第11話:強制スカウト事件
「いや~。楽しいクエストだったぜ」
「また誘ってね!」
「おう! 今度はエドワーズ達も一緒にな」
クエストの報酬を受け取り、受付でマービー、サラナと別れる。
二人は報酬の小袋を片手に、街の釣具屋へ向かうようだ。
用水路中を駆け回り、思う存分ネズミを狩り、時々ウナギを釣り、またネズミを狩り。
日が暮れる頃には、俺達は50匹以上のネズミを討伐し、30匹ものウナギを獲得していた。
様子を見に来たデイス自治会の人は、俺達の腰に蓑のごとくぶら下がるネズミの尻尾を見て大層喜び、手土産に新鮮な野菜を持たせてくれた。
こいつはありがたい。
それにしても、あの二人随分釣りにハマってたな。
よしよし、布教成功。
知り合いに釣り人が増えれば、それだけ様々な地域の釣り情報が入ってきやすくなる。
各地を熱心に飛び回るエドワーズパーティーともなれば、その情報量たるや相当なものになることだろう。
ぐふふふふ……。
俺のフィッシングライフはますます充実していくぜ……。
「おうコラ! てめぇ嫁放っておいて女たぶらかしてんじゃねぇぞ!」
ドキッとして振り返ると、やはりと言うべきか。
シャウト先輩だった。
「あの魔物の肉片の鑑定結果出たぜ。ほれ、受け取りな」
そう言って投げつけてきたのは、一時シャウト先輩預かりになっていたクエストの報酬であった。
えっと……金貨7枚、70000Gってことは……。
「当たりだ。この瘴気はインフィートの地下に封印されてる魔王の痕跡由来だぜ」
「え! マジっすか!? やった!」
「やった! じゃねぇよ! あそこの封印が破壊されたら、インフィートの神木が大陸中に瘴気まき散らす魔木になっちまうだろうが!」
痛ぇ!
とっさにビンタするのやめてほしいんですけど!
しかし、先輩の話を聞くに、大変な事態だ。
あの辺の川とか泉とか全然開拓できてないのに、瘴気に汚染されたらそれも叶わなくなっちまう。
早く再封印しないと!
「オウ。お前もそう思うか」
「ええ。封印術師の人たちに頼んで封印を直してもらいましょう」
「まあ待て。インフィート地下にある魔封大結解岩はダンジョンの奥地にあるんだ。眷属魔物が潜んでるかもしれねぇし、もしかしたら邪神教とかいうカルト連中も噛んでるかもしれねぇ。まずは調査が必要だ」
確かに。
封印術師の多くは神官や僧侶で、戦闘能力に乏しい人が多い。
魔物や邪教徒に襲われればひとたまりもないだろう。
なので、ギルドナイトや冒険者が護衛してやらねばならないのだ。
それに何より、どんな敵がいるのか、ダンジョンの地形、目標の状況はどうか等を調査しておかねばならない。
そういった危険を伴う斥候は、多くの場合少数精鋭の冒険者が務める……。
あれ……なんか嫌な予感。
「来い」
「えぇー!! そんな無茶な! ホッツ先輩とかジニオ先輩とかシービー先輩とか強い人に頼んでくださいよ!」
「バカ野郎! 斥候に二つ名持ち二人も三人も雇えるか! 指名料だけで足が出るわ!」
そうだ……。
二つ名を持つ人を連れて行くとなると、ギルドに指名料払わないとダメなんだ……。
これはそのギルドの影響力、武力を誇示するための中核戦力である二つ名持ちを無謀なクエストなどで使い潰されるような事態を避けるための制度で、かなり優れたものだと思っていたのだが……。
思わぬ障害になっちまった……。
「それにしたって俺は無茶でしょう! エドワーズやロウディー、ブランカ……。俺の同期にしたってもっと強いやついるじゃないっすか!」
「ああん!? エドは今定期契約で遠征中だし、他の連中はアタシの同期らの舎弟になってんだろ! 一党のメンバー掻っ攫えってか!?」
「あいつら今団体所属なんだ……知らなかった……。だったらシャウト先輩も自分の舎弟連れて行けばいいんじゃないっすか?」
「だからお前ら誘ってんだろ」
「俺いつの間に先輩の舎弟になってんすか!? うわ! ギルドメンバー札書き換わってるし!」
ギルドの受付に並んだギルドメンバーを並べた札の一覧。
俺達の札はシャウト先輩の横に移され、一党のメンバーを示す枠で囲われていた。
ていうかシャウト先輩……。
舎弟俺達しかいないんだ……。
他の二つ名持ちの先輩らメンバー20人くらい抱えてるのに……。
「オイてめぇ。今他の連中とアタシ見比べただろ! ケッ! どうせアタシは後輩ウケしねぇよ!」
そうだったんだ……先輩俺達しか誘える人いなかったんだ……。
そういえばこの人クエスト受けるとき毎回一人だったな……。
今回も調査依頼が来て、誘える人いなくて俺達に……。
痛ぇ!!
「そんな目で見るんじゃねぇ! 党のメンバーになった以上、もうお前らはアタシの誘いは断れねぇぞ! オラ! さっさと家帰って準備してきやがれ! 出発は明後日の早朝だ!」
先輩は最後に「これで装備と買い揃えな!」と、金貨三枚30,000Gが入った袋を投げつけて去って行った。
金貨と一緒に包まれていた小包を開けると、数十枚ものホワイトハーブがパンパンに詰まっていた。
これ……一枚2000Gもするんだけど……。
先輩なりの不器用な愛情なのだろうか……。
ヤバい。
ときめきそう。
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「おかえりなさいっス! いやぁ~すっかりデトックス出来たっスよ~」
家に帰ると、ミコトはすっかり回復していた。
天使の生命力は人間のそれを遥かに凌駕する。
体内の瘴気さえ抜けてしまえば、すぐに復調できるらしい。
むしろなんか肌艶が良い……。
バラムツの脂のおかげだろうか。
先輩から受けた調査依頼の件を話すと、「行くっス!」と即答が帰ってきた。
瘴気を多量に浴びるかもしれないぞと言っても、「雄一さんの行くところとあらば死地でも地獄でもどこまででもついて行くっス!」とのこと。
とりあえず俺は彼女を抱き上げ、寝室へと向かった。
~中略 合体戦闘 2時間~
「これ付けてればある程度は瘴気防げると思うんスよ」
そう言って、ミコトは首狩り骸骨くんキーホルダーを揺らす。
天界のアイテムには除霊の他、瘴気を妨げたり、聖の魔力を増幅する効能があるらしい。
これと大量のホワイトハーブがあれば、ミコトもこのクエストに問題なく同行できそうだ。
まあ、気の進むものではないが……。
「シャウト先輩に認められたわけっスから、頑張らないと!」
と、ミコトは随分やる気満々だ。
単純に、自分が誰かに評価されるのが嬉しいようである。
そういえば天界でも認められない云々と嘆いていたっけか……。
「俺に認められるだけじゃ不満かい?」と聞くと、
「何言ってるんスか! 雄一さんが評価されてるのが嬉しいんスよ! もちろん私の能力を買ってくれる人がいるのは嬉しいっスけど、大好きな雄一さんが評価される方が何倍も嬉しいっス!」
ミコトはそう言って身を摺り寄せてくる。
彼女のスベスベフワフワの肌は温かく、ほんのりと石鹸の香りがする。
「私にとっては、雄一さんの愛情に勝る評価は無いっすから」
胸の中でそんなことを呟き「キャー! 言っちゃったス!」と恥ずかしがるミコト。
あーもう! ミコトは本当にさぁ!!
~中略 変形合体戦闘 2時間~
温かい湯で、今日の疲れを癒す。
クエストそのものは楽なものだったが、帰宅後の激戦で俺はもうヘトヘトだ。
体内を空にしたせいか、ミコトの食欲は底なし沼と化してる。
ウナギ食ってなかったらヤバかったな……。
「出発が明後日ってことは、明日は一日フリーなんスよね? 装備買いに行きましょうよ」
ミコトが俺にもたれかかりながら言う。
「そうだなぁ。10万Gもあるから、一回り……いや、二回りは強力な防具が買えるはずだ。ついでにミコト用の、対瘴気装備も見てみよう」
「えへへ……。私大事にされてるっス」
振り向き、微笑むミコト。
髪を上で縛った彼女もまたなかなか……。
お湯で上気した肌もなんとも……。
いや、いかんいかん。
三連戦は明日に影響が出る。
ロボに例えるなら、合体基部と合体ジョイントにかなりのダメージが蓄積している状態だ。
「シャウト先輩の舎弟になったはいいっスけど、今までみたく自由に釣り暮らし出来なくなっちゃうんスかねぇ?」
ミコトが少し不安げに、俺の顔を覗き込む。
俺がこの世界に来た理由である、自由気ままな釣りライフが満喫できなくなることを心配してくれているらしい。
「まあ大丈夫だろう。ああ見えてシャウト先輩優しいし。こっちの生活振り回してくるようなマネはしないはずさ」
「そうっスね。でもシャウト先輩って結構不器用なんすねぇ。可愛いっス」
そういってミコトは優しく笑う。
まさに天使といった具合の、慈しみをこめた表情で。
こいつ時々神々しくなるな……。
そういえば、ミコトって何歳なんだろ……?
やっぱり1000歳とか行ってるんだろうか。
「え? 私21っスよ?」
「へ!?」
思わぬ答えに、変な声が出る。
「天使は神様の神気からひょっと出て、1年くらいで大人になるんス。あとはお仕事したり、世界を作るお手伝いしたり、時々堕天したりして寿命まで生きるんスよね~」
「寿命もあるの!?」
「あるっスよ~。しかも一定じゃないっス。生まれた意味を完遂したら、神気のもとに還るっス。それを永遠繰り返すらしいっすよ」
思わぬ真実。
天使ってそんな存在なんだ……。
「私の生まれた意味が、雄一さんに添い遂げることだったら幸せなんスけどね~」
と言いながら、ミコトが背中を摺り寄せてきた。
「喉乾いたっスよね?」と、どこに準備してあったのか大瓶のグリーンポーションを差し出される。
俺は夜明けまで続く激戦を予感し、武者震いに似た感覚を覚えながら、その瓶を一気に飲みをした。