第2話:セグロハヤ 中流のスプーンサビキ釣り
「行ってらっしゃいっス! 私はギルドに依頼見に行ってきますね!」
食いしん坊天使に送り出され、俺は後ろ手に手を振りつつ出かけていく。
今回のターゲットは「セグロハヤ」。
ブリーム平原を流れる河川に広く分布する小型の魚で、大きい個体でも15㎝程度だ。
食味はイワシによく似ているが、川魚特有の臭いがある。
しかし、ハーブと一緒にツミレ揚げにすると臭みが消え、絶品である。
他にも、スパイスを付けて焼く、果物と一緒に煮る、オイルサーディン…etc.どれも抜群に旨い。
釣り味は少々物足りないが、定期的に釣りたくなる魚である。
家のすぐ横を流れる小川に沿って歩けば、大体30分くらいでポイントにたどり着く。
川幅200mほどの中規模河川、ボニート川だ。
河原に降りると、近隣の村に住むちびっ子達が川遊びに来ていた。
時折川の石をひっくり返しているが、多分夕飯の川エビ取りも兼ねているのだろう。
彼らは俺の方を向くと、手を振りながら大声で挨拶をしてきた。
俺も手を振り返してやる。
この世界に来て1年。
彼らの村には色々とお世話になった。
ミコトの持っているパンフレットでは分からない地域のルール、しきたりを教えてもらったし、作物の作り方も教わった。
俺はそのお返しに、釣れた魚を持って行ったり、彼らがギルドに出した依頼を割安で解決してあげたりしている。
そんな交流を続けるうちに、子供たちには「魚のお兄ちゃん」として随分気に入られてしまった。
見ると、子供たちの中の一人が、こちらにかけてきた。
あの子は……ユーリくんか。
銀髪褐色碧眼美少年という、やたらあざとい要素を持った子だ。
やたら俺に懐いている。
そんな彼がすごい勢いで俺の腹に突進してきた。
「ぐふぅ!!」
思わず嗚咽が漏れる。
普段から水汲みで鍛えているせいか、体格の割になかなかの威力だ……!
じゃれ合い程度なのだろうが、俺のペラペラ腹筋にはなかなかのダメージである。
「ユーチ兄ちゃんアレ貸してー!」
俺の腰にしがみ付きながら、美しい緑と赤の瞳で見上げてくるユーリ。
見た目だけでなく行動まであざとい奴だ……。
「ほれ、気をつけて使えよ?」
釣具召喚で目の細かいタモ網を出し、貸してやる。
「ありがとう兄ちゃん!」と、満面の笑みを浮かべ、子供たちの中に駆け戻っていくユーリ。
あ、コケた。
本当に何もかもがあざとい。
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子供たちが溺れないように横目で眺めつつ、釣りを始めるとしよう。
今回の仕掛けは「スプーンサビキ」である。
ビニール製の疑似餌が付いた針を2~4本連ねた下にスプーンという金属製のルアーを付け、その動きで疑似針を生き生きと躍らせ、魚にそれがエサと思い込ませて釣るという寸法だ。
もと居た世界ではアジやイワシを釣るのに使われる仕掛けで、エサ釣りとルアー釣りの中間として時に邪道釣りと言われることもある釣法だ。
まあ、俺は楽しく魚が釣れたらそれでいい派なので、特に気にしたことはない。
「釣具召喚!」
11フィート(約3.4m)のシーバスロッドと、PE0.6号+ショックリーダーフロロカーボン3号が巻かれた2500番のスピニングリール、そして先ほど述べた仕掛けを召喚する。
上流へ向けてフルキャストすると、15グラムのスプーンは気持ちよくかっ飛び、川の流心へ着水した。
川の流れで仕掛けが弛まないようにリールを巻く。
流れが少し速いため、リールを早く巻きすぎると仕掛けがスプーン諸共水面を跳ねてしまう。
イメージとしては、スプーンが川の流れでヒラヒラとアクションし、それによって疑似針が流される川虫や、落水した羽虫のようにピクピクと動くような具合だ。
俺を支点として仕掛けに半月を描かせ、巻き取り、再び上流へ投げる。
基本的にはコレの繰り返しだ。
セグロハヤは群れで回遊しているので、それがやって来るのを待つ必要があるのだ。
やがて、下流から黒い帯のようなものが川を遡って来るのが見えた。
セグロハヤの群れである。
特徴の黒い背は、群れることで巨大な水棲生物のように見える。
サーペントや水龍に擬態してアミメペリカンやスナイパーカワセミの襲撃を防いでいるのではないだろうか。とミコトは推測している。
まあ、この地域にそんな巨大生物は殆どいないので、擬態の意味を成しているかと言われれば微妙だ。
実際、目の前ではアミメペリカンがその名の由来となった網目状の口で数十匹のセグロハヤを水揚げしにかかっている。
そんな捕食の危機が迫る状況下でもセグロハヤは活発な捕食活動を展開し、俺の竿にもガシガシと激しいアタリが伝わった。
竿を軽くしゃくると、あっさりと針がかりし、ビクビクと小気味よい振動が手元に伝わってきた。
「よし! ヒット!」
ここで慌ててはいけない。
あえてゆっくりとリールを巻くことで、「追い食い」を狙うのだ。
「追い食い」とは、仲間がエサを捕食したことを察知した他の魚が、エサを奪われてはいけないと慌てて他の針に食いついてくることを言う。
元の世界の海釣りではアジ、淡水ではワカサギなどによく見られる現象である。
ゆっくり、ゆっくりと仕掛けを巻き上げると、4本全ての針にセグロハヤが掛かっていた。
「よっしゃ! パーフェクト!」
引きも弱く、釣る難易度も低いこの釣りだが、魚が鈴なりで釣れてくる楽しみは他に代えがたいものがある。
召喚したクーラーボックスに魚をしまい、低級魔法「アイスショット」で小粒の氷を、「ウォーターショット」で綺麗な淡水を投入する。
急激に冷やされたセグロハヤはビクビクと痙攣した後、死に至る
所謂「氷締め」というやつだ。
これをやるのとやらないのでは、食味、特に独特の臭みの濃さに大きな差が出るので、セグロハヤを美味しくいただく上では必須である。
その後もパーフェクトヒットを連発し、群れが去る頃にはクーラーボックスがセグロハヤで一杯になっていた。
数にして200匹は下るまい。
当然だが、こんな量俺とミコトでは食べきれない。
川エビを取っていた子供たちに2/3程を分けてやり、転送魔法で村まで飛ばしてやった。
俺も同じくテレポートしようとしたが、魔力が底をついていたらしく、クーラーボックスしか飛ばせなかったので、一人寂しく徒歩で帰路に就いた。
ああ、転生窓口のお姉さんが言ってた魔力無限チートってこういう時あると便利なんだな……。
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家に帰ると、ミコトが先に到着したセグロハヤを捌いているところだった。
頭をもぎ、腹を指で開け、背骨を取り除いている。
包丁を使わずに調理できるのもセグロハヤの魅力だろう。
ミコトはおろした身を適当なサイズに千切り、石鉢に入れ、ゴリゴリとすり身にしていく。
そこに家庭菜園で育てたハーブ類もパラパラと散らし、手でこね、つみれ団子を作る。
「おかえりなさいっス雄一さん。一応簡単そうな依頼何個か申し込んできたっスよ。ついでに牧場のミルク運びの依頼もこなしてきたんで、ちょっと小銭も出来たっス」
「おお、ありがとな。どんな依頼が出てた?」
「ため池に変な魚がいるので調査してほしい。とか、クラム湖畔にイカの死骸が無数に流れついて怖いから調査してほしい。とか……あとは草むしりだの木の実集めだの雑用系っスかね。山賊討伐とかゴブリン退治とか、人食いミドリグマ討伐とかはやりたくないっスよね?」
「うん、無理」
俺のスペックでは対人、対魔物、対猛獣など恐ろしくて出来たものではない。
あの窓口で戦闘向きのチートをもらった連中なら楽々依頼達成出来るのだろうが……。
戦闘を伴いそうな依頼は極力受けない。
転生して一年、色々と恐ろしい目に遭いつつ学んだ貴重な経験である。
ミコトが貰ってきた依頼文を読んでいると、ジューっといういい音とともに、香ばしい匂いが漂ってきた。
「今日はレッドミントとイエローハーブ、それにマッケレルトウガラシと一緒に挽いてあげてみたっスよ。匂いだけなら既に大成功な感じっスけど……。さて、お味は如何っスかねぇ?」
食卓には白パン、農園で採れた野菜のサラダ、近所の村の人から貰った果物と一緒に、こんがりきつね色に揚がったセグロハヤのつみれ揚げが並んだ。
「それでは!」と、ミコトが手を合わせてスタンバイする。
俺もそれに倣い、彼女の体面に座り、手を合わせる。
「「いただきます」」
早速、彼女の新作をいただく。
「サクッ」という快音。
同時にイエローハーブの爽やかな酸味が口の中に広がった。
やや遅れて、レッドミントとマッケレルトウガラシの辛味がピリリと響く。
セグロハヤ特有の臭みは全くないし、その強いうま味がハーブとスパイスの風味に負けることなく力強い味のハーモニーを奏でる。
「うん! これは旨いぞ!」
「てへへ……。良かったっス。レッドミントもイエローハーブも魔力回復効果があるっスから、明日の依頼には万全で挑めるはずっス」
「気が利いてるな」
「これでも私、天使っスから。あ、サラダにも回復系の香草入れてるっスから、あと果物には魔力一時増幅効果が……。あと今日のお風呂にも筋力アップの入浴ポーションを……」
「さすがに盛りすぎだ!」
気の利きすぎるおせっかい天使のおかげで、貧相チートでも俺は元気で楽しく異世界生活を送れている。
明日はとりあえず、ため池の謎魚調査と、雑用依頼を纏めてこなすとしよう。
俺は依頼文を隅々まで読み、猛獣や魔物の遭遇がほぼ無いことを確認し、ミコトの指印の横に俺の指印をついた。