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第22話:まったりインフィートライフ




「ほへー……。マスにコバンザメなんて珍しい取り合わせっスね」



 3日の闘病(?)を経てだいぶ回復したミコトが、俺の釣って帰った魚をつつきながらメモを取っている。

 特にイズミコバンの生態に関しては、俺の話を食い入るように聞いていた。

 なにせ大河や海との繋がりがない閉鎖水域に生息するただ一種の魚である。

 太古の昔、ここが川や海と繋がっていた時代に取り残された種なのか、それとも、何らかの生物に付着してやって来たのか。

 そのどちらかは分からないが、少なくともこの近辺の水系では見かけない種であった。



「クツメは多分海から上がってきたものだと思うんスけど、この子は詳しく調べてみたいっスねぇ。研究者として」



 「とりあえずお腹の中身と、味を調べるっス」と言いながら、ミコトは宿屋の台所へ歩いて行った。

 ここのところ無味無臭の食用スライムと、ピリ辛のホワイトハーブしか食えておらず、食味に飢えているのだろう。

 思えば「バラムツが食べたいっス……」とかうなされていたっけ。


 さて……ミコトが初見の珍しい魚を捌くときは長くなる。

俺はフローターで水に浸った体を洗うべく、ギルドの温浴施設へと向かった。




////////////////////




 インフィートに温泉は無い。

 しかし、豊富な木材資源と水資源があるため、風呂を沸かして入るという文化が定着している。

 無論、それはギルドにも備え付けられていて、登録された冒険者なら誰でも無料で利用できるのだ。

 相変わらず閑散としたギルドの受付にカードを提出し、案内に沿って暖簾をくぐれば、風呂場へ続く手掘りの岩盤トンネルが伸びている。

 ヒカリゴケの薄明りに沿って進めば、何ともいい感じの洞窟風呂に辿りついた。

 見れば、人が一人座れる程度の溝がいくつか並んでいる。

 所詮冒険者向けの簡易温浴施設なので、棚は置かれているが脱衣所は無い。

 さらに言うと、湯の温度も入る人が勝手に調整しなければならない。

 ボイラーで一度100度近くまで熱された湯が、湧き水と混ぜられて大体60度くらいになり、熱湯槽に貯められる。

 そこから溝に湯を導き入れ、同時に湧き水を貯めた桶から水を注ぐのである。

 うん、めんどい……。


 苦戦しつつ、何とか俺用の浴槽が完成した。

 湯の中に胡坐をかいて座ると、すべすべとした岩盤が心地よい。

 最初は狭いと思ったこの浴槽も、若干傾斜がついていて、リクライニングする座椅子のような塩梅だ。

 気持ちぬるめに入れたおかげか、これは何とも……。

 疲れが……解されるようで……。

 ……。


 俺は夢現の間で、コクリ、コクリと船を漕いでいた。

 このまま寝てしまいたいという本能と、風呂場で寝てはまずいという理性が無意識にせめぎ合う。

 ああ……。

 大学受験の時こんなの結構あったな……。

 あと暇な教授の講義もこんなんだったっけ……。

 などと半停止状態の脳が、退屈な思い出を紡いでいると、「ピタ……ピタ……」と誰かが浴場に入ってきたのが分かった。

 全裸で鉢合わせるのはあまり好ましくない。

 挨拶でもした方がいいだろうか……と思うが、どうにも頭も体も働かない。

 例えるなら、休日の朝に平日のアラームを鳴らしてしまった時、煩いと思いつつも止められないあの感じだ。


 俺が睡眠欲と格闘しているうちに、湯気の向こうから湯を注ぐ音が聞こえ、やがてそれはカポン……という入浴音に変わった。

 ああ、2個隣くらいに誰か入ったな……。

 どうやら棚の下の方に置かれた俺の衣類には気が付かなかったらしい。



「ふぁぁああ~ あっ!! チクショウ! 痛てて……。あ゛ぁ゛~生き返るぜ~」



 薄暗く、湯気に包まれた洞窟に響くガラの悪い独り言。

 あ……。

 この声は……。

 ええ、シャウト先輩ですねハイ……。

 猛烈に眠気が覚め、火照っていた顔が一気に冷めていくのを感じた。

 そういえばここ……建物古いから男女別じゃないんだ……。

 とりあえず俺は息を潜める。

 見つかったら理不尽なビリビリパンチが飛んでくる気がしたのだ。

 さては、受付の読書お姉さん俺が入ってること伝え忘れよったな……。



「ユウイチ……」



 突然名前を呼ばれ、俺は死を覚悟する。



「……ミコト……へへへ……」



 だが、相手は俺に気付いたわけではなかった。

 それどころか、なんだかゴキゲンな様子である。



「アタシの一党パーティー……へへっ」



 バシャバシャと身体を摩るような音と共に、普段効かないような可愛らしい声色。

 「パーティーロゴはどんなんがいいかなぁ……」とか、

 「武器とか一緒の揃えてぇなぁ……」とか、

 まるで恋する乙女がデートの構想を練るが如き口調である。

 シャウト先輩、そんなにパーティーに飢えてたんすね……。

 分かりました、先輩のパーティー運用方針には素直に従います。

 だからこのまま俺に気付かず上がってください……。



「あ゛ぁ゛~ さて……アレでもすっか……」



 先輩の声色が普段の粗暴な感じに変わった。

 アレ……?

 アレとは?

 先輩が何かをやろうとしているので、ちょっと目をすましてみる。

 「パチッ……パチッ……」と、小石がぶつかり合うような音。

 いや、これは……。



「サンダー……ベール!」



 先輩の周りが突然激しく発光したかと思うと、周囲の湿気がビリビリと刺激を伴い始めた。

 「あ゛あ゛~! たまんねぇ~!」

 先輩の大声が響き渡った。

 せ……先輩それは電気風呂の要領なんです……!?

 明らかに電力が体にいいレベルを超えてると思うんですが……。


 先輩の嬌声を聞きつつ、湯気から肌に伝わる刺激を耐える。

 大丈夫だ。

 この程度なら我慢できそう……。

 しかし、俺の目は直視したくない光景を捉えてしまう。

 先輩の浴槽は若干高い位置にあり、そこから流れてきているのだ。

 高圧電流湯が……。


 ヤバい!と思う間もなく、その小川は俺の浴槽に流れ込んだ。



「アビビビーーーーーー!!」


「きゃあああああ!! のっ! 覗き野郎―――――!!」



 全身が雷に打たれたかのような衝撃に揺さぶられた。

 俺が覚えているのはそこまでだ。




////////////////////




「ってことがあったんだよミコト~。お前の旦那覗き野郎だぜ?」


「もー! 雄一さんったら!」


「俺今回ガッツリ被害者ですよね……?」



 小一時間後。

 俺達は3人で食卓を囲む。

 先輩は「寝ていた」という俺の弁明を信じてくれ、あれ以上のビリビリの刑は無かった。

 あの独り言は墓場まで持って行こう。



「ところでコレどうっスか? クツメは腹と背を開いて唐揚げに、イズミコバンは洗いと煮つけにしてみたっス。付け合わせはインフィート名物のミックスナッツっスよ」


「うん。これ旨いよ。クツメも旨いが、このイズミコバンがたまらん!」


「相変わらずミコトは飯作るの上手ぇなぁ!」



 クツメは元の世界のマス系の魚そっくりの味だ。

 極めて綺麗な水にいたためか、香りが非常に良い。

 そして驚くべきはイズミコバンである。

 実はコバンザメが旨い魚というのは聞いていたが、このイズミコバンもまた非常に美味しい。

 洗いは柔らかいのにしっかりと張りがあり、それでいて脂肪が身にしっかりと溶け込んでいる。

 少し臭いがあるが、洗ったおかげであまり気にならない。

 そして、煮つけは全くもって最高だ。

 脂肪が溶けてホロホロになった身が口の中で解けていく。

 神木の若枝を臭み消しに使ったとのことで、嫌な臭いは全くない。

 ああー! 白米食いてぇ!


 生憎インフィートで米はかなり高価である。

 鎧を失った以上、浪費は禁物だ。

 甘辛い煮つけと一緒にナッツをポリポリと齧ったが、やはり白米がいい……。

 これは白米を持ち歩く方法考えた方が良いかもな……。




 3人で旨い旨いと言いながら魚8匹が使われた料理を平らげた頃、宿のドアがコンコンと叩かれた。

 ミコトがドアを開ければ、そこに立っていたのはサステナであった。

 「あら……凄く良い匂いがします」

 と言うので、俺達が魚料理をしこたま食っていたことを話すと、

 「えぇー! 私も食べたかったです!」と悔しがっている。



「んで? 市長代理が直々に何の用だい?」


「ああ! そうです。皆さんにお願いがあったんです!」



 そう言うと彼女はえらく綺麗な紙を取り出し、シャウト先輩に差し出した。



「この街の代表として、シャウトさん一党への指名依頼です!」


「ほう……」



 先輩が依頼書を見てニヤリと笑った。



「町の発展支援か……面白そうじゃねぇか!」


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