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第1話:ドロアンコウ 沼地のポカン釣り




 俺達が転生してから色々あって1年が経った。

 俺は今、暗い森で草木を薙ぎ払いながら目的地へ向けて前進している。


 ブリーム平原の奥地、日の差さない薄暗い森、名は確か……フラウンド森林地帯だったか。

 背の高い草をかき分けていくと、霧のような靄が立ち込める広大な水場が目の前に現れた。

 やれやれ、飛行スキルで飛んでこれない場所は骨が折れる。

 

 一見池や湖のように見えるが、ここは緩い泥を多量に湛えた沼地である。

 水深は一番深いところでも僅か20㎝程度。

 一方で泥の層は数メートルに及ぶと言われ、足を取られたが最後、ワープや飛行スキルを持たない者は沼に飲み込まれて一巻の終わりだ。


 実際、沼には動物の亡骸が散乱しており、独特の腐敗臭が漂っている。

 だが、こんな地獄のような環境下を好んで生息地とする魚もいるのだ。

 ドロアンコウは浮袋と発達した1対の胸鰭の合わせ技で泥の上を“歩く”。

 そして水辺に生息するカエルやカニを捕食するのだ。

 底なしの泥層を克服すれば、この沼は水温一定、天敵不在、エサ豊富といいことづくめであり、なかなかに面白い生存戦略と言えよう。


 さて、今回のターゲットはそのドロアンコウなのだが、まずはエサの調達をせねばなるまい。

 水辺の草木をかき分け、生餌を探す。

 葦のような草の根元を探ると、10センチほどのカエルが手に入った。

 真っ赤だが毒はない種で、見た目の派手さからエサにはもってこいである。



「釣具召喚!」



 手を前に突き出し、そう叫ぶと、思い描く現代の釣具が姿を現す。

 7フィートのエクストラヘビーベイトロッドと、20ポンドのフロロカーボンが巻かれたリール、そして釣り針は伊勢尼15号。

 ルアーロッドにエサという組み合わせが邪道かどうかという議論はさておき、ここではこの組み合わせが最も使いやすい。

 手早く仕掛けを結ぶ。

 そしてそこにカエルを付ける。

 オモリもウキもない、針一本にカエル一匹というドシンプルな仕掛けだ。

 投げたカエルをぽちゃぽちゃと水面で跳ねさせながら獲物を誘い出すのに、下手な小細工は不要なのだ。

 元の世界では「ポカン釣り」と呼ばれ、ナマズや雷魚釣りで用いられる釣法である。

 片足に針が付いた糸を結びつけるのだが、この時、カエルを殺さないように気をつけなければならない。

 死んだカエルでは食いつきが異常に悪くなるのだ。

 これはおそらく、ドロアンコウがエサの振動を頼りに捕食活動を行っているからだろう。


 後はこの仕掛けをドロアンコウの鼻先に投げればいいわけだが、平たい体で濁った水底を歩くそれを目視で見つけるのは難しい。

 なので、彼らが潜んでいそうな場所を探し、そこにカエルを投げ込む。

 例えば、ハスの葉が密集している場所や、大型の動物の骨が転がっている場所。

 まあ、つまりはカエルが乗ったり留まったりしそうな障害物のすぐ傍を狙っていくのである。


 投げたカエルを、竿を使ってピクピクと動かしながらハスの密集地のすぐ横を通過させる。

 カエルは手足を動かし、バシャバシャと抵抗する。

 この動きが彼らを呼び寄せるのだ。

 ハスの葉の切れ目から、何か棒のようなものが現れた。

 ドロアンコウの「角」である。

 アンコウは額に疑似餌状の機関を備え、それで小魚をおびき寄せて捕食するが、ドロアンコウはこの器官で水面の振動を探知する。

 ドロアンコウが俺の仕掛けに興味を示した証拠だ。

 2度、3度と同じポイントを攻めていると、棒の真下の水面がモソっと盛り上がった。

 直後、バフッ!という音とともに水柱が上がり、巨大な口がカエルを吸い込む。

 ドロアンコウだ!

 竿にドッシリと重みが乗ったのを確認し、大きくアワセを入れる。

 固い口を伊勢尼が勢いよく貫き、その衝撃に驚いたドロアンコウが暴れ出す。


 遊泳能力の低いドロアンコウは、頭を激しく左右に、上下に振りながら水底へ突っ込むという重量感のあるファイトスタイルだ。

 水底にはラインを傷つける生物の骨が散乱しているので、あまり自由に暴れさせてはいけない。

 ロッドのパワーを生かして浮かせにかかる。

 ドスンドスンと激しい首振りの振動が腕を揺さぶる。

 それを強引に制し、ゆっくりと、確実にリールを巻いていく。

 やがて、バテたのか、抵抗が小やみになった。

 その隙をついて、一気にリールを巻く。

 

 すると……。見えた!濁った水面を割り、ドロアンコウが姿を現す。

 長さは80㎝程度だろうが、横幅が大きいことで、サイズ以上の存在感を放っている。

 一度水面まで引き上げてしまえば、後は最後の抵抗を警戒しつつ、ゆっくりと陸へずり上げればいいだけだ。

 ロッドのパワーを活用し、池の波打ち際へ魚を引き上げる。

 ここで焦って手づかみに行ってはいけない。

 波打ち際には深い泥が続いており、獲物もろとも沼の餌になってしまいかねないのだ。



「釣具召喚!」



 マグロ用のロングギャフを召喚し、ドロアンコウの頭に撃ち込んで岸へ持ち上げた。

 同時に100ℓクーラーボックスに獲物を入れる。


「ウォーターショット!」


 そこへこの世界に来て体得した水魔法を使って綺麗な水を注いでやる。

 なにせこの腐臭漂う沼の魚だ。

 しっかりと泥抜きをしなければ食えたものではない。

 クーラーボックスの蓋を閉めると、俺は再びカエルを捕らえ、より大物を狙って釣りを続けた。




///////////////////




「と、いうわけで80㎝級が3枚だ。ドロアンコウはこのサイズが最大クラスなのかもな」



 その後、3時間ほど釣り続けたが、釣れたのは5匹、うち2匹は30㎝程度だったのでリリースした。



「わーい! これで今夜はドロアンコウ鍋っスね! とりあえず1匹は食べて、2匹は生簀に入れとくっス」



 ミコトがドロアンコウをかごに入れ、家のすぐ横を流れる水路、通称生簀に沈めに行った。

 成り行きで異世界送りになって早1年。

 最初は色々と苦労していた彼女だが、今ではすっかり異世界暮らしを満喫している。

 特にこの世界で独自に進化を遂げた魚の研究が楽しいらしく、主婦ライフを送りながら、俺が釣って来る魚を観察したり、飼育したりしてるのだ。



「さーて、おろすっスよ!」



 ミコトの手でドロアンコウがテキパキと解体されていく。

 本来、大型のアンコウの解体は難しいのだが、もはや慣れたものだ。

 


 臭みの皮、エラ、ヒレ、そして胃袋は捨て、キモ、卵巣、身を器に盛っていく。

 もと居た世界のアンコウは「7つ道具」などと言って、キモ、皮、胃袋、卵巣、エラ、ヒレ、身の全てが美味しい可食部位だったのだが、ドロアンコウでは3つ道具になってしまう。

 アンコウを食う醍醐味が減るのは残念だが、泥と腐敗臭にまみれた鍋を食いたくないのなら4つ道具は捨てるべきである。



「キャンプ道具召喚! カセットコンロ! 土鍋!」



 俺の目の前に見慣れたカセットコンロと土鍋が現れた。

 これらが果たしてキャンプ道具なのか微妙なところだが、召喚できるのだから仕方がない。有効に使わせてもらうとしよう。

 白菜、マイタケ、シイタケに似た現地の野菜を準備し、よく炙ったドロアンコウの骨と、イリコにした川魚を使って出汁を取る。

 味付けは塩だけだ。



「具材入れるっスよ?」



 切り分けられたドロアンコウの身をミコトが持ってきた。

 ドロアンコウを鍋に投入する。

 蓋をして10分ほど煮込めば、ドロアンコウの寄せ鍋の完成である。



「わぁ~。いい匂いっスよ~」



 蓋を開けながら、ミコトが恍惚とした表情で言う。

 あの腐臭漂う泥沼に生きていたとは思えない程、綺麗な白身、そして良い匂いである。

 庭で栽培している柑橘エキスと、自家製のしょっつるを混ぜた魚醤ポン酢でいただく。



「あ~! たまんねぇっス!」



 食いしん坊天使がいただきますの挨拶もそこそこに、パクパクと身を食い荒らす。

 俺も食い損ねないように、急いで身をキープする。

 プリプリとした弾力のある身は、ややクセがあるものの、濃厚なうま味があり、しょっつるの風味に負けない存在感を放つ。

 柑橘の酸味のおかげで、独特のクセもほとんど気にならない。

 一言で言うと無茶苦茶旨い。

 元の世界のアンコウより好きかもしれない。



「よっしゃ! アンキモゲットっス!」


「あっ! ズルい!」



 俺がうま味を噛みしめている隙に、ミコトがアンキモを探し当てた。

 ドロアンコウのキモは小さい。

 それこそ一口くらいしかない程に……。



「んーーーー! めっちゃうめぇっス! 濃厚な甘みとうま味が口の中でトロけるっす!」


「あーーー!」



 残念ながら、その一口はミコトの胃袋の中に消えていった。

 仕方ないので卵巣をいただく。

 こちらもフワフワとして美味しい。

 身を、卵巣を、野菜を取り合うように食らう食いしん坊二人。

 80㎝の大物は、10分足らずで二人の胃袋に収まったのだった。



「じゃあ〆の麺入れるっスよ!」



 残った出汁にミコトが自家製のうどんを投入する。

 しょっつるを数滴たらせば、ドロアンコウ出汁煮込みうどんの完成である。

 これまた同じように争奪戦を繰り広げつつ、なべ底の一本まで食いつくした。




///////////////////////




 食事が終わり、片付けが終われば、しばし真面目な執筆タイムである。

 天使であるミコトは天界の自室のアイテムを自由に召喚できるのだ。

 ドロアンコウに関する研究データを天界ノートPCで入力している。

 形状、生態、食味、分布なども適宜更新し、天界の学会へ発表するそうだ。

 俺はそんな彼女を横目に見つつ、この辺りの地図に目を通す。

 丁度季節も一巡するし、次は小川で小物釣りでもしよう。

 セグロハヤのつみれ揚げが美味しい季節だ。


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