第24話:デイスを目指して 1日目
ただただ延々と続く緑の平原。
起伏、時々林、時々泉、そして所々に点在する史跡や古戦場跡。
転生前にハマってた某蛮族ゲームを想起させる光景だ。
インフィートからデイスに続く旧道は、もはや僅かな石畳や、廃村を残して消滅していた。
無理もない。
先の大陸大戦や魔王との戦いを経て高度に発展した空輸産業……それ即ち飛行クジラやメールバード、ハーピイ便などの台頭により、デイス~インフィート間の陸上輸送は衰退の一途をたどったのだ。
大規模なキャラバン商団などには輸送力とコストパフォーマンスで敵わないが、配給経済と階級社会を形成してきたインフィートの消費力を考えれば、一日1~3回着く中規模輸送の飛行クジラ便でも必要十分だったのだ。
しかし、時代は動き続けている。
インフィートがデイスやカトラス、バーナクルに比肩するような都市を目指すのならば、陸の交易ルートは必要不可欠である。
そして、その交易ルートを復活させるためには、実際に歩き、そこが安全に使えるのか、障害は無いかを確認しなければならない。
勿論徒歩で、だ。
「先輩疲れたっス~……」
「はぁ……はぁ……やっぱ厳しいっすよ~。俺達そんなタフじゃないっす~」
「あぁ!? まだ街を発って半日も過ぎてねぇぞ!?」
照りつける太陽が浮かび上がらせる蜃気楼の向こうから、先輩の怒号が飛ぶ。
俺達は空荷のリヤカーを引き、先輩はデイスに持ち帰る荷物と全員分のリュックを背負っているのだが、1kmと進まないうちに先輩の姿が見えなくなる。
それでいて息切れ一つ起こしていないのだから、やはり二つ名持ちの冒険者というのは凄い存在だ。
俺にはとてもできない……。
影が頭上を横切ったので見上げてみれば、透明な羽根を6枚持つ高速飛行クジラ「ミガルー」が夏の空を悠々と飛び去っていくところだった。
ああ……。
ホッツ先輩やマービー達が乗ってるやつだ……。
「ほら! さっさと歩くぜ! 日が落ちる前に砦跡まで行かねぇとまともに寝れねぇぞ!」
「「へーい……」」
崩れた石畳跡をガタガタと踏み鳴らしつつ、俺達はリヤカーを引っ張り続ける。
流石に先輩も俺達の体力の無さを把握したのか、歩調を合わせてくれるようになった。
先輩は道の跡に生い茂った低木や、背の高い草を薙ぎ払いつつ、破損の激しい箇所を地図に描き込みつつ歩いている。
つくづく超人だ。
「せ……先輩なんでそんな楽々歩けるんスか……? 私たち既に筋肉痛でグロッキーなんスけど……」
「そりゃ筋肉だけで動こうとするからだ。ちょっとアタシの足見てみ?」
ミコトの問いに、シャウト先輩は自分の脚を指さした。
ショートパンツから健康的なふくらはぎや太ももがこれでもかと露出し、汗で艶っぽく光っている。
良い脚してるよな先輩……。
スケベ心丸出しでセクシーな太腿を眺めていると、ミコトに脇腹を抓られた。
気を取り直して先輩の脚を見る。
足で地面を蹴る直前、微かな光が足のラインに沿って流れている。
そして、その足が再び地面につく瞬間、また光が足に走る。
「先輩これは一体……?」
「僅かな電気魔法で筋肉を補佐してんだよ。原理は分からねぇが、電気には体を癒す効果もあるみてぇなんだ」
シレっと微弱電流治療を編み出している先輩。
「お前らもちょっとビリっとやってやるよ」と言うので、一旦足を止め、先輩にビリっとやってもらうことにした。
指示に従って大ぶりな岩の上に座ると、先輩が俺の前で跪き、ふくらはぎ、太腿を軽く揉むと、電流を流し始める。
き……気持ちいい……!
「どうだ? 気持ちいいか?」と上目遣いで見つめてくる先輩。
なんだろう……あの強くて気の荒い先輩が跪いて俺の体を癒してくれている。
その事実に妙な興奮を覚えた。
そしてそんな俺を見つめる熱い視線……。
い……いや、違うぞミコト!
邪な気を抱いたわけじゃないんだ!
と、目で彼女に弁解する。
すると口先をツーンと尖らせ、そっぽを向いてしまった。
ああ、こりゃ家帰ったあとが大変だ……。
俺も初級電気魔法習得しようかな……と考えているうちに、「オラ! 終わったぞ!」と、足をパン!と叩かれた。
俺に続いてミコトも先輩の治療を受ける。
「おいミコト……お前ここガチガチじゃねぇか……今気持ちよくしてやるからな……」
「あっ……そこすごく良いっス……。先輩凄い……凄いっス!」
と、何だか熱っぽい声が上がる。
これはなかなか良い光景かな……。
同時に、ミコトが自分以外の手に触られて気持ちいい気持ちいいと言っていることに、若干のジェラシー。
うーん……。
やっぱ電気魔法習おう。
「よっしゃ! いっちょ上がりだ! オラ! さっさと行くぜ!」
俺達を癒してくれた後、シャウト先輩は再び大荷物を背負って歩き始めた。
慌ててその後を追う俺とミコト。
太陽は早くも真上に輝いていた。
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夕日がブリーム平原を赤く染めていく。
地平線の彼方から、夕闇が迫るのがありありと分かる。
結果的に言うと、俺達は当初の目的地である古砦まで到達できなかった。
しかし、ちょうどその途中、5m×5mほどのレンガの廃屋があったので、今晩はそこで眠ることにしたのであった。
屋根は無いが、俺がテントを召喚すれば十分だし、扉と窓が無くとも、フロロカーボンとワイヤーで格子を付ければ動物や魔物の襲撃を防ぐことができる。
薪を焚き、一夜干しにしたクツメを炙って食べる。
香ばしく焼けたクツメに舌鼓を打ちつつ空を見れば、これまた満天の星空だ。
いやぁ……大自然の中で食う魚は旨い。
時折その匂いに誘われた獣の唸り声が聞こえる以外は完璧だ……。
正直めっちゃ怖い
「気にすんな。どうせブリームオオカミの群れ程度だろ」
と、先輩は気にも留めていない様子。
まあ、それなら大丈夫なんだろう。
多分……。
「ところでだ」
廃屋の外壁を大型の獣が引っ掻く音に怯えていると、先輩が話を切り出してきた。
「お前ら魔法の形質変化って出来ねぇのか?」
この状況下でする話なのだろうかと疑問を抱きつつ、俺は「形質変化がそもそも分からないです」と答えた。
すると、先輩は「ふむふむ……んじゃ今教えておいた方がいいか」と呟き、空目がけて短刀を掲げた。
「サンダーウィップ!!」
短刀から天へ放たれた雷の鞭がグニャリと曲がったかと思うと、外壁を避け、それに沿うようにグルグルと回転を始めた。
「キャウン!!」「キャン!」「ガル……キャウ!!」
周りを囲んで聞こえていた唸り声が情けない断末魔に変わったかと思うと、辺りは静寂に包まれる。
「よし、静かになったな。今見せたのが能力の形質変化の一つだ」
先輩が短刀を俺達に向けて突き出してくる。
「あれは元々、“サンダーシュート”っていう中級魔法なんだが、その形状を変化させて鞭にしてんだ」
「えぇ!? そうだったんスか!? どうりで先輩の技が魔術本に載ってない訳っス……」
「どうだ! 結構スゲェだろ! アタシのこと見直したか!?」
珍しく得意げに語る先輩。
まあ、先輩のことを見くびったことなど一度たりとてないつもりなのだが……。
ちなみに、昼に見せてくれた自己電気治療も“エレキショック”という初級魔法の形質変化技らしい。
「お前ら飛行スキル持ってんだろ? それを形質変化させて、自分の荷物に軽くかけられるようにすりゃ、消費魔力最小限で荷物運びを楽にできるはずだ。特にユウイチはジョブスキルで知能に強補正があるからそういう応用術が得意だと思うぜ」
な……なるほどぉ!!
しかし、それはどうやればいいんだろうか……?
俺みたいなヘッポコ魔法スキルでもできるもんなのか……?
「やり方は簡単だ。口で言う分には、だけどな」
先輩によると「強くイメージして魔法を発動させればいい」そうだ。
まあ簡単ですこと。
ということで早速試しに荷物を背負い、飛行スキルを発動してみた。
だが、俺が荷物ごと宙に浮いただけだった。
あ、ダメだこれ。
今日の疲れも相成って魔力が猛烈に底を突いていくのが分かる。
慌てて降りると、軽い眩暈に襲われた。
「この前お前に召喚術の応用教えたろ。あの感じだ。その……なんだ……アタシを縛ったときみてぇな具合でだなぁ……。何言わせんだオラァ!!」
フラフラの頭に理不尽なビリビリビンタが炸裂し、視界が暗転。
だが、その刺激のおかげで思考がサッパリと晴れた。
なんか俺先輩の電気ショック慣れてきたな……。
しかし良いことを聞いた。
あの時の感覚……。
あの時の……。
「わ……わりぃ! 今のはすまんかった!」
先輩が片膝をつく俺の腕を掴み、引き起こしてくれようとしている。
その最中、俺の中で飛行スキルの形態変化イメージが良い感じに固まりつつあった。
触れている物に最低限の浮遊力を与え、必要最小限の腕力と、魔力の消費で持ちあげる……。
痛みに瞑っていた目を開ければ、ふと、眼前に先輩の太ももがあった。
ああ、これはいい。
以前うっかり触れた時の、堅く締りながらも、適度な張りと潤いのある足。
それは今日の日差しで少し焼け、小麦色に染まっている。
ここで膝枕したら気持ちよさそうだなあ……。
そんなノイズが俺のイメージに混在したことは言うまでもない。
「キャッ!?」
先輩の小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、次の瞬間、俺が邪な目で見ていた太腿が宙を舞い、俺目がけて突っ込んできたのだ。
「んぶぉ!?」
顔面に訪れる温もり、湿気、そして汗の匂い。
俺の魔法によって適度な浮遊力を与えられたシャウト先輩は、俺を引っ張った反動で宙に浮かび、俺がイメージした通り、膝枕をしかけてきたのだ。
一般的なそれとは上下が逆だが……。
慌てて飛び退くシャウト先輩。
「ひゃああああ!! なっ! なにしやがんだテメー!!」
「ちっ……違っ! 俺そんなつもりじゃ……!」
「浮気夫は許さないっスよ――――――!!」
先輩と入れ替わりで飛んできたミコトのフライング逆膝枕を食らった俺は、彼女のふんわりとした太ももの感触と温もりに包まれながら、穏やかならざる眠りについた。