第29話:デイスを目指して 4日目
なんか酸っぱい匂いがする葉をこじ開け、外に出ると、朝霧の向こうに夏の青空が広がっていた。
いやぁ……えらい目に遭ったが、何とか一夜を明かすことができた……。
疲労でそれどころではなかったが、俺達すげえ環境で寝てたんだな……。
妙な匂いと、裸の二人の体温を感じながら……。
いかんいかん……朝からテント設営は危険だ。
「衣類大丈夫でしたかー!」
と、ヘニャヘニャになった葉の口を開けて尋ねると、先輩とミコトがいそいとそ着替えている最中だった。
「覗いてんじゃねぇ!」という叫び声と共に、丸まったタマタマが飛んで来る。
痛て!
そいつ武器にもなるんだ……。
何「キュッ!」とか決め顔してんだお前は。
「とんでもねぇ道草食っちまった……いや、道草に食われかけちまったな」
「この子すごいっスね! まさか村に擬態する食肉植物なんて思いもよらなかったっス」
無事に着替え、葉の中から這い出てきた二人が、それを蹴ったりつついたりしている。
昨日はあれほど恐ろしく見えたこいつだが、明るくなって見ると、なんとも奇妙で、少し愛嬌を感じる程の外見だ。
どことなく動物的な印象すら受けるが……
「こいつ魔物じゃないんですか?」
「いや、こいつはただの植物だ。匂いで獲物に幻覚を見せて捕食する種なんだが、こんなデカいのは初めて見たぜ……。まさかアタシが幻覚を見破れないとは……迂闊だった……! あとタマタマ、お前はちょっと反省だ」
元は自分のせいだと分かっているのか、先輩の言葉にしょんぼりとするタマタマ。
先輩は甘やかすだけのダメ飼い主ではないようである。
「食肉植物は結構ひ弱で、一度の捕食失敗から枯れちゃうこともあるんスよ。この子の本体も枯れちゃうかもしれないっスね……」
ふと、ミコトが葉を撫でながら、少し悲しそうな声色で呟いた。
生きるためとはいえ、これほどまで立派に育った葉を切り落としちまってごめんな……。
身勝手ながら、少しばかり拝ませていただく。
俺自分のとこの宗派知らんけど。
ミコトも隣に並び、同じポーズで拝んでいるが、君は何の宗教の人なんだ……?
命を粗末にしないためにも、葉の一部や消化液、茎の可食部等を切り分け、リヤカーに積んだ。
そして「食肉植物の生息地有り」と地図に描き込み、俺達は再び草木に覆われた旧道を進み始める。
「何となくだが、道の跡が分かるようになってきたぜ」
そう言いながら先輩は藪を切り開き、進んでいく。
実際、その感覚は的確で、ミコトが空中から指示を出さずとも、導石を見つけられるようになってきた。
先輩に言わせると、食肉植物や動物を避けるためか、森や林から一定の間隔が取られているとのことで、その言葉の通り、道の跡は森林に沿ってクネクネと曲がっている。
所々小さな沢が流れていて、セリやサワガニが採取できた。
流石にこの水深では魚はいないか……。
そのまま4時間ほど進むと、点在していた森林が途切れ、見覚えのある大平原が眼前に再び姿を現した。
昨日就く予定だった古戦場跡も見える。
この旅もいよいよ終盤だ。
振り返ると、湖と点在する森林、そして、緑色の帯が眼下に広がっていた。
これはなかなかの絶景……。
どうやら俺達はなだらかな盆地を歩いてきたようだ。
なるほど、盆地特有の豊かな地下水が育んだ草木が道の跡を消し、巨大食肉植物の住む森林を形成していたのか。
あの湖の水系がブリーム平原の他の川と繋がっていない理由はその地形ゆえらしい。
よく見ると、緑色の帯に一本、茶色い筋が走っている。
緑の帯が旧道、そして、茶色い筋が俺達の通ってきた道ってわけね……。
「わぁ~! 私達すごく綺麗な所歩いてきたんスね~!」
ミコトが感嘆の声を上げた。
「どうりで途中から進まなくなったわけだぜ……。湖からずっと上り坂だったんだな」
シャウト先輩も荷物を下ろし、うーんと伸びをしている。
太陽時計を置けば、時間は丁度昼前である。
古戦場跡に着いてはいないが、せっかくなのでこの絶景を眺めつつ、昼食を取ることにした。
「おっしゃ! 今回はアタシが昼飯作ってやるよ」
先輩はそう言うと、テキパキと木を並べ、その真ん中にクズ紙を敷き、電撃魔法で着火した。
瞬く間に小さな焚き火が完成する。
先ほど捕ったサワガニを枝の串に刺し、直火で焼き始めた。
その横に、食肉植物の茎を串に刺したものを並べ、同じように火にかける。
シンプルながら、カニの香ばしい匂いが食欲をそそる。
食肉植物の茎も、アスパラガスのような香りを放ち始め、これまた腹を刺激してくれる。
「お前らほど凝ったもんは作れねぇが、こういう場所ならちっとばっかし野性味ある料理のが似合うだろ!」
そう言って笑いながら、よく焼けたカニが目の前に突き出される。
おお……この匂いは……たまらん!
殻を歯で噛み潰すと、中から熱々の蟹汁が溢れ出てきた。
カニミソの甘み、身のうま味、そして殻の香ばしい風味。
口の中を火傷しそうになりながらも、バリバリと食らいつく。
その熱さに汗がどっと噴き出るが、盆地から吹き上げる涼しい風が、それをさっと引かせていく。
ああ、何か俺今すごい充実した気分……。
「雄一さん! 茎も旨いっスよ! ジューシーで甘いアスパラっすよコレ!」
ミコトに勧められるがまま、食肉植物の茎を齧ってみた。
ザクっという歯ごたえと共に、甘みを帯びた汁が口に広がる。
同時に、アスパラガスのような青っぽい味もふっと香る。
山芋の触感にアスパラのうま味を注入したような感じだ。
旨い!
かなり旨い!
「いや~ 良かった良かった! お前らに美味いもん食わされてばっかじゃカッコ悪いからな! へへへ……アタシら……いい一党パーティーになれっかな?」
「クエストで組むのはたまにで良いからよ……」
「呼んだらまた来てくれっか?」
等と言いつつ、少し照れたような笑みで俺達に話しかけてくる先輩。
ああダメだ……。
先輩こういう時なんかズルい……。
「先輩~!」
俺が応えようとすると、ミコトが先輩に飛びついていた。
ミコトは強い人が見せた弱さとか、可愛さに俺の数段弱い。
「私達ずっと先輩についていくっス! 誰もが羨むような最高の一党パーティーになるっスよー!」
「うわわっ! み……ミコト! そんなベタベタすんなって……!」
「先輩~! 俺も同じ気持ちっス~!」
「キュー!」
俺もたまらず、ミコトと同じように先輩に抱き着く。
タマタマも俺達の真似をしているのか、先輩の腕にギュッとしがみ付いた。
「おわー! おっ……お前らっ! 馬鹿っ!? うわあああああ!!」
「「あああああ!?」」
俺達はそのまま坂道をゴロゴロと下り、古戦場跡の窪みに見事ホールインを決めた。
照れ隠し×3の威力が込められた説教ビンタで、俺の両頬はその一日中古戦場跡と化していた。