第32話:ヨロイゴチ ジグ+カブラ二本針釣法
ボニート川を直下にながめつつ、夏空を飛ぶ俺達。
大陸西部、ブリーム平原最大の河川は、河口に近づくにつれてその幅をどんどん広げていく。
まさしく「大河」と呼ぶにふさわしい。
上流へは何度も行ったが、河口まで下るのは初めてなので楽しみだ。
途中、いい感じの中州を見つけて昼食をとり、街道沿いにあった村の宿屋で一泊し、のんびりと飛び続けること数時間。
地平線が水平線に変わった。
「うわー! 海っスよー!」
「おお! とうとう自力で海までたどり着いたぞー!」
ボニート川の幅は既に対岸が見えない程広がり、膨大な量の砂を湛える砂浜が広がっている。
その規模は、汽水域だけで日本にいた頃よく行った遠州灘や外房のサーフを凌駕するほどだ。
すごい壮観!
砂浜の中にある小さな林にベースキャンプを構える。
感知スキルで辺りを見回すが、魔物や、直ちに危害を加えてくる危険な生物は居ないようだ。
まあ、信じきらない程度にしよう。
少なくとも俺のスキルレベルでは殺気を消す敵や、食肉植物のように感情を持たない生物に対して無力だ。
「さて! キャンプ地も決まったことだし、釣るか!」
「私も釣るっス!」
二人分の竿と仕掛けを召喚する。
俺の仕掛けはヘビーアクションエギングロッド+2500番のスピニングリール+PE2.0号+フロロリーダー20lb。
そこに1オンスのタングステンバレットシンカー+オフセットフック+5インチのシャッドワームを装着した。
ミコトにも同じ竿とリールのセットを召喚し、土佐カブラの2本針胴突き仕掛けにフェザーフック付きセンターウェイトジグを装着してみた。
以前、南房の某所にてマゴチとシーバスを爆釣した仕掛けをカスタムしたものだ。
「これってどう使えばいいんスか?」
初めて見る仕掛けに興味津々のミコト。
「とりあえず離岸流に沿って大遠投して、流れに乗せて適当にボトムノックしながら遅巻きしてみ」
「全然分かんないんスけど……」
「よし、んじゃお手本見せる」
ミコトの仕掛けを借り、砂浜を見渡す。
すると、半月型の窪みがあるポイントが目に入った。
フラットゲームの大本命ポイント、プチワンド発見である。
ミコトを伴ってその傍まで行き、ルアーを大遠投する。
着水後もリールをフリーにしたままで、ボトムまで一気に仕掛けを沈めるのだが、この時、必ずサミングを行う。
すると、「トン」という着底の感覚が手元に伝わってきた。
あとは離岸流の流れを感じながら、ボトムをジグで叩き続けるだけだ。
穂先でジグを操り、トントントントン……とボトムノックしながらゆっくりと巻いてくる。
すると、「グ!」と竿に重みが乗り、同時に底へ底へと向かう独特のファイトが始まった。
コチ特有の引きだ!
だが、それと一緒に「ザラザラ」という奇妙な感触も伝わってきた。
なんだ……?
重量感のある引きだが、化け物じみたようなものではない。
リールを巻けば確実に寄ってくる。
しかし何だ……徐々に重くなっていってるような……?
疑問を抱きつつ波打ち際まで寄せると、何故か魚の姿が見えてこない。
PEとショックリーダーの結び目まではもう見えているのだが……?
ゆっくりと後ずさりし、魚を砂浜にずり上げようとすると、その理由が分かった。
「うわ! 砂の中泳いでる!!」
水に濡れた波打ち際で、透明なフロロカーボンがグルグルと円を描いていた。
リーダーを手で持ち、グイっと持ち上げると、カブラ針に食らいついたマゴチ体形の魚がズイと出てくる。
ただ、特徴的なのは、その頭部だ。
古代魚のように固い甲殻を持っていて、それは除雪車のショベル部分をシンメトリーにしたような形状をしている。
また、大きくて派手な腹鰭にはかなり太い骨が通っていて、いかにも頑丈そうだ。
カッコいいなコイツ!
ヨロイゴチ……とかどうだろう?
「うおー! 凄いっスよこの子! 甲冑魚みたいっス!」
これまで俺の解説をポカンと聞いていたミコトだが、その魚体を見るや否や食らいついてきた。
釣り上げられて尚、その頭部で砂を掘り、再び潜ろうとする魚体を鷲掴みにして「フゥウウウ!」と叫んでいる。
魚の頭部に備えられた明らかに痛い感じのトゲが手に刺さりまくっているが、お構いなしだ。
「雄一さん! 生簀バケツ出してほしいっス!」
と目を輝かせて言うので、半径3メートルほどの生簀バケツを召喚してやった。
ちびっ子と釣りに行ったとき、釣った魚を入れておくと喜んでくれるやつだ。
ミコトはそのバケツに砂をせっせと入れ、俺に召喚させたビニールバケツで海水を注ぐ。
そこへ魚を投入すると、ヨロイゴチは頭を左右に振りつつ、素早く潜っていった。
目だけを海底から出して身を潜める。
ここまではフラットフィッシュによく見られる擬態&待ち伏せの耐性だが、驚くべきはその後だった。
まさに除雪車が雪を退けるように、砂の中をスイスイと泳ぐではないか。
砂煙もほとんど出さずに泳ぐので、獲物からは殆ど察知することができないだろう。
「うおおおお!! すっごいっス!! 古代の甲冑魚の特性を残したままコチの姿に進化しただけじゃなく、その甲殻を活かした生存戦略を確立してるっス!! 感動っスよ!」
ミコトのテンションがおかしなことになってる……。
いや、凄いとは思うけどさ。
この辺の感覚は釣り人と研究者の性の違いなのかな?
「しかし雄一さん。この擬態技って捕食の為だけのモノなんスかね?」
今度は急に冷静になった……。
「どういうこと?」
「いえ、この子40センチくらいあるじゃないっスか? 甲殻の厚さも相当っスよ。この防御力を持っているなら、何も海底に潜ったまま移動して捕食活動する必要ないと思うんスよね。明らかに無駄な体力使ってるっスもん」
「あー……確かに」
俺が納得の意を示すと「ということはっスよ!?」
ミコトが身を乗り出してきた。
「この子でも恐れるような天敵がこの海域にはいるんスよ! 海底を掘り進むくらいしないと逃れられないようなのが!」
「おお! 確かに!」
言われてみればそうである。
天敵がいない東京湾岸のアカエイは、小型でも悠々と泳ぎ回る。
一方で怪力と巨体で無敵の捕食者と思われがちな大型コウイカ「コブシメ」は、巧みすぎる擬態能力で同海域に生息するサメやロウニンアジから身を守る。
強力な能力、大型の体を持つ種が隠れるための能力を備える場合、大体同じ海域に生存を脅かすような肉食魚が生息しているのだ。
サメか? エイか? それとも全く予想だにしないような種か……?
ミコトのテンションに釣られて、俺も興奮してきた!
「雄一さんもそんな魚がいるとしたら見てみたいっスよね!」
俺の両手をグッと握り、目を輝かせるミコト。
俺もその手を握り返し、「俺も同じ気持ち!」と返す。
やはり、嗜好は違えども向き合う相手は同じ。
未知の凄いものと出会いたいという想いには何の違いも存在しないのだ。
「二人でその魚、突き止めるっス!」
「だな!」
さて……どんな仕掛けがいいだろうか……。
と、考える俺の肩にミコトが手を置く。
彼女はキラキラの目を俺に真っ直ぐ向けたまま
「ちょっと潜って見てきてもらえないっスか?」
と、言い切った。
……釣り人と研究者の性の違い……か……。