表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/348

第29話:デイスを目指して 4日目




 なんか酸っぱい匂いがする葉をこじ開け、外に出ると、朝霧の向こうに夏の青空が広がっていた。

 いやぁ……えらい目に遭ったが、何とか一夜を明かすことができた……。

 疲労でそれどころではなかったが、俺達すげえ環境で寝てたんだな……。

 妙な匂いと、裸の二人の体温を感じながら……。

 いかんいかん……朝からテント設営は危険だ。



「衣類大丈夫でしたかー!」


 と、ヘニャヘニャになった葉の口を開けて尋ねると、先輩とミコトがいそいとそ着替えている最中だった。

「覗いてんじゃねぇ!」という叫び声と共に、丸まったタマタマが飛んで来る。

 痛て!

 そいつ武器にもなるんだ……。

 何「キュッ!」とか決め顔してんだお前は。



「とんでもねぇ道草食っちまった……いや、道草に食われかけちまったな」


「この子すごいっスね! まさか村に擬態する食肉植物なんて思いもよらなかったっス」



 無事に着替え、葉の中から這い出てきた二人が、それを蹴ったりつついたりしている。

 昨日はあれほど恐ろしく見えたこいつだが、明るくなって見ると、なんとも奇妙で、少し愛嬌を感じる程の外見だ。

 どことなく動物的な印象すら受けるが……



「こいつ魔物じゃないんですか?」


「いや、こいつはただの植物だ。匂いで獲物に幻覚を見せて捕食する種なんだが、こんなデカいのは初めて見たぜ……。まさかアタシが幻覚を見破れないとは……迂闊だった……! あとタマタマ、お前はちょっと反省だ」



 元は自分のせいだと分かっているのか、先輩の言葉にしょんぼりとするタマタマ。

 先輩は甘やかすだけのダメ飼い主ではないようである。



「食肉植物は結構ひ弱で、一度の捕食失敗から枯れちゃうこともあるんスよ。この子の本体も枯れちゃうかもしれないっスね……」



 ふと、ミコトが葉を撫でながら、少し悲しそうな声色で呟いた。

 生きるためとはいえ、これほどまで立派に育った葉を切り落としちまってごめんな……。

 身勝手ながら、少しばかり拝ませていただく。

 俺自分のとこの宗派知らんけど。

 ミコトも隣に並び、同じポーズで拝んでいるが、君は何の宗教の人なんだ……?



 命を粗末にしないためにも、葉の一部や消化液、茎の可食部等を切り分け、リヤカーに積んだ。

 そして「食肉植物の生息地有り」と地図に描き込み、俺達は再び草木に覆われた旧道を進み始める。



「何となくだが、道の跡が分かるようになってきたぜ」



 そう言いながら先輩は藪を切り開き、進んでいく。

 実際、その感覚は的確で、ミコトが空中から指示を出さずとも、導石を見つけられるようになってきた。

 先輩に言わせると、食肉植物や動物を避けるためか、森や林から一定の間隔が取られているとのことで、その言葉の通り、道の跡は森林に沿ってクネクネと曲がっている。

 所々小さな沢が流れていて、セリやサワガニが採取できた。

 流石にこの水深では魚はいないか……。



 そのまま4時間ほど進むと、点在していた森林が途切れ、見覚えのある大平原が眼前に再び姿を現した。

 昨日就く予定だった古戦場跡も見える。

 この旅もいよいよ終盤だ。

 振り返ると、湖と点在する森林、そして、緑色の帯が眼下に広がっていた。

 これはなかなかの絶景……。

 どうやら俺達はなだらかな盆地を歩いてきたようだ。


 なるほど、盆地特有の豊かな地下水が育んだ草木が道の跡を消し、巨大食肉植物の住む森林を形成していたのか。

 あの湖の水系がブリーム平原の他の川と繋がっていない理由はその地形ゆえらしい。

 よく見ると、緑色の帯に一本、茶色い筋が走っている。

 緑の帯が旧道、そして、茶色い筋が俺達の通ってきた道ってわけね……。



「わぁ~! 私達すごく綺麗な所歩いてきたんスね~!」



ミコトが感嘆の声を上げた。



「どうりで途中から進まなくなったわけだぜ……。湖からずっと上り坂だったんだな」



 シャウト先輩も荷物を下ろし、うーんと伸びをしている。

 太陽時計を置けば、時間は丁度昼前である。

 古戦場跡に着いてはいないが、せっかくなのでこの絶景を眺めつつ、昼食を取ることにした。



「おっしゃ! 今回はアタシが昼飯作ってやるよ」



 先輩はそう言うと、テキパキと木を並べ、その真ん中にクズ紙を敷き、電撃魔法で着火した。

 瞬く間に小さな焚き火が完成する。

 先ほど捕ったサワガニを枝の串に刺し、直火で焼き始めた。

 その横に、食肉植物の茎を串に刺したものを並べ、同じように火にかける。

 シンプルながら、カニの香ばしい匂いが食欲をそそる。

 食肉植物の茎も、アスパラガスのような香りを放ち始め、これまた腹を刺激してくれる。



「お前らほど凝ったもんは作れねぇが、こういう場所ならちっとばっかし野性味ある料理のが似合うだろ!」



 そう言って笑いながら、よく焼けたカニが目の前に突き出される。

 おお……この匂いは……たまらん!

 殻を歯で噛み潰すと、中から熱々の蟹汁が溢れ出てきた。

 カニミソの甘み、身のうま味、そして殻の香ばしい風味。

 口の中を火傷しそうになりながらも、バリバリと食らいつく。

 その熱さに汗がどっと噴き出るが、盆地から吹き上げる涼しい風が、それをさっと引かせていく。

 ああ、何か俺今すごい充実した気分……。



「雄一さん! 茎も旨いっスよ! ジューシーで甘いアスパラっすよコレ!」



 ミコトに勧められるがまま、食肉植物の茎を齧ってみた。

 ザクっという歯ごたえと共に、甘みを帯びた汁が口に広がる。

 同時に、アスパラガスのような青っぽい味もふっと香る。

 山芋の触感にアスパラのうま味を注入したような感じだ。

 旨い!

 かなり旨い!



「いや~ 良かった良かった! お前らに美味いもん食わされてばっかじゃカッコ悪いからな! へへへ……アタシら……いい一党パーティーになれっかな?」



 「クエストで組むのはたまにで良いからよ……」

 「呼んだらまた来てくれっか?」

 等と言いつつ、少し照れたような笑みで俺達に話しかけてくる先輩。

 ああダメだ……。

 先輩こういう時なんかズルい……。



「先輩~!」



 俺が応えようとすると、ミコトが先輩に飛びついていた。

 ミコトは強い人が見せた弱さとか、可愛さに俺の数段弱い。



「私達ずっと先輩についていくっス! 誰もが羨むような最高の一党パーティーになるっスよー!」


「うわわっ! み……ミコト! そんなベタベタすんなって……!」


「先輩~! 俺も同じ気持ちっス~!」


「キュー!」



 俺もたまらず、ミコトと同じように先輩に抱き着く。

 タマタマも俺達の真似をしているのか、先輩の腕にギュッとしがみ付いた。



「おわー! おっ……お前らっ! 馬鹿っ!? うわあああああ!!」


「「あああああ!?」」



 俺達はそのまま坂道をゴロゴロと下り、古戦場跡の窪みに見事ホールインを決めた。

 照れ隠し×3の威力が込められた説教ビンタで、俺の両頬はその一日中古戦場跡と化していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ