイテムは買う以外に手が無い。しかも高い。
高額な報酬が出る依頼ほど危険性が高く、戦闘が激しくなるので、そういった依頼をどんどんこなせば金もガッポリもらえるのだが……。
危なくて怖いので戦いたくない。
チート戦闘スキルをもらった人はこういうので悩んだりしないんだろうなぁ……。
「おうフィッシャーマスター! 今日も釣りかい!?」
屈強な先輩冒険者、ホッツが樽ジョッキ片手に絡んできた。
うおぉ……酒臭ぇ!
彼だけではない。
時間が時間なだけに、ギルド本部の食堂には出来上がった冒険者たちがたむろしている。
「オメー便利でレアなスキル持ちのくせにヒョロヒョロだよなぁ! それじゃ魔物と殴り合えねぇぜ!?」
「でもそういう子も可愛くて素敵よ」
「たまには大狩猟くらい顔出せよな!」
と、口々に声がかけられる。
そして誰も彼も「フィッシャーマスター」「フィッシャーマスター」と……。
何か最近俺の事知ってる人が多いと思えば、俺の異名こんなに広まってたのね……。
「おい! フィッシャーマスター!」
不意に背後から大声と共に強い衝撃を受け振り返ると、朝出会ったガラの悪いあの金髪女冒険者が俺の肩に手を置いていた。
めっちゃ睨んでる……。
「今度魚くれ。金なら出す」
「え……あ、い……いや、今この場で差し上げますよ!」
怖いのでさっさと立ち去っていただこうと、今日釣ったトビバスを取り出す。
「これくれるのか。いくらだ」
「い……いや! クエスト中に適当に釣った魚なんでタダで上げますよ! タダで!」
「ホントか……。ふふ……これならミーちゃんも喜びそうだ……。ありがとよ」
恐ろしい形相のまま、口元だけでにっこりと笑い、彼女は立ち去っていった。
何だったんだ……。
「おいおい魚だけじゃなく女も釣るのかこの浮気野郎!」
と野次が飛び、その後夜中まで飲み食いに付き合わされたり、その間ミコトにずっと手の甲を抓られたりしたが、これは別段語ることでもないだろう。