第34話:ホロビラメ ミノーイング
「釣具召喚!」
サーフシーバスロッド11ft、3000番のスピニングリール+PE1.5号+ナイロンリーダー20lb。
それに加え、ファイティングリーダーとしてフロロカーボン30lbを30㎝つける。
ルアーは外洋向けの175㎜のフローティングミノーである。
これは貫通ワイヤーを備えているので、仮にボディが粉砕されようが、魚は釣り上げることができる。
見果てぬ水平線目がけ、ロッドを全力でフルスイングする。
目に見えて深くなっているカケアガリの向こうに着水したのを確認し、ロッドを寝かせてリトリーブを開始。
このルアーの最大潜行深度は約2m。
ある程度巻いてルアーを潜らせた後、そこからロッドを立て、ルアーを上昇軌道に変える。
先ほどコチが見せた、獲物を追って海面に向かう動きをイミテートする感じだ。
コチに比べて随分細いシルエットだが、アレを偏食しているわけではあるまい。
一投目は不発。
その後も反応は無い。
気にすることではない。
広大なサーフの釣りでは、ほんの数投でヒットする方が珍しいケースだ。
時折混じるメッキアジを生簀バケツに放りつつ、釣りを続ける。
ミコトは「コレも特徴的な子っスよー!」と興奮している。
「ほら! 背中の色素細胞が点滅してるっス! 普通はイカとかにしか見られない特徴っスよ!」
とのことだ。
やっぱりここに生息する生物は、あの魚を恐れている。
中層以下を泳ぐ種が背中に擬態能力を仕込むのは、上層からの襲撃を防ぐためだ。
つまり、狙う層は間違っていないし、コチ以外のベイトも捕食していることから、ルアーもコレで良いはずだ。
ある種、釣りは信心の強さが試される節がある。
サーフでは特にだ。
広大な海中で、点でしかないようなルアーを魚が見つける確率はそう高くない。
それを1%でも上げるため、ひたすら「ここで釣れる」と信じて投げ続けることも重要だ。
まあ、それで釣れない場合もあるのだが……。
ふと一瞬、海面でバシャ!と水柱が上がった。
その直後、「ガン!」という衝撃が走り、立てていた竿がグインと曲がる。
「うおおおお!? いきなり来た!!」
素っ頓狂な声を上げながら、思い切り竿を煽り、アワセを入れる。
「ゴリ!」という固い感触と共に、フックが魚の唇を捉え……た!!
よっしゃ!! フックアップ!!
ドラグが激しく唸り、ラインを放出する。
この引きは……!
覚えがある。
グイン!グイン!と伝わるパワフルなファイト。
だが……走る方向が真逆だ!
カケアガリの直上で海面が割れ、平らな魚体が宙に舞った。
ヒラメだ!
先ほど潜ったあたり、このサーフにはラインが擦れそうなストラクチャーはない。
泳ぐだけ泳がせ、体力を消耗させるのが吉だ。
しかもこのヒラメ、元の世界のそれと違い、海底ではなく海面目がけて走っている。
警戒すべきはフック外れくらいだろう。
ラインテンションをしっかりと保ち、ファイトを継続する。
しかし離岸流のため、とにかく重い!
離岸流の直線から横に動き、流れの抵抗を減らす。
これだけでファイトがだいぶ楽になった。
ヒラメも徐々に疲れだし、引き抵抗が鈍くなる。
そのままゆっくりと確実に巻き上げ、波打ち際に魚体を寄せ、ラインを掴み、波に乗せてずり上げる。
サイズは60センチほどか……。
海中で見たあのサイズには遠く及ばないが、悪くないサイズだ。
「やったスね雄一さん!」
背後から飛びついてくるミコト。
「こいつがコチの天敵だ。海面に擬態して中層以下の魚を襲う習性があるみたいだな」
「マジっスか!? 海面に擬態するヒラメなんか聞いたことないっス!」
そう言いながら、ヒラメを持ち上げるミコト。
すると、その背中の模様が変化し始め、キラキラとしたスパンコールのような光沢を纏った。
腹側は海のような青い光を纏っている。
メッキ……ラメ……いや、ホロビラメとでも呼ぼうか。
「うおおおお!! めっちゃ凄いっス!! これで海面の輝きに擬態するんスよ!!」
「多分、ヨロイゴチとこの子は、幼魚時期は生存競争のライバルなんスよ! 同じ大きさの頃は、強固な甲殻を持つヨロイゴチの方が有利で、それに対抗すべくこの子達は海面に活路を見出したんすね。体色を変化させる能力を進化させて、海上の鳥や中層のメッキとかに襲われにくくなって、やがてはこの海域トップクラスの捕食者に成長していくんス! ちょ……ちょっと見てくださいこの歯!口の中にも細かい歯が削岩機みたいに並んでるっスよ! これでヨロイゴチの甲殻を砕くんスよ! うわ! ルアーのボディバキバキになってるっスよ!! ちょっとこの子の胃の中開けて見てみるっス!」
早口でまくし立てるミコトをとりあえず放置し、ルアーを外す。
うわ~……このルアー結構頑丈なんだけどな……。
貫通ワイヤーのおかげで何とか取れた感じだ。
今は召喚でいくらでも新しいの出せるからいいけど、元の世界だったらハードルアーで釣りたいターゲットではないな……。
俺は背後で大騒ぎするミコトを尻目に、今度は違うメソッドを試してみようと、バス用のスイムベイトをキャストしてみた。
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「ということで夕飯出来たっスよ! ホロヒラメはお刺身に、ヨロイゴチは身の部分を洗いにしたっス。あと、切り落とした頭の部分はこうやって壺焼きにしてみたっスよ。内臓が甲殻部分に集中してたので、いい感じに身と肝を蒸し焼きに出来たっス」
「お! 旨そうじゃん!」
キャンプファイヤーのような木の枠にコチの頭が突き立っている。
なんかの儀式みたい……。
肝と身の脂でぐつぐつと煮え立つそれは、いかにも旨そうな香りを放っていた。
俺が潜っている間にミコトも何匹か釣り上げたらしく、大小数匹のコチの頭が火の周りにくべられている。
「はい、雄一さんは一番大きい奴をどうぞっス」
にっこりと笑い、俺が釣ったそれよりもデカいコチの頭を渡してくるミコト。
お前……なんか知らない間に釣り上達してない?
あまりにも熱いので、とりあえずそれを皿に置いて冷まし、その間にコチの洗いをいただく。
おっ! これは旨い!
冷たい水で洗われた身がキュっと引き締まり、コチの力強いうま味を引き立てている。
う~ん……夏の味……。
これが食いたかったんだよなぁ……。
ちょっと故郷の夏を思い出してしんみり……。
ヒラメもいただくが、こっちはなんか……微妙……。
夏ビラメは食味がガタっと落ちる。
こりゃ冬にリベンジだな……。
「雄一さん。こっち冷めちゃうっスよ」
と、ミコトが俺の皿に乗せられたコチの頭をほじくり、肝と身の焼き和えを口元に運んできた。
「熱っ!! ふっ……おお!めっちゃ旨いこれ!」
ねっとりとした甘みを帯びた肝、それに力強いコチの身が絡み、たまらなく旨い。
ちょっと独特の苦みがあるが、それもまたちょっとしたアクセントだ。
「えへへ……良かったっス。その味、コレが飲みたくならないっスか?」
ミコトが悪戯っぽく、酒の小瓶を顔の横で揺らしていた。